授業名:超域社会科学・マーケティング
担当教員:福吉 潤(㈱キャンサースキャン)
Texted BY: 経済学研究科 2015年度生 後藤 剛志

 今回紹介するこの授業はソーシャルマーケティングという、社会的課題解決を目的として経営される事業がどう展開され、運営されるべきかを学ぶ授業である。似た言葉にソーシャルビジネスなどの言葉があるが、ソーシャルマーケティングとは、いままで営利企業に使われていたマーケティングの手法を非営利の団体に適用したマーケティング手法や、従来のマーケティング戦略で欠けていた社会的責任や社会倫理といった視点をマーケティングに取り入れたマーケティング手法を指し、ソーシャルビジネスに限らずNPO・NGOや企業のCSRにおいても求められつつあるものとなっている。
 また授業では知識を教えるレクチャーではなく、ソーシャルマーケティングの具体的な事例を使って、感じたことや考えたことを授業の中で出し合っていくというケーススタディの形でソーシャルマーケティングの手法を学んでいった。
 このレポートでは、まず授業で扱ったケーススタディの概要を述べ、それを踏まえた超域生の反応がどのようなものだったかを報告する。その上で、私個人が学んだことと、今回の授業での学びをどう応用していくかを述べる。

意見はバラバラ、でも面白い-ケーススタディ

 ケーススタディでは、ある企業の具体的な事例を使って「自分が当事者(経営者)ならどうするか」ということなどを考えていく。話にリアリティがある分、受講生にも熱が入る。
 授業で使われたケースは、ブドウ栽培やワイン造りなどの作業を通して、知的障害者の自立を目指している福祉団体の創設から現在までを扱ったものだった。ケースの中では、製造されるワインはサミットの晩餐会にも供される高品質であることや、障害者の方が自信と誇りを持って仕事ができる環境を作り出すことに成功してきたこと、園生の高齢化でブドウ栽培が困難になりつつあることなどが紹介されていた。この施設のことはテレビ番組や本などでも取り上げられており、ソーシャルマーケティングの例として一般には認知されている。この事例に登場する団体が取り組んだ社会的課題は「障害者の雇用問題」であり、彼らは栽培したブドウからワインを造り、その売り上げ手によって賃金や運営資金を得るというビジネスモデルを作り上げている。

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 このケースを元に、「この団体が成功した要因はなにか」「この団体で功労者は誰であったか」「この団体の立ち向かうべき困難はなにか」というそれぞれの問いに対して、当事者の目線から受講生が議論し、それぞれの問いに対してどういう考え方が出来るのかを皆であぶり出していく。そして、議論で出た意見を元に、講師の福吉先生がマーケティングの手法からそれぞれの問題についてどういう捉え方・考え方ができるのかを学んだ。良い経営理念を建て、体現していくことが企業の成長につながるというビジョナリーカンパニーの考え方や、物の本来の価値に大きな付加価値をつける知覚品質の付け方などのマーケティングの手法がここでは紹介されたが、皆で喧々諤々議論した論点がマーケティングの考え方を知ることでより明快になる爽快感はこの授業の醍醐味だった。

 このケーススタディの中で私が一番驚いたことは、同じことを議論しようとしても、超域生それぞれの意見がぜんぜん違うということである。「なぜこの施設は成功したのか」という問いに関して、私は「理念が首尾一貫されたものだったから」ということを考えた。一方で、他の超域生は「働き手が真摯に頑張っているから」「ブランディングが成功したから」といった意見があった。さらに、ぶっ飛んだものには「低賃金で働いている障害者を働き手としているから」というものもあった。ケースの中に描かれる成功した事例としての施設の姿からは、かなりかけ離れたこうした意見が出てきたことにはとても驚かされたし、専門分野の違う学生の集まる超域プログラムとは言え、とくに専門性に基づいて意見を出している場面でもないのに、「ここまでふりきった意見がでるのか」とはじめは思ってしまった。

