Activity Reports超域履修生による、ユニークで挑戦的な活動のレポート。

授業レポート
システム思考:思考法の先を見据えて-全体を見ることで見えるもの-

2020/6/17

授業担当教員:山崎 吾郎(COデザインセンター)、大谷 洋介(COデザインセンター)、戸谷洋志(国際共創大学院学位プログラム推進機構)、小川歩人(国際共創大学院学位プログラム推進機構)

Text:岡田茉弓(言語文化研究科)

「木を見て森も見る」と評されるシステム思考。理論工学からビジネス場面まで幅広く使用されている思考法だが、システム思考を超域イノベーション博士課程プログラムで学ぶ意義とはなんなのだろうか。

■1. なぜシステム思考が必要とされているのか?

システム思考は現在、理論工学からビジネス場面まで広く使用されている思考法ですが、なぜこれほど幅広い分野でシステム思考は必要とされているのでしょうか。

システム思考の源流は、1945年に生物学者であるルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した「一般システム理論」といわれています。一般システム理論とは、物理学的、生物学的、社会学的など性質の如何にかかわらず、さまざまなレベルのシステムには普遍的な原理があり、それらの原理はあらゆるフィールドに適用できるとする理論です(ベルタランフィ 1973 [原著1968 ])。つまり、人口減少、国家財政の破綻、地球温暖化といった世界・国家規模の問題から、ダイエットの失敗、難航する就職活動といった個人的な問題まで、目に見えるできごとは、特定のはっきりした根本的な原因があるのではなく、見えない普遍的な構造によってもたらされているという考え方です。その構造がどのように形成されているのか、そしてそこから脱するための解決策はどのようなものかを考える思考法が「システム思考」です。その後、システム思考は工学分野を中心に発展していきます。

システム思考を用いた著名な研究としては、ローマクラブ(1970年3月にスイス法人として設立された民間シンクタンク)がデニス・メドウズを主査とするマサチューセッツ工科大学の若手研究グループに委託し、1972年に発表した「成長の限界」が挙げられます(メドウズ 他 1972 [原著 1972])。同報告は、資源の制約や環境の制約から、100年以内に地球の成長が限界を迎えることを明らかにしました。この報告の驚異的な点は、地球環境の変化に直接関係のない出生率や土壌の肥沃化といった要素も環境に変化を与えることを示唆したうえに、その予想は年を経るにつれて正確であったことが証明されたことです。

システム思考が一般的に認知されたきっかけは、ピーター・M・センゲが経営組織論について著した「最強組織の法則」がベストセラーになったからだといわれています(チェンジ・エージェント 2005)。この著書の中でセンゲは、システム思考を経営の現状把握のために使用することを勧めました。システム思考は、問題解決に積極的に取り組んでいるにもかかわらず状況が好転しないことを悩んでいた経営者たちに、問題を整理できる画期的なツールとして歓迎されました。このようにシステム思考は先人によって多様な分野に転用され、その場面場面において当人たちも気づかなかった問題の根幹を正確に示し続けています。何の、どこが問題なのかということを正確に、瞬時に導き出すことができる思考方法は、ますます情勢が複雑になる現代においては非常に重要な手段であるといえるでしょう。

■2. 超域におけるシステム思考

先ほど述べたように、システム思考は幅広い分野で応用されていますが、それぞれの場面で使用目的に若干の変化があります。では、超域におけるシステム思考を学ぶ目的とはなんでしょうか。それは、「社会課題解決に向けての糸口を発見するためのもの」であるように、筆者は受講しながら感じました。

システム思考を理解するために、初めに取り組んだのは「Keep cool(キープクール)」という「ボードゲーム」でした。ゲームの内容はプレイヤーそれぞれが国家・地域の代表として、地球の環境保全と自国の経済発展の両方を目指し、他国・他地域と交渉を行い、目標を達成したら勝利というものです。あるチームはひとつのボートゲームとして、純粋に楽しみ和気あいあいとした雰囲気で進め、あるチームは殺伐とした冷徹な交渉を繰り返しながら進めるたりと、それぞれのチームの雰囲気は異なりました。

 

しかし、「勝因・敗因の構造を把握せよ」という題目が出されると、どのチームもお手上げ状態になりました。当たり前ですが、チームメンバー間で起こった駆け引きなどの出来事は目に見える形で残っているものではなく、さらに「その構造を把握せよ」と言われても困惑してしまうでしょう。ですが心配することはありません。システム思考には視覚的にデータを整理し、モデル化することで構造を説明することができるツールがあります。その名は、「ループ図」。ループ図とは要素を相関関係で結びつけた循環構造図のことです。つながりは大きく分けて二つあります。変化の方向性を強化する好循環「正のフィードバック・ループ」と、変化の方向性に関係なく逆行・反転しようとする悪循環「負のフィードバック・ループ」です。

図1 ループ図の例(奥野他(2019)を参照し作成)

図1のループ図をもとに説明すると、左側のループでは出生数が増加すると人口は増加し、人口が増加すると出生数も増え、人口は無限に増加します。このループが正のフィードバック・ループです。しかし、右側のループのように、人口が増加すると死亡者数も増加するので、最終的に人口は減少するという構造も同時に存在します。このループが負のフィードバック・ループです。ここから、人口という現象は、出生数で作られる正のフィードバック・ループと死亡者数で作られる負のフィードバック・ループによって作り出されているという構造がわかります。

