グループ型自主活動
つくる、さわる、知る – 実製作を通じた触感覚の多角的再考-
ーグループ企画支援 活動レポートー
2025/5/8

代表者:野口 遥佳(理学研究科)
メンバー(50音順): 大江 龍太郎(人間科学研究科)/岸田 月穂(人文学研究科)/陳 凱歓(人文学研究科) /中塚 海渡(人間科学研究科)/原山 都和丹(人間科学研究科)
1. はじめに
本稿は2024年度大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムのグループ企画支援制度を利用した学際的プロジェクト「つくる、さわる、知る-実製作を通じた触感覚の多角的再考-」の実施報告書であり、実製作/議論/展示というフレームワークで行われた被服に関する学際的取り組みの成果と課題を整理し、発展させる道筋を考えるうえで必要な論点を整理して記載することを目的としている。グループ企画活動とは、大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの提供する教育プログラムのひとつで、複数人のプログラム履修生からなるグループにおいて自主的、独創的、意欲的な活動プロジェクトを募集し、そのプロジェクトに対して一定額の予算を配分するものである。
本活動は超域イノベーション博士課程プログラム11 期生 6 名によって実施された。メンバーは理学研究科、人間科学研究科、人文学研究科の3 研究科から構成される。
本活動の目的は、「実際に衣服を製作する」という実践的行為を共通の文脈としながら、「理学/言語学/認知科学/人類学/哲学」という、被服と関連する学問分野で学際的な議論を行ことによって、包括的に「服」というものをとらえることである。具体的活動としては、1. 布の名産地の一つである岐阜県/愛知県への調査 2. 服の制作 3. 学際的議論とそれをまとめた冊子の制作4. 成果物の展示活動に分けられる。
2. 活動の背景
繊維が糸になり、布になり、衣服となり、社会生活の中で着用されるまでのライフサイクルを考えると、衣服の触感覚の議論には多角的な視点を必要とする。実際、衣服の制作プロセスには、繊維の物理的特質により決定される側面、衣服の形状などデザインにより決定される側面がある。さらに衣服は着用者によって心理的に知覚される。知覚された触感は例えば「ふわふわ」といった言語化を受け、それに伴い「かわいらしさ」など特定のイメージを形成する。繊維の物理的性質に基づいたアプローチや衣服の触感がどのように知覚されるかなど、それぞれ単一の側面からの触感へのアプローチには議論の蓄積があるが、それらの側面が総体としてどのように触覚を構成しているのかを理解するためには、これらの側面を考慮した学際的なアプローチが必要不可欠である。以上を踏まえて、本計画では学際的なメンバーが一緒にTシャツを作成することを通じて、微視的な繊維の集まりからどのようにして「ざらざら」や「すべすべ」といった衣服の触感覚が制作の各プロセスで創発するのかについて議論する。さらに、その結果と詳細な製造過程と実際に制作したTシャツを合わせて展示し、その衣服および制作過程に対して物理的・心理学的・言語学的・人類学的考察を行った冊子を発信することを通じて、参加者に衣服およびテクスチャに関する多角的再考を促すことを目標として開始した。
3. 活動内容
本グループ企画における活動内容は、上述したように「出張による現地調査」、「服の制作」、「服に関する学際的議論」、「成果物の展示」の4つに大別される。以下ではその詳細を述べる。

3.1. 岐阜/愛知出張
2024年10月26日から27日にかけて、岐阜県羽島市および愛知県一宮市で行われた「ひつじサミット尾州」を訪問し、服の製造工程である紡績、織布の工場を見学した。
3.2. Tシャツ製作
素材と製法、デザインによって服のテクスチャがどのように変わるかを理解するため、綿やウールなど複数種類の素材において天竺編みやリブ編みなど異なる製法でTシャツを製作した。
3.3. 学際的議論
2024年11月から12月にかけて、物理学的・心理学的・言語学的・人類学的・哲学的観点からの論考の作成及び、それらを持ち寄った鼎談形式での議論を行った。さらに、それらの議論を冊子としてまとめた。
3.4. 展示
2025年2月28日に大阪大学産学共創C棟4階にて、また2025年3月5日から7日にかけて大阪大学会館3階にて、大阪大学博物館と共同で「つくる、さわる、知る展」を開催し、本グループ活動の成果を展示した。


