インタビュイー: 廣野哲朗准教授
インタビュアー: 山本 展彰(2015年度生)
インタビュアー・記事編集:金丸 仁明(2015年度生)
記事編集・写真撮影: 石川 明日香(2017年度生)

 多くのステークホルダーが関わる複雑な社会課題の解決には、分野の垣根を超えた対話と協働が不可欠である。今回は「地震」をテーマに、大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻の廣野准教授にお話をうかがった。多様な専門性をもつ学生が集まる超域プログラムの特長を活かし、法哲学を専門とする4期生山本と、惑星科学を専門とする4期生金丸が、災害に強い社会のあり方について考える。

金丸:この専攻では地球科学から惑星科学、天文学に至るまで幅広い分野が研究されています。今日は中でも、日常生活との関わりが深い地震について考えていきたいと思います。それではお二人、自己紹介をお願いします。

廣野:私はここ宇宙地球科学科専攻で、地震や防災について研究しています。社会的に問題になっているトピックに対して、超域プログラムの学生たちと異分野の研究者どうしの新しい議論の場を作っていきたいということで今回参加させてもらいます。

山本:私の専門は法哲学あるいは法理学と呼ばれる分野で、法的なものに対して哲学的な思考を行うという分野になります。普段の研究では、法的な因果関係とは何かを科学的な因果関係と比較しながら検討しています。一方で、社会課題への関心として、自然災害のリスクを法的に評価していくにはどうすべきかということに関心があります。

■ 地震のメカニズムと災害のリスク

地震発生のメカニズム
出典:地震調査研究推進本部(https://www.jishin.go.jp/materials/

金丸:地震のリスクというのは、地震学者と法学者はそれぞれどのように評価しているのでしょう。 地震学の観点からはいかがですか。

廣野:ではまず、地震のメカニズムとリスクについて話します。地球の表面はプレートと呼ばれる、厚さ数10kmの岩盤に覆われています。一般的に地震は、プレートとプレートの境界で起きる海溝型地震とプレート内部で起きる内陸型地震に分けられます。発生するメカニズムや時間間隔が異なるので、内閣府の下にある中央防災会議ではそれぞれ別に扱って対策をとっています。

金丸:2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、海溝型地震ですね。

廣野:そうですね。それから、今後対策が必要とされる南海トラフ地震も海溝型地震にあたります。南海トラフ地震が今後30年間で発生する確率は70〜80%だと言われています。地震が起きたときのプレートの動きがスーパーコンピューターを使って計算されていて、場合によっては、30mを超えるような高い津波の発生も予測されているよ。
 では、これから各自治体ではどんな災害対策が必要となるのか。南海トラフ地震が起きると一番高い津波が発生すると想定されている高知県黒潮町では、定期的に高台に避難するという訓練をしてるんだけど、高齢者もスムーズに避難できる方法を考えないといけないよね。一方で、愛知県の渥美半島みたいに、そもそも避難できる高台が少ないところもある。

金丸:土地が低いところには、人工の避難タワーを建てる取り組みもあるようですね。

廣野:津波避難タワーを建てたとしても収容人数には限界があって、そこは自治体が苦慮しているところかなあと。その他には、海沿いの工場などで、船に積まれている救命艇のような乗り物を設置することも考案されているよ。従業員が全員入れて、ぶつかっても壊れず、中に食べ物がおいてあって数日間くらいは耐えしのげるような救命艇だね。自治体の取り組みや派生したビジネスも生まれてきているのを見ると、防災というのはさらに大事な領域になってきていていると感じますね。
 一方でますます問題視されているのは、プレート内部でおきる内陸型地震のリスクだよ。プレートの運動によって力が加わり、ひずみがたまった断層がずれることで発生する地震で、発生確率などの評価が海溝型地震よりも難しい。東京直下でもこうした活断層のリスクを考えないといけない。けれども、数kmにも厚く堆積した地層を深く掘って調査するのは難しくて、地下の構造はわからないことも多いんだ。地下に隠れた活断層というのは、都市生活に潜むリスクと言えるよね。

金丸:大阪の地下にも活断層はありますか?

廣野:はい、大阪で一番有名な活断層は、上町断層です。国土地理院の都市圏活断層図では、上町断層の分布を詳しく見ることができるよ。上町断層の調査が行われるより以前に、大阪の都市は形成されてしまっているので、活断層の真上に小学校といった公共施設が建てられているのは大阪が抱える大きな問題だ。

■ 活断層のリスクをふまえた法律の整備

廣野:まちづくりの問題に対しては科学だけではなくて、法律や条例による規制も必要だね。国レベルで、活断層のリスクをふまえた都市形成について法整備をしないと、地震が発生したときのリスクを最小限に抑えることは難しいかな。
 活断層に関する法律としては、カリフォルニア州の活断層法が非常に有名だね。海岸に沿うように走るサンアンドレアス断層は、100年から150年周期で定期的に動いていて、地震のたびにずれた場所が調べられているよ。カリフォルニア州法では、断層の上には建物を建てることを禁止していて、付近にある建物についても、売買するときに告知義務を定めているけど、日本での活断層対策はどうだろう?