このような原理原則を理解することができれば、ループ図の作成作業自体は難しいことではありません。ですが、どのチームも初めてループ図を描く際には悪戦苦闘をしていました。まず、要素のという概念が正確には把握しきれていないため、何を要素として抽出しればいいのかがわからない。次に、要素間の相関関係がわからない。なんとか相関関係を結んでも、ループにならない。なんとかループを作っても、そこからどのようなことが読み取れるのか把握ができずに、結論までなかなか到達しないのです。

 

しかし、「ジビエの食肉処理場の是非」、「日本における原発施設に関する方針」、「西成地区の再開発問題」と、担当教員から毎週出される様々な社会課題に関しての資料を読み込み、要素を書き出し、相関関係を結び、グループメンバーそれぞれが把握した構造を統合させ、ループ図に落とし込みます。悪戦苦闘しながら何度も同じ作業を繰り返すことで、粗削りではありますが、社会課題の構造を理解し問題の本質に迫る力を、受講生全員が確実に身に付けることができたように思います。

その過程で筆者が受講生として重要と感じたのは、教員が受講生の考えたループ図とそこからもたらされる突飛なアイデアに対して頭から否定しなかったことです。例えば、筆者たちは「ジビエの食肉処理場の是非」というテーマに対して、毒針を仕込んだドローンを飛ばし、それによって獣を殺傷することで野生生物の駆除は可能であるため、稼働コストの高いジビエの食肉処理場はいらないという倫理的にはあまりおすすめできないアイデアをループ図とともに提示しました。これに対し、教員から倫理面や法規制の観点から実施には問題があることを指摘したうえで、ループ図を用いて新たな解決策を提示したことを評価されました。その講評は意外なものでしたが、「超域の教員は私たちのアイデアを頭ごなしに否定しない」という安心感が得られました。そのため、その後の授業でも受講生たちはのびのびとループ図を描き、突飛なアイデアを出し続けました。

■3. システム思考を学んだ者の宿命

システム思考の基礎的な概念やループ図を描くという作業に関しては、多くの受講生がその基礎を無事に習得することができました。問題の構造を明らかにすることができたのであれば、すぐにその問題を解決できると多くの人は思ってしまうのですが、システム思考を用いて現状を把握するだけでは問題解決には至りません。

筆者は、その限界をすぐに授業外で体験しました。筆者はシステム思考を学んだ当初、修士論文の分析に苦闘していました。修士論文の内容が社会課題に関連するもので、分野の既存の分析手法だとうまく結果が立ち現れてこなかったのです。そこで興味本位でループ図を用いた分析を進めると、今までの分析手法に比べて驚くほどうまくいったのです。その後、専門書籍を読み込んだり、造形の深い教員からフィードバックをもらったりする中で、システム思考に関して学びを深め、そのまま修士論文の分析手法の一つとして用い、提出に至りました。修論発表会の日、筆者は所属の研究科の教員たちにはなじみの薄いこの分析手法を提示しながら、研究成果を伝えました。ループ図で伝えた現状やその問題点に対する解決策には一定程度の理解を得られたという自信はありましたが、一人の教員の質問が筆者の心に刺さりました。

「あなたが提案する解決策には、なんら客観的なエビデンスはないよね」と、言われてしまったのです。たしかにループ図はある程度の事実関係の把握、それに基づく解決策案を提示することはできます。しかしながら、その解決策の実効性、有効性までは担保されていません。つまり、システム思考は問題解決の糸口をつかむツールにはなりえるものの、そこからの具体的な解決策の実行・実装には実社会の大小様々な要因が関係し、関係者が多様な技術や理論を駆使しなければいけないのです。この壁にぶつかったのはなにも筆者だけではありません。「1.なぜシステム思考が必要とされているのか?」で紹介したセンゲも、大学院生時代はシステム思考のみで課題解決はできると考えていたと述べています。しかし彼は研究者としてCEOとともに実際に社内課題に向き合ったとき、システム思考の実行性、有効性の不確かさという限界に気づいたのです。しかし、その気づきこそがセンゲが革新的な組織論を作り上げる端緒になりました。

超域プログラムを履修する多くの学生が最終的に求めているのは「自身が取り組む社会課題の解決」であるため、「解決のための手段の獲得」だけで満足してはいけません。システム思考を身に付けたことにより、自身が取り組む課題の解決に関してのさまざまな障壁が鮮明に浮きあがってきます。この絶望的な状況を把握しながら、どう挑んでいくのか。それこそが、システム思考を学んだ者が真に問われる部分なのかもしれません。

 

【参考文献】

奥野輔・山並千佳・高田一輝・小倉拓也・大谷洋介 (2019)「地方で空き家が手放されるまでの意思決定に関するシステム思考による分析」『Co*Design』5, pp1.- 23.

チェンジ・エージェント (2005) 「システム思考入門(3)『システム思考とシステム・ダイナミクスの歴史』」
<https://www.change-agent.jp/news/archives/000007.html> (最終閲覧日: 2020年6月2日)

ベルタランフィ,フォン,ルートヴィヒ (1973)『一般システム理論: その基礎・発展・応用』長野敬・太田邦昌訳、みすず書房.

メドウズ,ドネラ H., メドウズ,デニス L., ラーンダズ,ジャーガン., ベアランズ三世,ウィリアム W (1972)『成長の限界—ローマ・クラブ 人類の危機レポート』大来佐武郎監訳、ダイヤモンド社.

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