インタビュアー:2016年度生 井奥 智大
2015年度生 猪口 絢子
写真撮影:2015年度生 小林 勇輝
インタビュイー:2015年度生 櫛田 佳那

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生に、学生視点からインタビューする超域人。Vol.25の今回は、工学研究科知能・機能創成工学専攻でコンピュータ・ヒューマン・インタラクションを研究する櫛田佳那さん(通称・くしこ)(超域4期生(2015年度生))にインタビューを行いました。
 中学卒業以後の7年間を工業高等専門学校で過ごし、大学院から阪大にやってきたという異色の経歴を持つくしこは、「コミュニケーションが苦手なんだ」と控えめに笑う。そんなくしこが、コミュニケーションのための技術開発をするに至った理由とは。魅力を秘めたくしこの頭の中に迫る!

取材日 2016年11月24日

■ 小さなコミュニティでゆっくりと成長した高専時代

インタビュアー猪口:くしこって工業高等専門学校(高専)から阪大大学院に進学したそうだけど、それってかなり特殊な経歴だよね。あまり高専ってどういうところか想像できないんだけど、どんなとこだったの?

インタビュイー櫛田:そうですね、私は徳島出身なんだけど、16歳で高校ではなく高専に入学して、そこから7年間ずっと高専で学んだ後に、大学院入試を受けて大学院にやってきました。

猪口:7年もいたんだ!

櫛田:そうなんです。高専って5年間の専門学校なんだけど、その上に2年間の「専攻科」があって、私はそこにいっていました。5年修了した後で大学の学部に編入することもできるみたいですけどね。うちの高専はすごく小さくて、一学年160人くらい。そのうち7割が5年間の課程を修了して20歳で就職します。

猪口:へぇ~人の少なさは高専の特殊性かも!じゃあ残り3割が2年間の専攻科に進むか、大学に編入するかなんだ。専攻科の後に大学院に進学する人はすごく少ないんじゃ?

櫛田:少ないですね。うちの学年全体だと3人くらい。もともと専攻科の段階で一学年2~3人なんで。でもうちの学年はたまたま多くて、専攻科に1人くらいいました。
 高専というのは大学と違って、基本的には研究者よりか即戦力となる技術者を育てる場所。高校生の年齢の頃から専門的なことをずっとやっていきます。もちろん普通の高校で習うこともやるけど、例えば大学入試がないからあんまり古文を勉強しなかったり、のびのび部活に打ち込ませてもらったり、普通の高校生・大学生とは違うかと。あと、マイはんだごてをみんな持ってた。工具箱と製図セットも。だからこっちの工学研究科で、マイはんだごて持ってない人がいてびっくりしました。

猪口:マイはんだごて(笑)!高専での経験は役に立ってる?

櫛田:うん、それは今の研究でも。ただ、私のやってきたことは技術者寄りなんで、数学の知識とかは少し弱い。研究者としての意識は大学院にきてから芽生えた感じだな。
 高専に7年間いて良かったと思ってる。私は人とコミュニケーション取るのが苦手なんだけれど、限定されたコミュニティの中で、ゆっくり成長させてもらったな、と。

■ 「モノ」で課題を解決する

猪口:今の研究室ではどんなことをしてるの?

櫛田:テレビ会議とか、スカイプをするとき、なんだかコミュニケーションがうまくいかないことがあるよね。そういう現実のコミュニケーションとのギャップを埋めるような「デバイス」を開発しようとしている。例えば、先輩の研究ではテレビ画面に腕をつけて、その腕と握手しながら会話すると親しみやすさが上がるんじゃないか、といったことをしているよ。どちらかというと物理的な要素がテレビ会議の質を向上させるんじゃないかと。

猪口:なるほど、「モノ」を通して課題を解決するんだね。

櫛田:ちなみに私の研究では、表示画面を工夫して物理的な立体感を出すことによって、何か平面ではないデバイスを生み出そうとしています。なんか浮き出るような。

猪口:へぇ~。それにしても、この世界に入ったきっかけは何なの?

