Interviewee:大阪大学大学院 法学研究科法学・政治学専攻 宮田 賢人 (超域 2014年度生)
Texted by:大阪大学大学院 工学研究科機械工学専攻 澤井 伽奈 (超域 2014年度生)
Edited: 大阪大学大学院 人間科学研究科人間科学専攻 篠塚 友香子 (超域2013期生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う、独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用や研究者として彼らが描く未来についてインタビューする超域的研究。第17弾となる今回は大阪大学院法学研究科に所属する超域3期生(2014年度生)の宮田賢人さんに話を伺った。


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 宮田さんは、法と哲学の中間に位置する法理学(法哲学)における正義論・法価値論という問題領域を専門としている。機械工学が専門の私にとってはイメージすらしがたい分野であるが、宮田さんが研究の先に見据えるビジョンを聞いていく中で、この分野が私たちの社会を変革する大きな力を持っていることが分かってきた。

「正しさ」を問う先に見るもの

「あるルールや行為の正しさはどうやって判断されるのか?」
「あるルールや行為のあるべき正しい姿は普遍的なものなのか?」

 宮田さんは、このような大きな問いに向き合って日々研究に励んでいる。
 正義論・法価値論では上記のような問いを巡りこれまで様々な議論が行われてきた。例えば、「行為やルールの正しさは、それに関わる全ての人にとって同意できるかどうかを基準にして判断されるものであり、その判断に基づく行為やルールは普遍的なものである」といった理論や、「そもそも正しさの判断基準は地域や時代によって異なるため、その判断に基づく行為やルールのあるべき正しい姿も相対的なものである」といった理論が打ち立てられている。このような議論に対し、宮田さんの研究は新しい解を提示する。それは、「人間はある行為やルールが道徳的に正しいものであるかどうかを『自分にとってもそれに関わる全ての人にとっても、正しいと言えるかどうか』という共通基準に基づいて判断しているが、その判断の結果生まれるルールや行為のあるべき正しい姿は、個々人によって異なるものである」というものだ。これは従来の議論とは異なる新しい理論を論証している。宮田さんの理論の鍵は、「ある行為やルールに関わる全ての人」を我々が規定する仕方にある。

 例えば、マリファナ(大麻)を取り締まることの正しさを考えるとき、上述のように「自分にとってもそれに関わる全ての人にとっても同意できるかどうか」を基準にして考えるが、「関わる全ての人」を我々はどう考えるか。もし、その中にマリファナの使用者を含めてしまうと、彼らもれっきとしたマリファナの取り締まりに関係する人であるが、きっと取り締まりには同意しないだろう。それでは、マリファナの取り締まりを正当化できない。そこで我々は、そういった人たちを「薬物に狂った非理性的な中毒者」として「関わる全ての人」から無意識的に排除し、マリファナの取り締まりを道徳的に正しいルールとして判断している。だが逆の立場から見れば、マリファナの使用者は「マリファナの中毒性はタバコと大差ないし、マリファナの利用で他人には迷惑をかけていないから別にいいじゃないか」と考えており、マリファナを使おうという自らの判断は真っ当で、理性的なものだと思っている。すると彼らにとって、一方的なマリファナの取り締まりは「関わる全ての人」から自分たちを不当に排除するものに見え、マリファナの取り締まりを道徳的に不正だと判断するようになる。今回のインタビューで宮田さんは、この理論を法理学会の新常識にしたい、という大きな夢を語ってくれた。

無意識を意識させる

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 宮田さんの研究は法理学界に新しい理論を打ち立てるという可能性だけではなく、私たちの社会を変える可能性を秘めている。というのも、彼が主張する「人間はあるルールや行為が道徳的に正しいものであるかどうかを『自分にとってもそれに関わる全ての人にとっても同意できるかどうか』という共通基準に基づいて判断しているが、その判断の結果生まれるルールや行為のあるべき正しい姿は、個々人によって異なるものである」という理論の正当性を論証できれば、社会的コンフリクトを鎮静化する新しい方法を生み出すことにつながるかもしれないからだ。所得の再分配をめぐる社会的対立を例にとって考えてみよう。一方では、著しい所得の不平等は道徳的に不正であり所得の再分配によって是正すべきであるという主張があり、他方では、所得の再分配は裕福な人が努力して得た所得を略奪する道徳的に不正な行為である、という主張がある。これまではこのような社会的コンフリクトを、一方は正しい道徳的判断をして他方は誤った道徳的判断をしているとして、誤っている方の考え方を変えることで鎮静化する傾向にあった。しかし、一方を誤っているとして押さえつけること自体が、社会的コンフリクトを悪化させる可能性がある。確かに、正しいと考えて行っていることを間違っていると頭ごなしに否定されることは心地よいことではない。

