授業名:体験して学ぶデザインシンキング入門
担当教員:福重 真一(工学研究科)
                野間口 大(工学研究科)
                兼松 泰男(産学連携本部)
                伊藤 宏幸(ダイキン工業(株))

“体験して学ぶデザインシンキング”の授業では、おもちゃの開発・設計・制作の流れを、正に“体験しながら”学ぶことができる。3人1組で4グループに分けられ、15時間の制作時間が与えられた。授業の最後に、複数の先生から作製にかかった費用、おもちゃの完成度、デザイン性を評価される。

■コンセプト創案からその実現までにどういう思考を辿ったか
  Texted BY 理学研究科 山脇 竹生

  超域生ってどんな思考をしているのだろう。超域に応募するとき一番知りたかったことを、今度は自分たちから発信していきたい。思考の流れをとらえやすいよう、実際に行ったプロセス順に書いていくのと、イメージをとらえやすいよう、発表に使用した資料を掲載した。
  授業では、「3~5歳児向けの動く機構を持つおもちゃの作製・発表」という課題を与えられた。じゃぁ何のおもちゃを作ろうか、と切り出したものの選択肢が多く決められなかった。ブレインストーミングをしても、同じくアイディアを絞れなかった。おもちゃの形を先に決めるより、コンセプトを先に決める方が完成品を決めやすいのではないか、と考え、1つの問題提起をした。おもちゃの購入決定権をもつ親は、おもちゃに何を期待するか。

  親は子に教育的なものを期待するだろう。購入者層は都市部の親と仮定し、都市部に不足する自然を教育できれば既存のおもちゃと差別化が図れるのではないか、という議論がおこなわれ「自然教育」というコンセプト、3~5才は幼稚園・保育園に入園し、親子の交流が減ってしまう。また、社交性が発達し始める時期でもあるらしい。親の悩みと子供の発達状況に合わせ、「親子の交流」というコンセプト、これら2つのコンセプトを実現できるおもちゃを作製することにした。ブレインストーミングで出した案の中からうまく選択して、おもちゃの下書きをした。コンセプトが決まっていると、アイディアの絞り込みがしやすかった。 デザインシンキング

  下書きを描いてイメージを共有した後は、魚の名前を覚えるという教育ができるのではないか、親子の協力が必要なルールやボタン配置にすることで交流が生まれる、心理学のパーソナルスペースの概念を応用すれば・・・次々とアイディアが出るようになり、おもちゃのイメージが明確化されていった。
  3日間の授業の内、初日はおもちゃの形状決定と、材料発注を行い、2、3日目で作製を行った。実際に作り上げるときに、新たな問題に気づいたり、物理的な問題が生じたりしたので、その都度対処して作り上げた。問題の詳細と解決案は増田君のパート資料にまとめてあるので参照いただきたい。

  以上のような思考の経路を辿り、1つのおもちゃが完成した。

  完成品「川辺のくまさん
川辺の熊さん川に沿って魚が流れる。音を発するとクマの手が振り下ろされる仕組み。魚が適切な位置まで流れたときに手を叩き、音を発すると魚をキャッチできる。ボタン配置やおもちゃの大きさ、音によるスイッチ、リアルな風景などにより交流を深め、自然教育が出来るようになっている。


参考資料:Bear deepens the bond between parent and child (学会発表用 要旨)   DEWS Presentation(発表資料)

■どういったチームビルディングをしたか、そこからの気付き
  Texted BY 工学研究科 増田 壮志

  この授業を通して、限られたリソースの中で課題を解決していく場合に、それぞれの持ち味を素直に活かすことができれば、それらのリソースはうまく協働し課題達成に到達することができるのだということを“体験”することができた。

  関連授業である“デジタルなものづくりをしてみよう”の授業を履修していたことや、子供時代から機械に興味があり簡単な機械の分解・組立をしていたこともあり、他の班員よりも技術や知識は多かったため、グループの中で動く部分のシステムや実際の回路の配置等の設計、制作をするといった役割を担うことになった。
  その中で、“動く機構そのもの”以外のソフト面について考える部分では人間科学研究科の篠塚さんと理学系研究科の山脇君にメインとして任せていた。具体的には、3~5才児に特有な問題はどういったものか/当該年齢の子供に効果的なおもちゃとは?/それを購入する親にとっても魅力的な商品コンセプトとは何か?等、おもちゃそのもののデザイン、更にはおもちゃで遊ぶことによって得られる副次的な効果について考えるのを担当してもらい、自分は発案されたアイディアに対して気づいたことをコメントする程度に留めて、彼らのコンセプトを形にするためのシステムを考えることに力を入れた。

  この役割分担は、チーム結成の初期に決めたものでは無く、ブレインストーミングや設計案を思案・制作していく段階で、自然と自分達がどの部分に貢献できるかを考え、自らに適した役割を担った結果できた形である。
  また役割分担の中でタスクを進めて行く中で、その分野を担当者だけに押し付けてやらせるのではなく,得意な人がその分野の先導をし、他の人はそれに対し気づいた点やその人が困っている時に、違う観点からのコメントをすることで、チームとして効率よく各人の長所を生かすことができたと感じた。例えば、このおもちゃの心臓部である腕を動かす機構について悩んでいた時に、山脇君の何気ない一言によって、腕の回転を半分で止め、電流を切るストップスイッチを使った「スイッチの配置」のアイディアをひらめくことができた。

