Career path修了生インタビュー

佐藤 紗良

出身研究科
文学研究科
専門分野・領域
美学、美術史、歴史的建造物の修復をめぐる諸課題を中心とした建築・庭園・修復史
現在の所属・役割
東京大学・日本学術振興会特別研究員
キーワード
イスラーム庭園・建築、芸術、オーケストラ・室内楽

2016年度修了生

博士人材として社会に出ることについて、大学院での研究内容との関わりや今の仕事を選んだきっかけ、博士人材だからこそ社会に提供できる価値など、感じるところをお聞かせください。

超域に所属してから葛藤とともに生きてきた。私の研究は社会に対して何をアピールでき、何を還元できるのか。そういつも問われてきた。すぐに経済活動に影響を与えられるわけではない。むしろ長い目で見て国の教養の土台に必要となる研究であろうと考えているが、だからこそ短期の成果目標や就職活動と結びつきにくい。

私の研究はイスラーム庭園・建築の修復を美学的に考察することである。このような専門性の高いテーマをより深めたかったため研究員という職を選んだが、超域での葛藤を踏まえ、現在は修復史や都市計画史にも範囲を広げ、自身の研究をより広く美術史や歴史学の中に位置付けようとしている。

超域に出会うまで文学研究科の博士課程に生きる人々は仙人のようなものであると考えていたし、現に社会と隔絶した研究者もいる。それはそれでアリだが、文学研究科の、そして私のような美学・美術史の博士人材が研究職以外の職を考えたときにどのような強みがあるのだろう。彼らは論理的思考・構成力、想像力、史料を読み解く力、言葉を使って人に想像させる描写力などを持つであろう。また自身で課題を設定し、ほぼ個人で研究を行うことから課題設定や問題解決能力、マネジメント力もある程度備えている。人が人と協働する以上必要である言語を武器とする彼らは、理論的には今社会が必要としている力を持ち得る。

研究科で個人プレイが多いなら、それ以外のコミュニティに属することも重要だろう。私は音楽活動に力を入れており、ヴァイオリンやヴィオラで演奏会に出演したり、企画・運営も行ってきた。研究とは全く違う個性に遭遇し、研究界とは異なったコミュニケーション方法や言語形態、文脈があることを知った。また超域では学生広報として活動し、デザイン会社との連携やデザインそのものにかんするスキルを積むことができた。これらの交友関係とスキルは現在も生きている。

以上、文学の博士人材の強みや自身の経験を考察してみたが、これは現時点までの感覚に過ぎない。結局のところ私は今もずっと自身の強みを探し続けているし、答えが出るのは何十年も後に振り返ったときであると思う。

大学院生活とその後のキャリアパスに対して超域プログラムが果たす役割について、超域での学びが就職活動や現在の職務へ与えた影響や、履修によって生まれた新たな視点や考え方などがあれば教えてください。

学部時代は一人で黙々と研究しており、閉じがちな世界だった。そんなとき、超域1期生募集の広報業務に携わる機会があり超域を知った。何でも良かったのかもしれない。研究科以外の場所や人とかかわりあって、刺激を受け視野を広げたいという軽い気持ちで受験をした。しかし結局その一歩が、現在でもかかわりを持つ友人や師を得るための種となった。

超域ではタイムマネジメント力とメタ視点が特に伸びた。私は専門の授業と博士論文執筆、超域の授業、なんならそこに音楽活動を加えた3足のわらじを履いていたので、大学院の5年間という長期スパンを基準として、短期目標をこまめに設定しつつ走り切ることが重要だった。このタイムマネジメント力は現在も役立っている。また当時、優秀なフォロワー(リーダーを支えるサポーター)の技能を身につけたかったので、グループメンバーの特性や長所を把握しつつ自身の役割をどこに位置付けられるかを常に意識するようにしていた。優秀な人ばかりだったので自身の力を思い知らされることも多かったが、プレゼンの魅せ方や疑問を持つ力など仲間から学ぶことも多かった。

最後に、これはよく超域生が言うことだが、同じ単語でも個人のバックグラウンドにより定義が大きく異なるということを身をもって知った。それは所属する国、研究科、専門分野、興味対象によっても当然異なるだろう。では自身の研究をどのように彼らに説明するか。どのように言語化するのか。自身の中で言葉の定義が揺らぐとき、自分自身のことさえも改めて定義し直していたのではないかと今になって思う。そしてこれが「私の研究とは何なのか」という疑問の答えに結びついていくものである気もする。自身の研究に対し「美学」という学術分野の中での位置付けしか考えてこなかった私にはそれが何よりも刺激的だったし、より俯瞰的な視野を持つためのステップとなった。

日々研究に励みこれから社会へ飛び立つ超域生に一言お願いします!

コロナという未曾有の危機に、多くの国や人が疲弊しています。これまで隠されてきた差別や問題が噴出し、国同士・人同士が分断され憎しみ合う中で研究や留学さえもままならない状態が続いています。

しかし、人を繋ぐのも結局人。誰もが予想だにしなかった未知の課題に学際的な観点から切り込むのが超域であるとしたら、まさに今がその時ではないでしょうか。

互いの価値観をぶつけ合い、困難をも学びの糧としてください。

(2020年11月)