櫛田:子供のころからパソコンが好きだったんですけど・・・小学生の時、ゲームを作りたいといった私に、数学の先生をしている父がパソコンにプログラミングの開発環境を整えてくれたんです。それはとても初心者向けのもので、結局このレベルのプログラミングでは自由自在にゲームが作れないじゃんって気づいて、自分でほかの言語に手を出していった。それでプログラミングにはまって・・・高専ではパソコン上で魚群のシミュレーションとか、バイオメティックスにプログラミング技術を応用していました。それが、今やっている人間を対象にした研究につながったかな。今の研究室でも、パソコン上でシミュレーションしたり、ロボットを動かしたりしています。それにしても、高専時代は研究自体が目的で、手段という感覚がなかったなぁ。

■ 広い世界を見たくて、超域に飛び込んだ

カメラマン小林:高専で高い専門性を習得したと思うんだけど、そこでどうして超域に?

櫛田:自分は今までずっと限定的なコミュニティ、テーマで生きてきたから、もっと世界を広げたいと思ったんです。高専でも専門に特化しすぎず、いろんなことをやろうっていう試みがあったけど、それでもしばらくそこにいると、もっと広い世界を見たいと感じるところがあって。 特に文系のコミュニティとは全くかかわらないできたから・・・超域に入って文系・理系関係なくかかわれたのはすごく新鮮でした。また、同じ理系でも、分野が異なれば全然違うと感じました。逆に今やっていることは、人間科学研究科の研究に近いかも、小林君がやっているような。

猪口:印象に残った授業ってある?

櫛田:そうだねぇ。「トランスファラブルスキルII」では自分、かなりぶっちゃけてたと思う(笑)この授業では自分のプライベートな問題を真面目に分析したんですが、超域はいろいろ「ぶっちゃけられる」場所なんだって思いました。あと「超域イノベーション導入II」では3Dプリンターを壊しかけた、良い?思い出があります(苦笑)

猪口:同期である4期生や、他の学年、教職員さんとはどんな関係?

櫛田:4期生はお互いに知りすぎた感がありますねぇ。最近コミュニケーションが雑になってきちゃった。他の方については、私、コミュニケーションをとるのが苦手なので(笑)

■ フラットに世界を見る

猪口:超域で、他の学問をバックグラウンドとする人と出会って、どう思った?何か、今までであってきた人との違いってある?

櫛田:そもそも一般的な「大学生」のことをあまり知らないからちゃんと比べられないんだけど・・・ただ、4期生の山本はすごく法学っぽいと思う。自分の思っていることをいつもバシッと言っていて、すごいなーと。

小林:「専門が人を作る」って部分的には言えると思うんだよね。なんとなく、看護の女の子ってキラキラしてる、とか、法学って山本みたいなやつばかりなのかな、とか・・・。「文系のやつってこういう思考」とか、決めつけたような発言を聞くときがあるけど、当たっていると思う時もあるし・・・くしこはどう思う?

櫛田:そもそも超域に来ている学生って普通の大学生ってやっぱりどこか違うし、超域の人間を研究科代表ってとらえるのはあんまりよくないね。「文系って・・・」「理系って・・・」っていうよく聞く議論も、エスニックジョーク的。人っていうのはもっと細分化されるというか、あんま文系理系とか大きく分類して話すのは嫌だな

猪口:「エスニックジョーク」っていう表現、好きだな。多様性というと、今まで4期生で超域人に取り上げられた人って、偶然だけどみんな男性だったの。だから今回くしこにインタビューするにあたって、「女性としての視点」とかを聞くのがまぁ世の中のインタビューでは定石なのかな、と考えたんだけど、私はあんまりそういうのしたくなくて・・・くしこなら分かってくれそうだけど(笑)、そのへんどう思う?

櫛田:それな!まず、自分は環境的にも男だとか女だとかあまり意識せずにやってきた。だから男とされて生きてきた人と、女とされて生きてきた人、もっとフラットにやれると思っていたんだけど・・・ちょっと限界があるのかな、どこかで壁を感じることがある。

猪口:特に4期生は「男性」が多いから、壁を感じる機会も多いかも。どうしても授業中に「ここで女性の意見も聞きましょう」ってマイクが回ってきたりもするよね。ジェンダー的なトピックのときは特にそれを感じる。

櫛田:「ジェンダーを語る」のは一般的には女性的と言われるし、それこそジェンダーを意識していることになるから本当は嫌で・・・、私個人の信念では、男性も女性もそう本質的には変わらないんだ、男性も女性も考えるべきことなんだ、と思ってる。自分はジェンダーや発達障害について、ちょくちょく考えたり情報を集めたりしているけど、別にそれが好きだから勉強してるんじゃない。自己肯定感を高めるために、生きていくために、社会で戦うために必要と感じて勉強してるんだということを、今日は言っておきたかった。

■ 自称「超域最弱」だからこそ分かる、グレーゾーンの存在

猪口:くしこにとって「超える」とは?

