インタビュアー:2014年度生 工学研究科 堀 啓子
2015年度生 人間科学研究科 小林 勇輝
インタビュイー:2014年度生 生命機能研究科 若林 正浩

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生に、学生視点からインタビューする超域人。Vol. 18の今回は、超域3期生の中から、生命機能研究科生命機能研究専攻で神経美学の研究をしている若林正浩君が、インタビューに答えてくれました。神経美学という自然科学の専攻ながら芸術も深く愛する若林君。彼の眼は、どのようなものをどのように捉え、そこから何を生み出そうとしているのでしょうか。様々なことに興味を持つ若林君が、熱く語ってくれました。

取材日 2015年7月11日

専門は“感性”を科学すること

インタビュアー:「超域展開力・アントレプレナーシップ」(授業担当:福吉潤 特別講師)の授業の時、若林君が自分の研究について話して、先生がその話に感心されていたことが印象に残ってるんだけど、どんな研究をしてるのかもう一度教えてくれる?

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若林:一言でいうと「感性デザイン」の研究をしてる。神経科学や心理学のアプローチを用いて、デザインとそれを見た人が感じる印象やその人の感性の相関を調べたりしてるんだ。

インタビュアー:なるほど…具体的にはどういうことをするのかな?

若林芸術作品に対する印象を、三次元空間で表現して、わかりやすく可視化することに取り組んでる。もっと具体的にいうと、絵画とかの印象を評価してもらって、その回答を統計的に解析して別の形のデータに変換することで、その評価に大きく影響している主要な3つの軸を抽出してる。その結果を三次元のグラフに投影するんだ(図1参照)。そうすると、見てもらう人や絵画によってうまれる印象の差がグラフ上に見えるようになるよね?そこから、色とか構図等の絵画の特徴と、与える印象がどう関係するか、そして脳のどの領域がその印象を生みだしているのかを調べてる。

若林研究グラフ 図1)2枚の絵の感性空間上での比較
(解説:夜のカフェテリアの方が、アルルの跳ね橋よりも個人の印象の分布が広い=人によって印象が大きく変わってくる絵であることを示す。)

インタビュアー:デザインがもたらす印象から、絵画のどういう要素や脳のどの部分がその印象を作り出すのかを考えるってことだね。

若林:そうだね。この研究の応用として、人種ごとに最も魅力的な顔を作り出して、各人種の顔魅力規定要因(ある顔を魅力的だと判断されるうえでの要因)を見つけ出すことにチャレンジしているんだ。この研究で用いる手法は、最初から最適なデザインを作り出せるっていうところが新しくて、最大のメリットなんだ。従来の方法だと、まずたたき台のようなデザインを作って、それを修正していくというやり方が多いと思うけど、そのたたき台がいらないという感じかな。この手法は車とかの製品に対しても、顧客に持たせたい印象を与えられる最適なデザインを見つけ出したりできるから、応用の幅は広いと思う。

インタビュアー:それは確かに面白いし、いろんな分野に応用できそうだね。今までずっとその研究をしてきたの?

若林:学部生の時は、別の研究室で今とは全然違う研究をしてたんだ。「ガシガシ動く」とかっていうオノマトペ(擬音語・擬態語)の抽象的な指示を与えられた時、人間の動作がどのように修飾されるかを測ったりしてた。ただ、そもそも脳に関する研究には興味があったから、今の研究室に話を聞きに行ったら、芸術作品鑑賞中の脳と心の働きに関する研究プロジェクトがちょうど始まるところで、それに参加できることになったんだ。神経美学分野では基本的に”美”しかターゲットにしないんだけど、うちの研究室は美だけでなく、作品の全体印象をターゲットにしていることが僕には魅力的で、出会えてラッキーだったね。

インタビュアー:“美”と“印象”って、区別して考えたことなかったけど、どっちを対象にするかでそんなに違うんだね。

若林:美を感じた時に脳のどこが働くかっていうことは、これまでの研究でほとんどわかってるんだ。だけど絵画を見た時に感じるものって美だけじゃないはずだよね。例えばフランシス=ベーコンの絵(図2参照)は、多くの人が醜いって感じるんだけど、それでもなぜか彼の絵の前には人だかりができる。シュールさだとか、絵画に対する感情って複雑だから、“美しい”以外の印象についても調べてみたいんだ。だから美を拡張して、様々な印象とか、それを見た人の感性全般をテーマにしてるって感じだね。

図2)フランシス・ベーコン作《ジョージ・ダイアの三習作》1969 ルイジアナ近代美術館蔵 フランシス=ベーコン

“美”という価値観に駆動されて

インタビュアー:今の研究にも学部時代の研究にも、絵画とかオノマトペとか、芸術的とも言えるようなものが関わっているよね?そういうものって、自分の中ではどういう位置づけなの?