山本:徳島県では、「南海トラフ巨大地震等にかかる震災に通ずる社会作り条例」として整備されていますね。吉野川沿いに中央構造線が分布する徳島県では、活断層の周囲40mが調査区域として設定されています。これはカリフォルニア州法のいわゆる活断層法に比べると、幅は狭く設定されていますね。活断層の周辺にある学校や多数の人が利用する建築物および危険を伴う施設のうち、一定規模以上の施設は特定施設と分類されて、土地の利用に規制がかけられているようです。人が居住するための土地区画等も含めて相当広い規制をかけているカリフォルニア州法に比べると、徳島県の条例による規制は限定的ですね。宅地建物取引業者に対して、調査区域内の宅地を売買する際には、この条例で規定されている内容を説明することが求められていますが、努力義務にとどまっています。カリフォルニア州の断層法では、こうした説明が義務化されています(※1)

金丸:活断層法の成立って、地震学とまちづくりが手を取り合った成果ですよね。日本でこうした議論が活発になったのは最近になってからだと思うんですが、カリフォルニアで活断層法が制定されたのは1972年。議論が盛り上がるきっかけはなんだったんでしょうか?

廣野:サンアンドレアス断層の地震で一番有名なのは、1906年のサンフランシスコ地震ですよね。マグニチュード7.8で、サンフランシスコの町が壊滅的な被害を受けたという認識が、西海岸の住人たちにはあったんだと思う。さらに1971年のサンフェルナンド地震にリマインドされた形で、法整備につながったのかな。

山本:活断層法が制定された経緯は、もう少し詳しく調べる必要がありますが、断層の上に建てた家を買わされるなど、民間でもトラブルが表面化したのかもしれませんね。

金丸:サンアンドレアス断層は、サンフランシスコの都市の真ん中を通っているのですか?

廣野:そう、ど真ん中を通っているよ。サンフランシスコの南、ホリスターと呼ばれるところだと、断層が非常に少しずつ動いていく、クリープという現象が起きているよ。断層の上に建てられた住宅はどんどんずれていくので、ある程度ずれたら補修するというように、断層と共存している地域ですね。クリープが起きている地域では、地殻にかかった力に応じてそのまま地面が動いているから、ひずみがたまりにくく、むしろ地震は起きにくいんだ。断層の状態によってもリスクは大きく変わってくるんだよね。研究者としては、断層の挙動について基礎的な情報を調べて、災害対策や法整備につなげていきたいと思っている。

廣野哲朗准教授

■ 地震のリスク評価の難しさ

金丸:まちづくりの中で断層のリスクを考えていかないといけないわけですが、断層の直上だけ考えれば十分でしょうか?断層の周囲で、地震の波が強め合って大きな揺れを引き起こす「震災の帯」という現象があると聞きました。

廣野:そうだね。例えば、阪神淡路大震災の原因となった六甲淡路断層系という活断層は六甲山の下を通っている。けれども、活断層から数km離れた神戸市内に、被害の大きな地域が集中していたんだよね。これが、震災の帯。断層の周囲で異なる方向から伝わって来た地震波がちょうど強め合う現象だね。

兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で見られた「震災の帯」
出典:地震調査研究推進本部

金丸:震災の帯がどこに現れるかを予測するのは難しいですか?

廣野:それはけっこう難しい。発生する地震動の波長によっても波が強め合う場所は変わってくるからね。大阪の上町断層に関しては、地下の断層の分布も調査されていて、地震発生時の震度や断層がずれる距離などがシミュレーションされているよ。このように科学的な分析は進んでいるけれど、活断層のリスクをふまえた法整備は進んでいないのが現状だね。

山本:現在の日本では、カリフォルニア州の活断層法のように、法律で大々的に災害対策をすることはできていません。一般に法律というのは、国民や行政機関に対して何かしらの規制を加えるなど大きな影響を生むものなので、法律を作るには確固とした根拠が必要になります。ところが、地震のリスクは100%言い切れるものではありません。南海トラフが大きな地震を引き起こすのは明日かもしれないし、あるいは30年後かもしれない。日本列島の地下には目に見えない活断層もたくさんあるでしょう。耐震基準を設定したり、活断層付近の土地利用を制限したりするにしても、どのような試算や予測を法律の根拠とするのかが難しいですよね。災害対策一般については災害対策基本法で、地震に関して言えば大規模地震対策特別措置法で定められてはいますが、実際に現場で行う対策は地方自治体に任せられているのが現状です。

廣野:計算技術が進展して、地震の被害が予測できるようになってきたとはいえ、仮想の情報をもとに法律を作るのはなかなか難しいよね。

超域プログラム履修生、山本展彰

■ 災害に強いまちづくりに向けて

金丸:それでは今後、科学的な知見も活かして、災害に強いまちづくりを行っていくにはどういった取り組みが必要になると思いますか?