4. 成果と課題
成果1. 学際的論点の発見
第一に、服に関する学際的論点の発見を挙げることができる。以下に例をいくつか挙げる。
- 1. 服は、社会的地位やジェンダーなどを表す情報媒体としての機能をもつ。それは通常、他者に対して発信するメッセージであるが、逆にそれが翻って自身の行動を規定することはないだろうか。また、それを応用した服製作は可能か。
- 2. 印象と物質性はどのような関係を持つか?例えば、ある種のファッションスタイルは「かわいい」という言葉で形容される。それらは通常、デザインの文脈で語られることが多いが、服が物質性を有している以上、その「かわいさ」には何らかの物理的基盤(光沢や形状、摩擦係数など)に依拠しているとも考えられる。その要素は何か?また、そうした物理的基盤をもたないとすると「かわいさ」の本質的要素はどこにあるのか?
- 3. 服は「素材と製法とデザイン」のみに還元できるか?たとえばウールの服が目の前にあった際、そのウールが経験してきた製造プロセスは不可視化され、その素材と製法のみを我々は知覚することになる。しかし、実際には一言で「ウール」といっても、地域や品種によって毛の物理的特性には差があるであろうし、紡績過程でどのような機械を用いたかによっても素材が経たプロセスは変わる。そうした、「素材が経てきているものの我々には不可視化されている諸プロセス」は、本当に触感覚に影響しないのだろうか?
これらの問いは、すぐにプロトタイプ制作等でアプローチができるものや、より問いを洗練させる必要があるものなど深度に差はあるものの、どれも学術的に考える価値のある問いであると考えられる。
成果2. アウトプットとしての展示の可能性
成果報告の方法として、「展示」というアプローチの持つ可能性を把握できたことも収穫の一つである。「展示」という手法の持つ長所は大きく2つあると考えられる。一つは形式の自由度の高さである。モノを展示する際、我々にはある程度の大きさの空間が与えられ、それを自由にデザインすることを許される。それによって、近い情報を持つ展示物を空間的に知覚に配置したり、光の強弱によって注目してほしい情報を目立たせたりなど、より自由度の高い情報伝達が可能である。
もう一つは高いインタラクション性である。今回の展示期間中には、メンバーが展示室に常駐し、対話をベースとして展示物の説明を行った。そのため、実際に展示物に触ってもらったり、質問に答えたり雑談したりするといった形で展示の趣旨を説明することが可能になった。こうしたきめ細かい対応は、必ずしも文章などの視覚情報のみでは補いきれない情報を伝達することを可能にする。
成果3. 実製作というアプローチの可能性
分野も手法も全く異なる学生が集まる中で、「実製作」というアプローチが紐帯を可能にすることも収穫であった。背景が全く異なる研究者が集められて「服について議論してください」と言われても、話を膨らませることが容易でないことは想像がつく。「服」といったときにシャツについてなのか、コートなのか、さらには同じシャツでも製法の話をするのか、素材の話をするのか、デザインの話をするのかなど、論点を絞り切ることが難しいことが理由として挙げられるだろう。しかし、今回の活動では、実際に制作した服を出発点に議論をするため、ある程度論点が絞られていること、制作した服、着ている服の持つ物質性によって共通の話題が存在する(「いま、ここにある服について話す」)ことによってスムーズに議論を行うことができた。服に限らず、全く異なる分野が共同してプロジェクトを行う際にこの「共通経験」と「物質性」の二つは、議論をつなぎとめる役割を果たす可能性があるだろう。
成果4. 「服」という対象の持つ射程の広さの確認
本活動を通じ、「服」という対象のもつ射程の広さを理解できたことも大きな収穫であった。本活動を通じて、服の持つ学問的射程を、物理学から人類学まで幅広い射程でとらえることができた意義は大きい。さらに、展示を通じて、より多様な分野との結節点を見いだせたことも大きな収穫であった。具体的には、参加していただいた方々との議論を通じて、「芸術」として服をとらえる方向性や、「社会情勢や文化の変化の中でいかに被覆文化が変遷していったのか」という歴史的観点も見出すことができた。さらに、アカデミックな議論に踏み込まずとも、素朴に「服」というものに興味のある人がたくさんいることも感じることができた。「国内の編み物ブームの波を受けて趣味で洋裁をしている」という方や、「現在は事務員として働いているが前職はアパレル業界にいた」という方など、布や服といったものに対する潜在的な関心が想像以上に大きいということをうかがい知ることができた。
課題1. 議論の深まりの不足
成果において、学際的な論点の出現を議論したが、本活動ではそれを学術的に深める段階まで進まなかった。理由としては複数考えられる。一つはスケジュール管理の問題である。具体的な学際的議論が行われたのが11月であったため、そこから本年度内で問を深める段階まで進めることができなかった。次に議論の場の設定である。今回は、6人の学際的視点を持ち寄りながら、メンバーを変えて合計6回の議論を行った。このように多数回の議論を行うことで論点そのものは多く生まれたが、一方で一つ一つの論点に対する深め方が希薄になり、個別の問題へと絞ることができなかった。
課題2. 展示における空間デザイン
展示における空間デザインに関しても課題が残った。具体的には、我々の意図に沿った順路を参加者にとってもらえなかったり、展示の際の情報が不足しており文字だけで完結する形式になっていなかったことがあげられる。今回の展示ではメンバーが常駐していたが、より大きなスケールで行うことを想定すると必ずしも常にインタラクティブな説明ができるわけではないため、メンバーの説明がなくともある程度展示の趣旨を理解してもらえる構成を取る必要があると考えられる。
5. まとめ
本活動では、服という我々にとって最も身近である対象を、学際的な議論を通じて改めて捉えなおすことを目的として、実製作と学際的な議論を組み合わせた活動を行い、その成果を冊子化し展示を行った。
議論を行い、それらを冊子化する過程において、学際的な観点に基づく興味深い論点を複数発見できたことは収穫であった。また、展示に関してもプログラム関係者のみならず、多くの方に楽しんでいただくことができ、「議論の社会還元」として一定の機能を果たすことができたのではないかと考えられる。
一方、「学術的観点で価値のある成果を生み出すことができたか」という点に関しては課題も残る。強いて成果を述べるならば、「当初は『服を学際的にとらえる』という漠然とした形だった目的が、活動を経てより具体的な形を持つ問いに発展した」という程度で、そこから新しい論考や学術成果を生み出すまでには至らなかった。
総合して、本活動は被服の学際研究を目指すうえでの萌芽的活動であったと結論付けることができるだろう。本活動で得た視点とアプローチを基にして、服という最も身近でかつ深遠な対象の理解を包括的に目指す取り組みを進めていきたい。