  授業後、担当の先生からDesign Engineering Workshop 2013というデザイン工学のワークショップに出てみないかという推薦を受けた。私は、自らの研究の国際会議と日程が重なっていたため、論文の英訳の一部とデモムービーの撮影・編集を行った。このワークショップでの発表準備においても、グループ内でうまく役割分担できたと感じた。コンセプト等を文章化し、他に売り込むのに長けた山脇君が日本語で文章を書き、それを英語力に長けた篠塚さんと私が翻訳する。また、おもちゃの機構を最もよく理解しているという理由から、デモムービーを私が担当した。
  この発表は,本来の予定に追加されたものであり、超域での活動やそれぞれの研究科との兼ね合いが困難であったが、各員がチームとしての連帯感を持って自然と役割分担を行い、妙な充実感を得ながらこれらのタスクをこなすことができた。

  今回の“体験して学ぶデザインシンキング”では、こういった役割がうまくそれぞれの持ち味に合致したことによって単純なおもちゃの完成だけでなく、ワークショップでの受賞にもつながったと考えている。
  これまでの授業でのディスカッションとは異なり、誰かの意見が一方的に強調されたものでも、無分別に皆の意見を折衷した結果を出すものでもなく、それぞれの特色を活かしたチームワークの結果、大きな達成感を得ることができた。今後、授業にかぎらずディスカッションや課題解決の機会が増えるが、その際にも今回のような結果につながるチーム内協働を行っていきたいと思う。 かわべのくまさん2

■成果物の学会発表を通して、外部からの評価や自分の専門との関係性について
  Texted BY 人間科学研究科 篠塚 友香子

  DEWSのInnovative Design Contestでは、全12チームが自分たちの製品について発表をし、ポスターセッションを行った。専門外の学会にて英語でプレゼンテーションをするのは初めてである。そして何よりも、私は他の学生も認めるほどプレゼンテーションが苦手なのだ。このような不安があったものの、自分の弱点を伸ばす機会なので練習に練習を重ね、当日に挑んだ。緊張であまり覚えていないが、プレゼンテーションは問題なく終えたと思う。 はっぴょう

  ポスターセッションでは「君たちの製品の特異性は何なのか」、「実際に子供に使用してもらったのか」といった質問を受けた。他のチームと比べれば、専門性も製品にかけた時間もコストも劣っている。山脇君と私は製品を作ることになった経緯、異分野のメンバー同士が協働したプロセスを重点的に説明した。ただ、この段階ではまだ参加者の目に私たちの発表がどう写っているのか掴めずにいた。
  しかし、その後の意見交流会で私たちのチーム構成に興味を持ってくれた人がいることを知った。私はそこでインテリアデザインを専攻したのち、専門外である工学の仕事をしている韓国の方と知り合った。工学では学際的恊働の必要性は認識されているが、なかなか実現化はされていないという。専門外の現場で働く難しさ、使用する専門用語が違うためにディスカッションが上手く運ばないことなど、彼からは現在の私にはもちろん、本プログラムを修了した後も役立つであろう経験談を伺うことができた。

  また、大学教授の方々と私の研究について話す機会も得ることができた。医療現場でフィールドを行っているが哲学専攻であることを話すと、「なぜ哲学なのか」「なぜ哲学でなければいけないのか」との質問を受けた。 ディスカッション

  始めは上手く伝えることができなかったが、医療現場では哲学の思想によって意味を掬い取れるような出来事が生じることがあると話したときに、「じゃあ◯◯のような出来事は哲学的に考えるとどうなる?」、「そういえば学生の時にソクラテスを読んで考えたことがあるんだけど…」と話が広がり、私の研究にも興味を示して下さった。この時、自分の研究をただ単に説明するだけではなく、相手の専門を考慮した上でどの部分を強調すれば伝わりやすいかを考えながら話す重要性を実感した。
  自分の研究の内容を知りたいのか、研究に至った動機を知りたいのか、研究の社会的意義を知りたいのか、会話を通じて相手の関心を見極め、発展させていく重要性。本プログラムでは学際的なディスカッションは当たり前であるが、プログラムの外に出ると必ずしもそうではない。一人だけ門外漢という状況などでは、他人惹き付け、巻き込む会話力が必要とされるのだ。

  学会の最後に、企業で働いている方に一つ気になっている質問を投げかけてみた。企業で人々を惹きつけ、引っ張っていくキーパーソンとなる人はどのような人ですか、と。すると「技術や知識云々ではなく、信念をしっかりと持ち、それを伝えられる人」という答えが返ってきた。私ももちろん、強い信念を持ちながら自分の研究を行っている。しかし専門力、そしてそれを伝える能力は他の学生と比べても弱い部分がある。超域で学んでいるからこそ顕在化してくる自分の弱点を、ひとつひとつ克服していければと思う。

  さてコンテストの結果であるが、私たちのチームはMarketing Design賞を受賞することができた。しかし、個人的には本授業と学会を通じ、受賞以上の経験を得ることができたと思う。最後となってしまったが、このような機会を与えて下さった教員の方々や学生、そしてDEWSで知り合った人々に感謝の意を表し、「体験して学ぶデザインシンキング」の授業レポートを締めくくりたい。