 しかし、授業の中でケーススタディを進めて、マーケティングの考え方を学ぶうちに、みんなが提示したような考え方も見方によっては可能であったということや、もっと他にも考えるべき点があるということが、だんだんと見えてきた。ソーシャルマーケティングの現場では、往々にして社会福祉を隠れ蓑にした金儲けだという風評も広がりやすいということを学んだときには、先ほどの尖った意見も、実は核心を突くものだったのだと感心した。変だと思う意見でも、見方をかえていくと自分の中にない答えを得られる大切な機会だということが当たり前のことながらも、この授業の大きな収穫であり、ケーススタディで事例を扱う面白さだと思った。

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社会課題を解決するマーケティングの可能性

 私の学んでいる分野は公共政策などの分野で、『社会課題を効果的・効率的にどう政策が解決していくべきか』ということを扱っている。私は社会課題を解決する主体は主に政府だと考えており、政府の行う政策などに関心をもって普段は学習をしているが、今回の授業では社会課題を解決する主体として、企業がどういう課題解決をしているかということが学ぶことができた。  授業ではケーススタディで扱った例以外にも、バングラデシュの貧困解決を目指してバッグ類などを製造している企業や、ホームレスの自立を目指している団体などの様々なソーシャルマーケティングの事例が受講生それぞれによって紹介された。福吉先生の解説によって、それら個々の企業のどういう点がビジネスとして良い点なのか、社会課題にどうアプローチをしているのか知ることができた。また、福吉先生自身が経営しているソーシャルマーケティングの会社での経験なども紹介していただいた。

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 これらの取り組みやマーケティングの手法を知り、私が学んだことは、社会課題を解決する主体としての企業の強みとマーケティングの大切さである。 市場の中で必要とならない企業は淘汰される。そのようなリスクがあるという特徴がゆえに、「必要である」と認められるために企業はうまくビジネスモデルを構築しようとする。そのため、企業では解決されるべき社会課題に対して、持続可能性をもって取り組めるモデルを作り上げ、実際に運営を続けていける。また、企業では社会課題をうまく解決すれば、それに見合った収益をあげることが可能となるため、自分たちの収入を挙げることもでき、社会課題を解決するためのインセンティブも働きやすい。自治体のように地域性の制限もないので、ニーズがあれば事業をどんどんと拡大していくことも出来る。政府ではなく企業が解決する社会課題の発見や解決方法の発見は容易なものではないが、様々な課題を抱える社会の中で、ソーシャルマーケティングを行う企業の活躍の場は広がっていくだろうし、きちんと収益をあげて持続可能なビジネスを行う企業がどんどんと現れるだろうと思う。

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 また、ソーシャルマーケティングを行う企業は自分たちの良い商品・サービスをブランド化したり、良いイメージを構築したりしてうまく消費者に伝え、ニーズを掘り起こしている。今回の講義で取り上げられたワインやバッグなども、マーケティングをうまく利用する企業は良い商品を、きちんと良いものとして人々に認知されることによって成功している。企業が成功するためには、良い商品を認知してもらうマーケティングの手法がとても重要だと学ぶことが出来た。

 私の研究の対象である政府は現在、国債という多額の借金を抱え、持続可能性も危ぶまれる状態となっている。政府は社会課題を解決する一番の主体であると考えているが、税金や国債で運営されているため、企業とは異なり、市場で淘汰されないという性質のために、収支がバランスしているような持続可能な組織になれていないとも言える。今回の授業では、民間企業が持続可能な形で社会課題を解決できてきているということが学べたが、政府も今後、民営化や政府と民間が協働するPPPなどによって、民間企業のノウハウが活用できるようにしていくべきだと思う。また、政府の行う良いサービスをもっと人々に認知してもらうマーケティングの手法も活用していけば、政府の政策が市民に身近なものになり、より理解の得られるものとなるだろう。

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