Interviewee: 大阪大学大学院 言語文化研究科 ン・レイ・ション (超域 2014年度生)
Texted by: 大阪大学大学院 工学研究科 白瀧 浩志 (超域 2014年度生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う独創的な研究を中心に、研究に取り組んだきっかけ、研究と超域との相互作用、超域研究者として描く未来について紹介していく。第11弾となるのは大阪大学大学院言語文化研究科のン・レイ・ションさん。彼女はマレーシアを国籍にもつ超域3期生(2014年度生)の博士後期課程1年生である。


研究内容

ある特定の筆者が執筆した文章から
その時代に生きた人々の心理変化や社会不満を読み取ることは
可能なのだろうか?


 超域3期生のレイさんは文学研究を通して、このような問いに向き合い続けている。一般的に、文学研究では特定の作者に焦点を当て、その作者が活躍した時代の背景、作者の興味関心の傾向など踏まえた上で、様々な角度から文学作品を分析する事により研究が進められる。レイさんも20世紀に活躍したアメリカの小説家アーネスト・ヘミングウェイに関する文学研究に日々取り組んでいる。アーネスト・ヘミングウェイは1954年にノーベル文学賞を受賞しており、20世紀の文学界と人々のライフスタイルに大きな影響を与えた。レイさんは特にヘミングウェイの代表作である長編小説「日はまた昇る」という文学作品に焦点を当てた研究を行っている。同作品はこれまでに様々な観点から研究がなされており、多くの研究者を魅了する研究対象である事が分かる。

ヘミングウェイ-01
図)ヘミングウェイ(Wikipediaより)と「日はまた昇る」(訳:土屋 政雄、早川文庫)

 レイさんは、同作品の主な登場人物である3人の男女の発言・行動・感情変化を「他者性の受容」という観点に基づいて分析する事で、新たな解釈が可能である事を見出した。他者性とは、自分が思う自己(自己性)に対して、社会の都合により形成された自己を指す。事実、同作品においては2つの自己の乖離に悩まされる登場人物の姿が明確に描写されている。彼らはこの乖離を克服するためにスポーツや性行為などの場面において、自分もしくは他人に対して与える苦痛に陶酔する事(サド・マゾヒズム)で、ある種の安心感を得ている。そして、物語の最後では、自身が持つ他者性を受容する事により2つの自己を統一させる事に繋がり、今まで感じたことのない静けさを感じるに至る。
 このように同作品を解釈し、セクシャリティ要素を含む分析を行う事で、人間が本来持つ欲求と社会的規範によって構築されたセクシュアリティ・ジェンダー観との葛藤を解明する事に繋がるそうだ。さらに作品中では、全員が合意の上で、複数人と同時に肉体関係を持つ描写もなされており、21世紀アメリカにおける新たな関係性(ポリアモリー)を作品中で暗示している可能性が示唆されたそうだ。
 レイさんはこの独自の観点・解釈をより説得力を持つものとするために、先行研究や哲学書、ヘミングウェイの伝記を参考として日々研究を重ねている。文学研究では多岐に渡る文献を読破する必要があり、参考文献を自ら過不足無く網羅する事は大変な作業だそうだ。多大な労力により産み出された新たな視点や解釈方法は、文学以外の多様な事象もより鮮やかに捉える事に繋がる、と文学研究の魅力を語ってくれた。つまり、同じ事象を新たな視点で捉え、得られた視点を様々な場面で自在に操ることにより鮮やかに世界を観る事が可能になるそうだ。レイさんは最後に今後の展望として、ヘミングウェイに関する研究を継続・発展させ、彼が考えた「性の真実」を深めていきたいと今後の展望を語ってくれた。レイさんが切り開く新たな解釈は、我々の生活をより鮮やかにしてくれると確信させる。