若林“美”っていうものが、自分の価値観の中心になってると思う。個人的興味の美と研究対象の美は少し違うけどね。親の影響で昔から芸術に触れ合う機会が多かったからだと思うし、今でもよく美術館に行ったりオーケストラを聞きに行ったりするよ。

インタビュアー:なるほど。自分が「いいな」と思うか否かの基準に“美”があるって感じ?

若林:そんな感じかな。例えば、日常生活で用いるモノで言えば、機能性も重要だけど、美というか、そのモノが周りとどれだけ調和しているかも大事だと感じるんだ。美や調和性といった観点からモノを評価したいと思うんだけど、こういうことを取り扱う学問ってあんまりないんだよね。 今は従来の研究を発展させて感性と神経活動の研究をしてるけど、かつては人が抱く印象のような主観的な情報を科学に取り込むことに批判もあったし、タブー視されたりもしてきた。現代は、大量消費・大量生産の時代が終わってきて、少しずつ美や調和性にみんなの目が向いてきていると思う 。だからこの研究は、社会からもとても注目されている分野の一つだと思うよ。

インタビュアー:今は便利なだけじゃなくて、美しいものじゃないと売れない時代だもんね。

若林:そうだね。例えばアップル社の製品が売れるのもデザインに拠るところが大きいと言われてるし、モノのデザインから喚起される印象は日々の生活に少なからずの影響はしてるはず。だからこそ、見る人の感性がどういう要因で動かされるのかってことを解析したいんだよね。

インタビュアー:なるほど。そういう好奇心が研究の動機にもなってるのかな。

若林:うん。ただ今の研究のようなことに携わりたいと思ったきっかけは他にもあってね。僕は、自分はあまりセンスのない人間だと思ってるんだ。今まで、周囲にはすごくセンスが良かったり、才能があったりする友達がいて、ある種のコンプレックスみたいなものを持ってるような気がする。でも、僕は芸術が好きだから、芸術に関わって生きていきたいと思っていて、芸術を科学することでセンスがないなりにも芸術と共に人生を送れると思ったんだ。
世の中には、芸術でもファッションでも、センスのある人とない人っているじゃない?だから、センスを感じさせる要因を解明できれば、どんな人もある程度のセンスを持てるようになるための武器を配れるかもしれないと思って。それも一つの大きなきっかけかな。

インタビュアー:自分のことをそんな風に思ってたなんて知らなかった。じゃあ芸術を創作する方はあまりやっていないの?

若林:短歌を詠むことは今もやってるよ。2年前くらいからハマっててね。もちろんそういう芸術が好きだからっていうのもあるけど、自分にもそういう表現ができるようになりたいからやってるっていう部分も大きいな。芸術の研究をする身として、制作の場面も自らの経験として知っておきたいからね。

超域をも超えて広がる好奇心。その先に見据えるものとは?

インタビュアー:若林君は興味の幅も広いし、研究自体も色んな分野のアプローチが混ざってて、なんというか、ひとりでも「超域してる」感じがするな。

若林:そうかな。研究に関しては、最初は神経科学ができればよかったんだけど、指導教員のバックグラウンドが心理学だったから自然と心理学的なアプローチもとるようになった。でも最近は、言語学の方にも個人的な興味が広がってるかも。実験の際は、印象について言葉を用いて質問をしているんだけど、同じ言葉にも人それぞれが違う定義をしているから、同じ回答をした人が同じ印象を持ってるとは限らないよね。だから、それぞれの人が持つ言葉の定義を明確にしたくて、言語学の先生にもお話を聞かせてもらったりしてる。

インタビュアー:確かに、他人によって言語に対する感じ方は違うし、それって説明してもわかりきれないものだしね。

若林:そうそう。今後は、フランス人と日本人で顔に対する印象評定を行なっていくんだけど、印象を尋ねる際、「美しい」を「beautiful」とか「beau」と訳すと、その時点で言葉が意味するものが変わってる可能性もあるよね。だからどうしたもんかなと思ってるんだ。

インタビュアー:なるほどね。ひとりでもそれだけ幅広く考えたり活動したりしてる若林君だけど、超域プログラムはどう?

