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俯瞰的な視点で物事を見極める〈ものさし〉を身につけてほしい

インタビュアー:
成長についてお話しいただきましたが、超域生に足りないと思うところはありますか?

伊藤先生
 理論と実践の両方を考えて、アウトプットを出すにはどのくらい時間を含むコストがかかるのかをぱっと考えられる〈ものさし〉を持って欲しいな、と。例えばおもちゃづくりの授業では、高専出身の学生は圧倒的な技術と経験に基づいて、あるモノを作るのにどのくらいの時間がかかるのかわかっているから、最初の段階で実現可能なアウトプットを提示できる。一方、文系の学生や、理系であっても技術的な実践をしてきていない学生は、理論を頼りに理想論であれこれ言うから上手くいかないよね。最後は「やったことないからできない」ということになる。でも将来的には、やったことがないことでも、俯瞰的に問題のスケールを見極め、 アウトプットを出すまでに要する時間と労力を考えられるようにならないとね。「知らないんで」「専門じゃないので」という言い訳は、超域生には許されないことですから。

インタビュアー:
 超域イノベーション総合(注)の活動では、まさにそういった〈ものさし〉の必要性を認識しました。私のチームは過疎地域の空き家問題に取り組んでいましたが、問題のスケールがわからないまま、自分たちの議論が空回りしている感覚を抱いていました。次になにをすれば良いのかもわからない状態に陥ってしまうこともあり、すごく悔しかったです。

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伊藤先生
 いきなり難しい問題に当たっているからというのもあるだろうけどね。ひとつの視点から問題を見るのではなく、複数の視点から見たときに、どの水準で情報を整理するのかというのも非常に難しい。超域イノベーション総合も含めたコア科目では、問題を整理するうえで役立ついくつかの方法論を学んだでしょう。例えば、システム思考のループ図を使ってみて、問題解決の糸口を探すと言ったように。超域イノベーション総合のような活動を通して、超域生には既存の方法論を学んで使いこなすだけではなく、将来的には新しい指標やツールを生み出すところまでいって欲しいですね。

インタビュアー:
 超域イノベーション総合の話で言えば、異分野融合のグループで活動するなかで、単なる知識の寄せ集めではなく各々の専門を活かした議論ができているのか、と悩むこともありました。

伊藤先生
 まずはグループのなかで自分のポジションを発見ないし形成することが大切だよね。私は授業でいつも「持論と価値」ということを言っています。実は、専門というのは、知識ではなく思考様式にこそ、それぞれの特徴があると思っていて、それは、専門外の問題に対しても適用されるので、持論というのは専門の視座と密接に関係しているよね。例えば、私自身は、大きく分類すると機械・システム工学系の人間ですが、航空学科というマイノリティー出身なので、マジョリティーの方々から見ると、精緻な現象論から巨大複雑系システム論まで発言の振れ幅が大きく、総じて俯瞰的ではあるが、同時にやや数学的な意味で抽象度が高く拡散的であると思います。文系の方々も、体系的な論考が求められる分野と実証的研究を進める分野では、同じ問題や情報に接してもアプローチが異なり、導かれる意見も違ってくると思います。こういった観点から、持論がなければ何も始まらないと言っているんです。

新しいことをするのは困難、でも挑戦しなきゃ

インタビュアー:
 最後に、超域生に期待していることをお聞かせ願えますか?

伊藤先生
 超域生への期待ということで言えば、沢山ありますよ(笑)。まずは、自分の専門研究の価値を社会に説明し、認知させる力は最低限持って欲しい。専門性を備えたうえで領域を超える、というのが超域だからね。自分の専門研究を他人から面白いなと思ってもらえるように。あとは一般常識のレベルを高めていくことも必要。いまは別に専門家じゃなくても、ウィキペディアなどを調べれば、確実性は別としてある程度の情報を得られる社会でしょう。誰でもある程度の知識が持てる社会で、どう勝負するか。私は、門外漢でもためらわずに、どんどん専門家に聞くべきだと思います。例えば、新書を数冊読んだ知識を持ってどこでも戸を叩く、そういったことが大切ですね。世界はどんどん変化していますよ。私が子供だった頃には、携帯電話に毎月何万円も払う人が出てくるなんて、考えもしなかったことですからね。待ち合わせ場所や時刻を当日変更するなんて、まず不可能でした。

インタビュアー:
 超域では新しいものに触れ、多様な立場の人と議論する経験ができて、とても刺激になります。ただ、その経験を糧にして自分が何を生みだせるのかと不安に思うこともあります。

伊藤先生
 そうだね。でも、自分のやりたいことを実現する方法って、どんどん多様化しているので、自分に合った方法を選びとって、新しいことに挑戦してほしいですね。別に大企業に入らなくても、クラウドファンディングなどを活用して、個人でやりたいことができちゃう時代ですから。現代の学生は、社会で働くという在り方が多様化していることをきちんと把握して、将来を考えていく必要があるよね。それは個人だけでなく、企業に対しても言えることです。既存のものの延長に乗っかっちゃえば楽なように思えるけれど、新しいことをするチャンスが増えているのも事実。新しいことをやるのは大変な道かもしれないけれど、やっぱりどんどん挑戦して、新たな価値を生み出していってくれることを期待しています。若いときは頭のまわるスピードも速いし、時間は無限にあるはずですよ。

容易には予測できない実社会で挑戦し、新たな価値を生み出して欲しい—本記事で伊藤先生が発信するメッセージを、私たちはどう受けとめ、行動していけるのでしょうか。専門を超えること、新しい価値を生み出すことの難しさは、プログラムの年数を経るごとに実感しています。伊藤先生へのインタビューは、プログラム履修開始時から向き合ってきた「超域での経験を通して自分に何ができるのか」という問いを改めて突きつけられているような経験でした。この根本的な問いと向き合いながら、引き続き活動に励んでいきたいと思います。

(注)超域イノベーション総合:プログラム履修3年次の取り組む長期のプロジェクト演習。企業・自治体・非営利団体等、実際の組織から提示される課題を受けて、状況の課題、課題の再定義、解決策のアイデア送出を経て、具体的な提言や立案までを行う。