櫛田「グレーゾーンが認められる」ことだと思う。「女性」の周りにも「健常者」の周りにも、グレーゾーンがある。私自身もグレーの中にいると思っているし、このグレーをもっと切り開いていきたいと思ってる。工学の分野について言うと、「誰かの不自由は技術の怠慢だ」というような有名な言葉がある。私はこの技術を作る仕事がしたいんだよね。
 目が悪くて遠くが見えない人がいるなら、メガネというデバイスを作ってあげればいい。じゃあ私みたいにコミュニケーションが苦手な人でも、デバイスを作れば壁を超えることができるんじゃないかと。人それぞれに合わせたやりやすいコミュニケーションの方法ってあるから、デバイスを通じてバリエーションを増やしてあげられたらな、と。

猪口:おぉ、なるほど・・・グレーゾーンの存在を認識すると同時に、グレーゾーンにいることによる不自由さをいろいろな方法でなくしていくんだね。 そういえば超域のコンセプトの一つに「“文字情報偏重”を超える」ってあるけど、結局超域って「喋ったもん勝ち」な環境で、コミュニケーションのバリエーションが少ないままな気がするな。

櫛田:だからそんな環境の中で、私は自称「超域最弱」(笑)私は「最弱」であることによって超域内のダイバーシティを確保しているのだ、ふははは(笑)

猪口:そんな超域に入ったことが、自分の研究にどう影響した?

櫛田:かなり影響を受けてます。4期生は、自分と立ち位置が一緒だけど見てる世界が違う人たち。すごく面白い人がたくさんいるな、と。いろんな人と関わるうちに、自分の研究についてよく考えるようになった。例えば、今は人間が立体的にどう認知するかとかに興味があって。人間科学研究科の小林君から機会があったらいろいろ教えてもらいたい。

猪口:誰か、専門性だけでなく人間性も含めて、影響を受けた人はいる?

櫛田:それはめっちゃいる。もともと自分は影響を受けやすいほうだし。超域ではレアな受動的で内向的な自分の性格を、「内省しすぎ」と指摘してくれた人がいて、自分は変わろうと頑張ってみた。でも無理だった(笑)じゃあそれを自分の特性として認めてしまえばいいと思うようになった。超域生としてそれでいいのか、と悩むこともあるけど。

猪口:超域生として期待に応えなきゃって思いながらも、自分自身を受け入れるようになったんだね。

櫛田:努力で何とかなる部分もあれば、もともとの特性の部分もあるから、「頑張る」って難しい。「死にかけで頑張る」のは私には合わないし、なんか違う気がする。

猪口:では最後に今後の展望をお願いします。

櫛田:正直「生きてるだけで丸儲け」だろ、とは常に思ってる。短期的には、高専の先生になりたい。高専の考え方は、「こういう問題があるから社会を変えていこう」ではなくて、「ここをデバイスで埋めていこう」っていう考え方をする。だから社会的な問題はいったん置いておいて・・・っていう思考になりがち。それも一つの美徳なんだけども、それだけじゃ問題もある。だから私は狭いコミュニティにもどって、広い世界で見てきたものをそこに持ち込みたい。小林君が言ってた専門ごとの特性でいうと、「社会を変えよう」というバイタリティは私たちにはないな。でもそういうところをもうちょい議論できるような環境が、高専生にもあればなと思うんです。

 自称「超域最弱」なくしこの強みは、自分や他人の弱さを認識できること。そして自分の弱さを「弱さ」としてだけでなく自分の特性としても受け入れていること。また同時に、自身の専門である「技術」で人の弱さを「弱さ」としないこと。むしろたくましくもあるくしこですが、高専育ちの高い専門性と、超域での経験を活かし、デバイス開発と社会変革両方のアプローチでグレーゾーンに切り込んでいってくれることでしょう。
 超域人は、これからも超域生の等身大の姿を捉え、お伝えしていきます。