日本との出会いと文学研究

 レイさんと日本との関わりは彼女の母親に強く起因している。レイさんが8歳になるまでレイさんの母親は生活費を稼ぐために、日本に出稼ぎに来ていたそうだ。その後、レイさんの母親はマレーシアに帰国したが、レイさんは母親が生活した日本を知りたいという想いを年々募らせていったらしい。そして高校生の時、日本語を自主的に勉強するようになり、ついには日本の大学で学ぶ事を決意したそうだ。レイさんは2014年に学部を卒業するまで福島大学の人間発達文化学類に所属し、イギリス文学を専攻していた。現在では、日々膨大な文献を読破しているが元々本を読むことは好きではなく、むしろ年に本を1冊も読まない学生だったそうだ。「初めは映画を見る方が楽しいと思っていたけど、大学2年生の時にイギリス文学の講義を受講してから文学の魅力やその研究の虜になった。また、研究者に憧れを持つようになった。」という。その後、より開放的で多様性があり、近代的な文学作品を読み解いてみたいとの想いからアメリカ文学へと専門を移し、文学研究を続けている。日本でアメリカ文学を学ぶ事は言語の壁などの理由から困難も多いらしい。しかし、「文学研究を始めた当初と今との成果物の完成度は自分が見ても驚くほど違う。」という程、日々成長を実感している。


超域という環境で見つけ出した新しい自分

TS

 超域プログラムの活動には様々な角度から自己を見つめ直す機会が多くある。レイさんは超域の活動は、研究では発見出来なかった多くの気付きを与えてくれたと話していた。例えば、Transferable Skillsでは自分が認知している自己と他人から認識される自己とのギャップの大きさに気付き、自分の新しい一面を認識する事に繋がったそうだ。また、超域イノベーション導入Ⅱで取り組んだおもちゃ作りにおいては、成果物のコンセプト作りからプロトタイプ作成までのプロセスを実際に体験している。「おもちゃ作りのコンセプト作りでは、最終作品の核となるようなアイディアを提供出来ました。一方、プロトタイプの作成段階では工具等の使い方が分からず、ほとんど何も出来なかった。」と教えてくれた。この経験からレイさんは、自身の発想力という強みと実現力の弱さを認知する事が出来たそうだ。このように自己を深く知る事は、今後のチーム活動を円滑に進める場面や自身の成長を加速させるために有意義な経験だと思うと述べていた。
 また、超域に関わる教員、履修生、事務職員、行政スタッフは熱意をもって超域というプログラムに携わっている。レイさんは、それにより常にポジティブな刺激を受けて自分自身も努力を続けるエネルギーになっていると語ってくれた。

〜You’re the average of five people you spend the most time with 〜
あなたが最も長く時を共にする5人の人間の平均が『あなた』という存在だ
Jim Rohn


 Jim Rohnの格言でも述べられているように私達が置かれた環境は私達に大きな影響を与える。超域というアクティブでダイナミックな取り組みを行う環境は、今後の博士後期課程や人生をより有意義なものにするとレイさんは確信していた。


未来の多文化共生社会の実現を目指して

 レイさんが希望する将来ビジョンは多岐に渡っているが、一言で述べるとすれば、多文化共生を実現するために、異文化理解を加速させる役割を担う事である。レイさんは中華系マレーシア人という国籍、日本での6年間の留学経験、イギリス文学とアメリカ文学を専攻するという様々な文化に精通する人材である。このような経験は多文化共生社会を実現するための異文化理解に好影響を与える事は間違いない。レイさん自身も、海外諸国の架け橋になる事を希望しており、特に途上国の恵まれない子供達を金銭的に支援する活動、発展途上国での教育活動、それを伝えるための執筆活動を行っていきたいと述べていた。
 このような多岐に渡る活動を成就させるためには、常に成長する必要性に迫られる。レイさんは成長するためには最低限、以下の3つ能力を身に付けておく必要があると考えているそうだ。

Idea Synthesis…複数分野の交差領域において新しいものを想像する力
Rapid Learning…安定した環境から抜け出し新たな挑戦に取り組む力
Adaptability…多様な環境に適応する能力

 これはTED-Talkに登壇したEmilie Wapnick氏によっても述べられている。
 レイさんはこの3つの能力において自身にはまだ伸びしろがあると感じており、超域の活動や研究活動を通して、伸ばしていきたいと語ってくれた。

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