廣野:防災意識を高めていくためには、研究者もメディアと協力して、広く社会に情報を伝えていく必要があるし、議員さんにもこういった情報をきちんと伝えて、防災意識の高い人を我々有権者が選んでいくっていうのが今後大事になってくるね。
選挙の時に防災というのは、経済や社会保障に比べて話題になりにくいよね。というのも、議員と研究者が意見交換をするような機会っていうものが今までほとんどなかったんだよね。法整備と科学のギャップを埋める機会が定期的にあれば、議会の中でも防災意識が高まって、法整備にも繋がりやすくなると思う。地震の問題に限らないけれど、立法と科学のつながりを意識的に作っていくことが、合意形成を行うために重要になってくる

山本:地震によって大きな破壊が起こりやすい断層直上については、土地の利用に制限をかけることに対して、住民の理解は比較的得やすいと思います。ただし、一般的な人の考え方として、今後長期間の間に起こるかもしれない地震のリスクよりも、短期的な損得を重視してしまいますよね。例えば、より厳しい建築基準を設定すると、建物の建築や改修に大きなコストを強いることになります。合意形成を難しくしているのはそういう要因もあると思います。
 科学者や法律家、行政官といった専門家と市民との間で、情報共有や対話がより活発になればいいですね。加えて、専門家の中でも異なる考えを持つ人どうしの議論はとても重要です。災害対策や災害が起きた時の事後対応をより良い形で進めていくためのカギになると思います。

廣野:そう考えると、徳島県は活断層についての議論を盛り上げて、よく条例の制定まで持って行けたよね。活断層があるっていう意味では、日本列島ならほとんどどこも同じ条件のはず。すごく熱心な議員さんがいたのか、地権者さんがいたのか、調べてみると非常によいモデルケースになりそうだね。活断層に関する条例が成立するまでのプロセスは、他の自治体にも参考になるんじゃないかな。研究者と議員さんの懇談を開くとか、法律や条例の整備に必要なプロセスが明確になると今後に繋がりそうだね。

山本:津波や土砂災害への対策では、すでに法律レベルで土地の利用規制が導入されている例もあります。その中で活断層への対策は取り残されている気がします。一般的な法整備のプロセスでは、まず国が法律を作って、それに基づいて各自治体が条例を定めますよね。でも中には、公害対策のように自治体が国の基準以上に厳しい規制をかけて、それが最終的に国の基準に反映されていくような事例もあります。活断層についても、それぞれの地域で事情も違うので、条例からスタートしていくというのは一つのあり方ですよね。
 徳島の事例では、住民が活断層のことをよく知っていたこと、横ずれの断層線が比較的明瞭で分かりやすいこと、30年以内に動く確率は低いことなど、特殊な事情が条例の制定に結びついたと分析している人もいます。推測になりますが、東日本大震災を契機とした防災意識の高まりもあって、断層付近の住民が声をあげていったのかなと思います。
 一方で、全ての活断層が認定できるわけではありません。リスクの評価には不定性が残るため、「言い切ってしまうこと」のリスクもあるのかなと思いました。例えば、イタリアのラクイラ地震のように、本震発生前に行政から大きな地震は起きないだろうという「安全宣言」が出たことによって、被害が広がってしまったケースもあります(*2)。行政が安全宣言ありきの会議を開いたり、そのために科学者がうまく使われてしまったりということがありました。多くの人は「地震予知」のように白黒はっきりした情報を求めてしまうのかもしれません。

廣野:でも、地震の場合は白黒つけるようなはっきりとした判断はできないよね。地震の揺れや津波の高さについては、ある想定のもとでの最大値を示しているにすぎない。自治体はその最大値を想定して対策をとっていくけれど、それより大きな地震が来たらやっぱり「想定外」ということになってしまうね。
 また、被害がそれほどないような小さな地震が続くと、オオカミ少年の話のように、だんだんと地震の怖さを信用しなくなるのが人の性だよね。だけど、時々本当に大きな地震がやってくるのが防災の難しいところ。行政側としては、継続的に取り組んで、防災意識を高く保っていく必要があるね。

山本:今回集中的に地震と断層をテーマにした勉強をしてみて、いろいろ頭の中が整理されてきました。自分の問題関心からも色々得るところがありましたので、今後の研究活動で反映させていきたいと思います。

廣野:私自身も対談をする中で、現状の問題点やこれからの課題を洗い出すことができて、非常に有意義でした。

一同:ありがとうございました!

地震災害にまつわる様々な社会問題が浮き彫りになった今回の対談。多くのステークホルダーが関わる社会問題をときほぐしていくには、専門家がそれぞれの役割を果たすだけでなく、互いに情報共有と対話を深める必要がある。今回の対談は、超域プログラムの履修生にとっても、自身が法律や科学の専門家として、他者と対話する貴重な機会となった。

最後に、対談にご協力いただいた廣野先生、本当にありがとうございました。

(*1) カリフォルニア州の活断層法については、以下を参照。中田高「カリフォルニア州の活断層法「アルキスト―プリオロ特別調査地帯法(Alquist-Priolo Speacil Studies Zones Act)」と地震対策」『地学雑誌』99巻3号、東京地学協会、1990年、289-298頁
(*2) ラクイラ地震については以下を参照。大木聖子「ラクイラ地震の有罪判決について」『科学』82巻12号、岩波書店、2012年、1354-1362頁。