 この場合、宮田さんの理論だと、どちらの側も正しい道徳的判断を行っていることになる。そして彼は、自分たちが「正しい」と無意識的かつ直感的に判断している部分を明るみに出し、関わる人たちがそれを意識し、省みることが社会的コンフリクト鎮静化の鍵となると考えているそうだ。所得の再分配の例でいうと、所得の再分配に反対する人(後者)はそもそも無意識的に「貧しい人=努力を怠ってきた人」と考えており、所得の再分配は努力する人を苦しめる非道徳的なものであると考えているかもしれない。努力をしてもなお貧しさに苦しめられている人が実際にいたとしても、彼らがこの問題について道徳的判断を行う際にはその可能性は無意識的に排除される。宮田さんは、このような私たちが行う道徳判断の背後で働いている無意識的な直観がどのように形成され、また、人々の間で共有されるのかということを、今後の研究で明らかにしたいと考えている。さらに宮田さんは、異分野との連携によりこのような無意識的な部分を意識せざるを得なくする仕組みを作ることができるのではないか、と語ってくれた。そして、超域プログラムに応募した当時はうまく言語化できなかったが、改めて振り返ってみると、超域に惹かれた理由もこの点にあったのだという。

 お互いがお互いに「自分にとってもそれに関わる全ての人にとっても同意できるかどうか」という同じ基準のもとに道徳的判断を行っているのだけれども、その判断の結果は個人によって違ってしまうこと。そして、自分が道徳的判断を行う際に見落としてしまっていることを理解することで、対立するもの同士が納得できるような解が得られれば、この社会はもっと優しいものになるのかもしれない。宮田さんは自分の理論を「業界の新常識にしたい」と語っていたが、話を聞いていると、「世界の新常識にしてほしい」とすら思わせる可能性を感じた。


超域で見えた自身の研究

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 宮田さんは超域で課題解決のプロセスを学ぶ中で、自らの研究の位置づけを認識するようになったそうだ。

①情報の整理・構造化
②課題の抽出・明確化
③課題解決のアイディア展開
④アイディアの具体化・実施

という課題解決のプロセスのうち、宮田さん自身の研究目標は①と②にあたる。①「人間の道徳的判断のプロセスを理論化しそれに基づいて社会的コンフリクトを分析すること」、そして②「①の社会的コンフリクトの分析結果に基づいて、道徳的判断の背後にある無意識的な直観を意識させるような、政治の制度設計が課題であることを示す」のが、彼が研究で取り組んでいることだ。超域イノベーション展開超域イノベーション総合を通じて、宮田さんは課題解決のプロセスに自身の研究を位置づけるようになり、今後の展開として③、④のプロセスに取り組むことも視野に入れているという。宮田さんが現在の専門研究の先に見据えているものは、とてつもなく大きい。


20年先を見据えて

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 法価値論・正義論は今では非常にメジャーな分野になり、国際協力機関の第一線で働く人たちや、官僚のような制度を作る人たちの多くは、ジョン・ロールズの『正義論』(1)の内容に詳しいだろう。ロールズの『正義論』がひとつの常識となって世界を動かしたように、思想は世界を動かすものなのだ。宮田さんは、世界に影響を与えうる常識を作り、世間に広めることの大事さを語った後、自らもそのような常識を作りたいと話してくれた。しかし、ある思想が世界に実際的な影響を与えるまでには長い時間がかかる。宮田さんは、現在の研究の成果を新たな常識へともたらすという目標に到達するのに、少なくとも20年はかかると考えているそうだ。彼は自身の将来ビジョンとして、研究者としてこの目標に到達することを考えているそうだが、自分の専門を活かして国際協力機関で途上国の法整備支援を行うことも可能性として視野に入れているという。

 いつか工学に携わる者として彼が考える理論を社会で実践するために役立ちたい、そう思わせてくれる情熱と魅力が宮田さんの研究にはあった。彼がこの先10年、20年で何を成し遂げるのか、そして我々の社会に何をもたらしてくれるのか、将来が楽しみだ。

【文献】
(1) Rawls, J., A Theory of Justice. Original Edition (1971). Harvard University Press.