若林:色んな活動や授業があるけど、やっぱり超域生の“見せ方”とか、そういうものに注目しちゃうんだよね。入ってみて一番感じることは、超域生はみんな発表がうまいってこと。言葉選びやスライドショーのアニメーションのセンスが良くて、いい刺激になる。理系の研究発表は、背景・方法・結果っていう枠が決まってて、データを示して納得させるという感じがあるけど、超域の授業では相手を説得するような、文系的な発表になるから、見ていて面白いよ。

インタビュアー:そういうところを見てたんだね。

若林:ただ超域プログラムのコンテンツとして、芸術に関するものがかなり少ないと思うんだけど、どうしてだろうってずっと思ってるんだ。芸術の制作をする授業もあったほうがいいと思う。鑑賞だけじゃなくて、実際に制作して、自分と向き合う時間を持って自分を表現することも大事だと思うからね。音楽でも短歌でも、まず最初のドラフトを作って、そこから自分が思う美しさに近づけていくのが芸術。この部分が、自分と深く向き合うプロセスで、論理を重視する大学の講義ではなかなか経験できない部分だと思う。

インタビュアー:そういう芸術の創作みたいなことを経験するかしないかで、どんなことが変わるのかな?

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若林:表現をちゃんと気にかけられるようになると思う。例えば文章にも、意味が通るかだけじゃない「いい文章」ってあるじゃない?流れがきれいだったりとかして。助詞一つで文章の印象ってガラッと変わったりするんだけど、短歌を作ってるとそういうことに気づいて、より美しい言葉の使い方を模索したりするね。それから、自分から出てきた言葉から、今まで気づいてなかった自分に気づくこともあるし。

インタビュアー: なるほど。表現や伝え方を試行錯誤する力って、新しいものを生み出そうとする人にとっては必要なものかもしれないね。新しいものって多くの場合、簡単には伝わらないし。

若林:そうだね。だから、超域生にもぜひ、芸術に触れて創作する機会をもっと持ってほしいな。芸術は作者と鑑賞者との間で成り立つものだから、自己満足で終わらないものを作るのはすごく難しいけどね。本気で芸術をやってみるのはいいものだよ。短歌は、奥は深いけど間口は広いから、騙されたと思ってひとつ作ってみてほしいな。

インタビュアー:そういう機会も作っていけたらいいね。最後に聞きたいんだけど、芸術から言語、脳まで幅広い興味の中から、今後はどういうことをしていきたいの?

若林:場所はまだ決めていないけど、研究者になって今の研究を続けたい。ただ、企業に行くと自分の研究が製品になるのを見届けることができるけど、その反面やりたい研究をやらせてもらえるかはわからないし、大学はその逆だよね。だから所属したい場所はなかなか決められないよ。

インタビュアー:それはすごくわかるよ。でもやっぱり、美や感性の研究に関わり続けることが軸なんだね。

若林:うん。将来できたらいいなと思うことは、様々な芸術の美を投影する統一空間をつくること。短歌も絵画も音楽も、一つの尺度でその美しさが測れるようになったら面白いだろうなと思うんだ。「ゴッホみたいな音楽」っていう感覚が表現できるような感じにね。それは本当に今まで誰もやってないことだから、それを究極の目標として、これからも研究に取り組んでいこうと思ってるよ。

 “美”という視点を自分の中心に据えながら、研究にも芸術にも好奇心旺盛に取り組む若林君。芸術に関してほとばしる言葉から、芸術への深い愛と情熱を感じました。歌も詠める研究者という新しい人材が、きっと超域から生まれることでしょう。
超域人は、これからも超域生の等身大の姿を捉え、お伝えしていきます。