歌会2

 では、次に誰を講師とするかであるが、やはり参加者には、最前線で活躍する一流の方に触れていただきたい。そこで、今回は1日目を穂村弘さん、2日目を岡井隆さんにお願いした。この両名は、少し短歌をかじったことのある方なら驚くような方々である。どちらも現代短歌を代表する歌人であり、それでいて作風は全く異なる。穂村弘さんは1990年代から活躍している、口語でポップに、だが鋭い感性で作歌する歌人で、現代で最も人気のある歌人の一人である。現代の歌人で彼の影響を受けていない人はいないであろう(ちなみに、本稿のタイトルである「世界を覆す呪文を求めて」は、穂村弘さんの短歌入門書「短歌という爆弾」からの引用である。短歌入門書の代表的一冊であるため、興味のある方はぜひ)。一方で岡井隆さんは、1950年代に興った前衛短歌運動の旗手の一人であり、現代短歌の礎を築いた歌人である。近代短歌を壊し、現代短歌へと昇華させた人間である。書いてゆけばきりがないが、兎に角、ものすごい講師陣なのである。このワークショップは短歌に触れたことの無い方もターゲットとしていたので、初日は穂村弘さんにお願いし、口語短歌を題材として、初めての方にもなじみやすい解説をしていただくこととした。そして2日目は岡井隆さんを講師として、短歌の変遷を感じていただこうと考えた。

歌会6

 ワークショップの形式は、はじめに講師による短歌の講義、そして次に歌会形式で参加者が作ってきた歌の批評会とした。具体的な内容は参加者のレポートを参照願いたい。参加者には事前課題として各講師から与えられた題で一首詠んでくるようにお願いしていたのだが、いかがだっただろうか。歌の種を探しながら日常を送ると、これまで気にも留めなかった些細な日常の変化や不思議に気がついた人もいるのではないだろうか。そして、それをどのように31文字という制約の中で表現してゆくか試行錯誤したことだろう。世界への感度の変化、些細な表現の違いがもたらす三十一文字の世界の変革を感じていただけたら幸いである。

 本企画がどのようなものであったか、参加者からの目で綴ってもらったレポートを大阪大学外国語学部3年の佐藤祐梨さんにお願いしている。また、数人の超域生にも本ワークショップの感想をお願いした。

歌会ワークショップ 超域生コメント

歌会5

飯田隆人(工学研究科専攻地球総合工学専攻・2014年度生)
人々が感じていることは、思っているよりもバラバラなのかもしれません。 同じ「人」という題詠でも、たった一文字のシンプルな言葉でも、私たちは違う世界を想像しています。 初心者から巨匠まで入り交じった空間で、創造したのはその場の一体感と、人それぞれな情景でした。

石井大翔(工学研究科専攻環境エネルギー工学専攻・2016年度生)
言葉遣いが今と昔では大きく異なる一方で、心動かす些細な変化を表現する短歌の醍醐味は変化していないことに気付いた。実際に綴ってみると思いのほか難しく、感情の変化を言葉として表現する流儀を体得するのは簡単ではないと思った。研究の成果報告でも端的に、適切な言葉を用いて、物事を説明する力が求められる。意識することなく使う日本語を短歌という異なる視点から見つめることで視野が広がった気がする。

小林勇輝(人間科学研究科人間科学専攻・2015年度生)
今回、自分で歌を作ってみたり、人の作品を吟味したりする中で、自分はまだ日本語のことを何も知らなかったのだと感じました。人生のほとんどを日本で過ごし、当然の道具として日本語を使ってきたけれど、今回、それが持っている可能性の広さに初めて気付けた気がします。少し語順を変えてみたり、仮名遣いを古いものにしてみたりというだけで生まれる面白さを今まで見逃してきたことに、少し後悔さえ覚えました。最も身近な芸術である日本語を、受け取る者として、紡ぐ者として、今後もずっと大切にしていきたいと思います。

福尾匠(文学研究科専攻美学専門分野・2015年度生)
ひとはいつ短歌を詠むのか。もちろんひとによって回数は違うだろうけど、「気が向いたときに」と応えることがいちばん適切であるような気がする。今回の歌会を通して学んだのは、そのような歌がやってくる瞬間を、短歌はふるさととしているし、同時にその瞬間を捕まえる技法こそが歌でもあるということだ。僕らが日々のうるさいあれこれの隙間に「世界」と出会うのは、いつもとっても具体的でとっても小さいもの(ページにあたる光のぐあいだとか、涙がクーラーの風で乾いて目もとがスースーするとか)が普段とちがうしかたで訪れることは確実にあるからで、その確実にあるんだという感じは、歌が結晶化しないと流れ去ってしまう。歌は、社会とはべつに世界があるんだという感じへの祈り。

Ng Lay Sion(言語文化研究科専攻言語社会専攻・2014年度生)
今回の短歌は、日本語が難しかったけれども、とても楽しかったです。それぞれ短歌の裏に潜んでいる意味やストーリーを掘り出すことによって日本の独特の文化を味わうことができました。また、たくさんの参加者がいたので様々な創造的なアイディアを聞くことができまし た。大変貴重な学びの時間をいただき、本当にありがとうございました。

歌会4

 参加者の数は当初の想定を大幅に超え、2日間で計100人を超える大きなイベントとなった。最後に、本ワークショップの企画に尽力してくださった全学共通教育推進機構の松行輝昌先生、超域イノベーション博士課程プログラムの事務および広報の方々、参加者レポートへの協力を快諾してくださった外国語学部の佐藤祐梨さん、ワークショップの運営に協力してくださった大阪大学短歌会の皆様、素敵な講義ならびに批評をしてくださった講師の穂村弘さん、岡井隆さん、そして参加者の皆様に深く感謝をいたします。
 本ワークショップにて短歌に興味を持たれた方は、ぜひ、今後も継続していただけると嬉しく思います。

若林正浩

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