TEXT BY 永野 満大
研究科:国際公共政策研究科
専攻:比較公共政策専攻
専門分野:労働経済学、医療経済学

 「残念ですが、プレインターンシップの行き先からはバングラデシュを外してください。」出国の10日前に、プログラムの担当教官からこのようなメールが届いた。バングラデシュの治安状況が悪化し、滞在中の安全が確保できないと判断されたためだ。
 私がプレインターンシップの行き先にバングラデシュを希望したのには、次のような理由があった。現在バングラデシュは、BOPビジネスの一大集積地として認知されている。BOPビジネスとは、世界に40億人いるとされる低所得層をターゲットとしたビジネスのことだ。その特徴として、企業の利益追求とともに、消費者の生活水準の向上に貢献することが求められる点が挙げられる。ムハマド・ユヌス氏が設立したグラミン銀行をはじめとして、バングラデシュでは多くの企業がこのBOPビジネスに参入している。私は「教育」「労働」といった分野に興味があり、大学院では若者の就労について経済学の視点から研究している。私はバングラデシュでのBOPビジネスへの訪問を通じて、自分の研究をどのように社会に活かすのかという問いに対するヒントを得たいと考えていた。
 しかしながら、訪問先へのアポ取りも進み、いよいよというところで渡航を断念せざるを得なくなった。航空チケットの都合により、バングラデシュに代わる訪問先はタイとなった。まったく一からのやり直しだった。しかし出国が目前に迫っている以上、じっとしている時間はなかった。メールを受け取ったその日から、あらゆる方法を使ってタイについての情報収集を始めた。先生や先輩、友人ら多くの人の助けにより、なんとか出国直前にアポ取りにこぎ着けることができた。
 ここでの気持ちの切り替え、これが私にとっての大きな学びの一つだったといえる。今後あらゆる場面において自ら計画を立て、物事を進めていくことが求められる。そして今回のように予期しない状況に直面し、計画の修正を余儀なくされることも少なくないはずだ。そこで慌てず、次の一手を考えることが重要となる。その意味で、気持ちの切り替えは必要な能力の一つだといえる。今回の出来事は、そのことを実際に学ぶよい機会となった。
 タイでの活動のテーマは、「自分がタイで働く姿を描く」にした。私は、将来的にアジアで働くことを視野に入れている。そのため、タイという国についての理解を深めるとともに、タイで活躍する日本人に会うことで自身のロールモデルを見いだそうとした。約一週間の滞在期間の中で、首都バンコクと北部の都市チェンマイ、チェンライを巡った。バンコクでは、主に研究機関を訪問した。阪大バンコクセンターの関所長からは、日本とタイの学問の交流について、チュラロンコン大学College of Population StudiesのWarawet所長からはタイ国内の社会問題についてお話を伺った。またチェンマイとチェンライでは、それぞれ現地のNGOを訪問した。ストリートチルドレンの自立を支援しているアーサー・パッタナー・デック財団では、補助金に依存しない運営に向けた取り組みについて、また山岳民族の子供の教育を支援しているサクラプロジェクトでは、効果的な広報戦略についてのお話を伺った。タイで活躍されている日本人の方とお会いして気づいたのは、日本人としての自分と現地コミュニティの一員としての自分をうまく使い分けることで、自分のキャリアを切り開いて来られたという点だった。
 さらに私がこれまで何度かタイに訪れたことがあったが、タイ社会への理解を深めるという意識を持つことで、これまでにない気づきを得ることができた。例えばタイ、特に都市部における子供の教育熱の高まりだ。バンコクの街中を歩いていると、たくさんの学習塾が目に入ってくる。近年の中間層の拡大、また核家族化を反映したものだといえる。さらに今回タイ北部の都市を訪問したことで、バンコクへの資本の一極集中を肌で感じることができた。まずバンコクとその他の地域では、物価に大きな差がある。さらにバンコクは現在、深刻な交通渋滞と、それに伴う大気汚染が問題となっている。タイ人の一部の層の間では、快適な生活を求めてバンコクを離れる人もいるそうだ。これらは、ただ観光に来ただけでは気づくことができなかった。
 今回のタイ滞在で心残りだったのは、アポが間に合わなかったために企業を訪問することができなかったことだ。次の機会には、今回の訪問で得た知識やつながりをもとに、タイで社会問題に取り組む企業を訪問したいと考えている。