Interviewee: 大阪大学大学院 工学研究科 井上 裕毅(超域 2012年度生)
Texted BY: 大阪大学大学院 工学研究科 白瀧 浩志(超域 2014年度生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う、独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用や研究者として彼らが描く未来についてインタビューしていく、超域的研究。第6弾となる今回は大阪大学院工学研究科に所属する超域1期生(2012年度生)の井上 裕毅さんが熱く語ってくれた。彼は現在博士後期課程2年である。

 

バイオセンサー(簡便、迅速、安価、高感度を達成する)

 バイオセンサーとは、生物の特徴を利用し、ある特殊な物質を測定する装置を指す。この装置が実社会で利用されている最も有名な例は、血糖値センサーであろう。血糖値センサーは、指先の僅かな血液から、簡単に血糖値を測定することができる手のひらサイズの装置である。このセンサーを使うことで、糖尿病患者等の健康管理を簡便に行うことができる。このような血糖値のような生理的な指標を測定するバイオセンサーの開発研究を、井上さんは行っている。
 例えば、医療現場において入院中の患者が感染病に罹患した際、従来の検査方法ではその診断に長い時間とコストが必要とされている。このような診断の遅れは、病院内での初期対応の遅れをもたらし、院内感染のリスクを高めるという問題点がある。そのような状況下で、井上さんが第一線で研究を行うバイオセンサーを駆使すれば、感染病を迅速に発見する事が可能になるかも知れない。つまり、早急な初期対応に繋がり、院内感染のリスクも大幅に軽減できる。このような背景から、バイオセンサーの利用価値はまだまだ大きく、簡便かつ迅速に測定出来る、安価な高感度バイオセンサーの開発は社会から求められている研究であると、井上さんは話してくれた。

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 バイオセンサーの研究の歴史は長く、研究室内という統制された環境での実験においては、従来のセンサーが対象としていた病原菌や毒物だけでなく、ストレスや肥満率も測定出来るようになっているらしい。しかしながら、研究室での測定と実社会でのバイオセンサーの測定は、全く異なるものと考えなければならない。これは、研究室では気温、湿度、ゴミの有無などの環境の条件を全て統制できるのに対し、実社会ではこれらの条件を厳密に規定できない事に起因している。また、一般人はバイオセンサー装置の取り扱いに精通していないため、その使用にはどうしても測定誤差が生じてしまう。このように、バイオセンサーの実用化には困難が付きまとう。そのような問題の中、井上さんはバイオセンサーの実用化を目指し、バイオセンサーの改良とその性能の評価を日々の実験を通して行っている。
 また、井上さんはこれまで主流であった”どれくらいの量、病原菌がバイオセンサーに影響しているか?”という測定方法から、”どれくらいの速度で、病原菌がバイオセンサーに影響しているか?”という測定方法へと転換することによって、これまで±10%であった測定誤差を±5%以下にまで下げる事に成功した。さらに、これまで煩雑であった実験操作も新たな測定機器を作る事で一度の操作で測定可能になるなどの成果をあげており、バイオセンサーの実用化の前進に貢献している。

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超域で学んだ協働と自分の得意分野

 超域イノベーション博士課程プログラムでは座学だけでなく、「超域イノベーション総合」や「体験して学ぶデザインシンキング入門」などのプロジェクト型授業という特徴的な授業を提供している。これらのプロジェクト型授業を通して、自分の研究意義得意分野の認識に繋がったと井上さんは話してくれた。
 例えば、超域イノベーション総合という授業科目は、学外の課題提供者の協力下で、現状認識、問題点の発見、解決策の提案、再構築と検証の後、最終的に“一つの成果物”を作るという一連のプロジェクトの流れを、1年間を通して学ぶ授業であった。そのような経験から、井上さんはアイディアを社会に生かす面白さを学び、自身の研究意義や役に立つ可能性を真剣に考えるきっかけになったそうだ。また、アイディアに留まらず目に見える成果物として示す事が何かを伝えるために必要だと学び、プロトタイプを作るプロセスを学べた事は重要な経験になったと教えてくれた。
 また、1年次に履修したデザインシンキング入門では、履修生3人グループで動くおもちゃの製作に取り組んだ。この授業の一貫である、おもちゃを実際に製作する過程では、レーザーカッターなど高度な工作機械を使用する必要があった。この時のグループメンバーは、井上さんが唯一、CADや工具を使って最低限の工作出来る学生であったため、自然と井上さんが工作機械を使う担当になっていったそうだ。実際に工作機械を使って作ってみると、実は自分が有形の何かを作る事が得意であると気付くことが出来たという。また、この経験がきっかけで、3Dプリンタの操作を勉強するようになり、今では難なく使いこなす事が出来るようになった。このような工作機械に精通する事によって、研究活動の装置の開発に繋がり重要な相乗効果をもたらしたそうだ。

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技術を生かすキャリアパス

「将来は身に付けた技術を使って、社会を良くしたい。」
 将来のキャリアパスをそう熱く語る井上さんは、幼少期から大学卒業までの期間、カナダで生活しており、現地の日系コミュニティでボランティア活動を行うなど、元々社会への貢献意識が強い学生であった。しかしながら、大学時代は引っ込み思案で自分自身に自信が持てず、悩む事も多かったそうだ。そんな時、より実践的な技能を持ちたいという想いで入った研究室が彼の将来像を大きく変えた。その研究室の生活では、博士後期課程に進学志望であった多くの学生が「Ph.D.はただの資格に過ぎないよ。大切な事は博士課程の時間をつかって自分にしか出来ない技術や知識・経験等を身に付ける事だ。」と話しており、そこで自分にしか出来ない自由な発想をもとに社会に貢献したいと考えるようになった。
 また井上さんは「人間はそれぞれ異なるスタイルを持っている。だからこそ、規定されたシステムからはみ出る人がいるのも当然。自分は、このシステムからはみ出て挑戦しようとする人を寛容に受入れることが出来るような社会にしたい」と話してくれた。このような井上さんの考え方は研究活動の中でも新たな取り組みという側面で十分に生かされている。例えば、従来までは研究室で取り組まれていなかった、バイオセンサーの測定操作を簡単にする装置を独自に作り上げ、」周囲から高い評価を得ている。これからも、挑戦意識が強い井上さんにしか出来ないことに、どんどん取り組んでいくことだろう。

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