Interviewee: 大阪大学大学院 工学研究科 澤井 伽奈 (超域 2014年度生)
Texted by: 大阪大学大学院 国際公共政策研究科 鈴木 星良 (超域 2014年度生)
Edited by: 大阪大学大学院 工学研究科 白瀧 浩志 (超域 2014年度生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う、独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用や研究者として彼らが描く未来についてインタビューしていく、超域的研究。第12弾となる今回は大阪大学院工学研究科に所属する超域3期生(2014年度生)の澤井 伽奈さんの研究内容を深める。
 超域3期生、澤井伽奈さんの専門は、設計工学の中の製品系列設計という分野に当たる。門外漢の私(鈴木 星良 )が初めて設計工学と聞いたとき、より合理的なデザインを探求する研究かと思った。しかしながら、インタビューが進むにつれ、もっと広範囲にわたる複雑な情報を取り扱い、設計でもデザインでもない狭間の研究を捉えることとなった。


設計工学:複雑に絡みあう情報の合理的な抽出

一人一人のニーズに合った製品をその都度作り上げていては埒が明かない。
では、多様なニーズに応えるためには如何に製品を作れば良いのだろう?


 近年のニーズの多様化に伴い、製造企業は多様なニーズに柔軟に応えながらも迅速かつ安価に製品を提供することが求められる。これを達成するために、1つの製品を機能や部品など様々な観点からモジュールという小単位に分割する方法がある。機能の少しずつ異なるモジュールを数種類あらかじめ準備しておき,それらの組み合わせ方を変えることで異なる機能を持つ多様な製品を柔軟かつ効率的に提供することが可能となる。
 例えば、処理速度を重視した高性能パソコン(以下、PC)を考える。そのPCは情報処理をするという機能のための部品や、その他様々な機能を実現するための部品によって形成される。そうした機能ごとにPCをモジュール化しておけば、情報処理の機能を担うモジュールを高性能のものに取り替えることにより、他の部位はそのままに処理速度を重視したPCを製造出来る。また、コストを重視し処理速度を落としたPCに変えたい場合、今度は情報処理の機能を担うモジュールを,性能を落としたものに差し替えるだけでそのニーズは達成される。
 このように、単一のニーズに対する単一の製品を設計するのではなく、幅広いニーズに対応する製品のシリーズを生み出し、またそれらを包括的に設計するための手法を澤井さんは研究している。合理的なモジュールを提案することは製造のしやすさにも繋がるそうだ。自身の専門だけでなく、具体的な製造のことまで意識しなければならないこの研究は、企業との協働が不可欠であり、その分、責任も伴うという。

資料 図1

 製品をモジュール化する際、モジュール間の関係に影響があれば簡単にモジュールの入れ替えが出来ない。そのため、独立性が高いモジュール化を行うことが理想的とされる。製品の機能間の独立性、部品間の独立性やその両者の対応関係に着目した製品のモジュール化を進めることで、製品の設計や生産にかかるコストを減らし、限られた資源の中から多様化するニーズに応えられる。これまでの生産過程では、特に製造の容易さ・所要時間の短縮・コストの削減といった実務的な側面でのメリットを優先して考慮し、ニーズへの対応は提供する機能の種類を増やすことで成されるのみであった。
 澤井さんの研究において独創的な点は、そうした「顧客のニーズ」という観点をより深く製品の構成要素に組み込んだ点にある。つまり、ニーズ間の相関や、ニーズと機能や部品との対応関係まで分析モデルの中に加えてモジュール化を行っている(図1)。顧客ニーズという因子を分析に加えることで、従来までの効率化に特化した製造システムでは見出せなかった多様化する顧客の需要に直接的に応える設計を提案できる。
 研究はまだ発展途上であり、今後顧客ニーズをより正確に捉えるために、より詳細に市場を細分化していく予定だという。そのためにも、超域のメンター制度を利用した経済学の教員とのディスカッションの場を設けている。さらに、工学分野に捉われない経営学の視点を盛り込んだ研究を進めている。


澤井伽奈:デザインと設計の狭間

 私から見た澤井さんのイメージを羅列する。機械に強い。理性的。気遣い上手。用意周到。ティッシュを持っていそう。ピアノを嗜む。身体のバランスがいい。少し乙女。少しお茶目。ダメな時にはダメと言ってくれる。まっすぐ。…その他諸々。様々な観点が複雑に絡み合い、澤井伽奈という個が成立する。

展開

 設計工学では、求められる価値にかかわる多くの要因を同時に考慮して、最適な設計を行ったり,その設計を支援するための手法を開発したりする。上述した澤井さんの個性はどこに現れるのだろうか。それは、設計手法を構築する際の着目点であり、構築された手法の中身であるという。例えば、デザインシンキング入門では、澤井さんのグループは、子どもがひっくり返しても使えるような設計の音のなるおもちゃを創作していた。音を鳴らしそれを逆再生するという要素、ひっくり返すという要素を作品に含めようとすることが、澤井さんの音楽経験や茶目っ気の表れなのではないだろうか。ある程度、自己を隠したところに、感性を前面に表す外観のデザインとはまた一線を画した面白みがある。
 「私は機械が好き」。デザインの分野から携わることができる機械の数には限界がある。設計手法を通じて、なるべく多くの様々な機械に影響を及ぼしたいという思いも研究背景にある。


将来設計:自分の意志が反映される製品

 澤井さんの描くキャリアパスはとても明確だ。われわれの身近にある製品のほとんどは企画→設計→製造という生産プロセスを経て作られる。澤井さんは企業に就職し、自らの高専時代に培った現場で生かせる知識と大学院での設計の知識をベースとして、設計・製造プロセスにも精通した製品の企画を行いたいという。つまり、既に確立されているコンセプトに見合う製品設計をするのではなく、製品のコンセプトメイキングにもかかわっていきたいとのことだ。設計、製造の知識を持つ人材が企画に携わることで新規的な製品の生産に繋がり得る。

展開2

 超域での活動はこのようなキャリアパスの形成に大きく影響を与えたそうだ。たとえば、2年次の超域イノベーション展開の授業では、文系理系の人々が一緒に課題解決に取り組む。この授業において、澤井さんは自身の研究で必要不可欠な実現可能性の検討といった側面からグループに貢献する一方で、異分野の人間が入り混じることで生まれる多様性に富む発想を通じて、コンセプトメイキングの難しさと面白さを、身をもって体験した。また、従来の生産プロセスでは、「企画」と「設計」が別物として捉えられがちであるが、澤井さんが専門とする研究によって、ニーズまで含めた製品設計が可能となるのなら、この二つの行程はもっと近づき、まとめていけるのでは、という可能性を感じたという。文系が集まりやすい製品の企画段階に、理系の人材が入ることで生まれ得る革新性。さらに、生産プロセスの構造すら覆し得る可能性。澤井さんのキャリアパスには、2つの観点から超域的なイノベーションが見込まれる。