Texted BY:大阪大学大学院 国際公共政策研究科 12年度生 橋本 奈保
作成日:2013年8月9日

■はじめに

  この記事では、授業で扱われた2種類の枠組みをもとに、現在取り組んでいる復興の研究について2段階に分け構造的に分析する。まず1段階目では、知識の定義に対するアプローチについて考え、探求の戦略・研究のデザインプロセスの枠組みに落とし込みながら本研究の大枠について分析する。次に、研究の大まかな構造について明らかにした後、2段階目では本研究におけるFINER(FIRMNESS)とは何かを考えてみたいと思う。
  現在取り組んでいるプロジェクトでは、東日本大震災後のコミュニティの復興に関する研究を行っている。本研究では、主に量的研究手法を重点的に用いているが、図1に示したように、質的研究手法も随時補足的に用いており、ミックスアプローチ(Hulley, Cummings, & Browner, 2009)に該当する。
  本研究は、①経済学を根本的な学術的基盤とし、手法の基盤に計量経済学を置いている量的研究と、②主に人類学的視点に基づいて、個々人の意見や経験をインタビューする形の質的研究から成り立っている。これは、筆者の根本的な学術基礎が、心理学および人類学にあるためである。

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■概要

  心理学の中でも社会心理学を専攻し実証研究を行った経験から、客観的事実を明らかにすることはある程度大切であると考えている。現在学んでいる計量経済学も同様で、データを用いた統計分析によって、新たな知識を得ることが研究の重要な部分を占める。こうした客観的なデータから得られた知識は、研究者の主観に左右されにくいと考えられ、こうしたより客観的な知識は、公共政策を考える上で役に立つ。一方で、もう一つの専攻であった人類学を通して、データ上では決して分からない個々人のnarrativeや、文化的・社会的・歴史的・または宗教的discourse(文脈)の重要性を学んだ。これらの様々な視点から物事を見ると、同一の事象に関して異なる事実が見えてくることがある。このようにして見えてきた事実は、量的研究を行う上で「何を測るか」や、「測ったものが意味することは何か」など、operationalizationやinterpretationのプロセスに大きな意味を持つと考えられるため、量的研究と質的研究から得られる知識はいずれも本研究において重要であると考えている。
  以上から、本研究はミックスアプローチを採用しているが、より詳しく構造的に分析するにはまず、量的研究と質的研究の両要素を分けて分析していく必要があるだろう。その上で、これらの要素がどう相互作用しているのかについて後述したいと思う。
  図2では、本研究の量的研究と質的研究の量側面を、3要素(Hulley et al., 2009)に分けて分析している。まず、分析の枠組みとして用いる3要素だが、授業の参考資料をもとに、「知識の定義」、「探求の戦略」、「研究のデザインプロセス」とした。この3要素は、まず知識に対する捉え方、根本にある考え方が基盤となり、そうした知識を探求する手法(戦略)に繋がり、最後に実践的な研究プロセスの中に組み込まれるという流れになっている。そこで、本研究の分析においても、①量的研究と②質的研究についてそれぞれどのような構造になっているのかをまず明らかにした上で、参考文献で提示されていた4つの枠組み(ポスト実証主義、社会的構築主義、アドボカシー/参加型、プラグマティズム)のどれに当てはまるのか検証する。

■①経済学・計量経済学・心理学的側面にあたるポスト実証主義的研究

  経済学・計量経済学・心理学的側面にあたるポスト実証主義的研究の根本には、「効果やアウトカムを決定するのはおそらく原因だろうという、ある種の決定論的な哲学」があるとされる(Hulley et al., 2009, p.7)。本研究も、東日本災害後のコミュニティの復興には、復興を促進または阻害する要因があるはずだという考え方をもとに成り立っている。具体的には、被害規模、就業環境、災害前後の生活水準、将来予測される災害被害などが、被災地における復興(ここでは、人口回復)に影響を与えているという仮説をたてて検証する構造になっている。この知識の定義はポスト実証主義的であるといえるだろう。
  上記のポスト実証主義的な知識の定義に基づいて、探求の戦略は、量的な調査研究のアプローチを採用している。原因となる要因と、その結果のいずれに関してもデータを収集し、理論に基づいた計量モデルに当てはめたものを統計的に解析することで、理論(仮説)を検証する。この計量モデルは、原因となると考えられる要素(変数)を説明変数とし、結果である要素(変数)を被説明変数とした人口移動の数理モデルである。原因に関するデータの具体例としては、各市町村の死者行方不明者数、損壊住家数、浸水面積、失業率、求人数などで、これらの変数が、震災後の各市町村の人口増減率(被説明変数)に統計的に有意な影響を与えているかどうかを検証する。この一連の流れを通して得られる結果からは、どのような要因が人口回復に影響するのかを知ることができる。
以上が、本研究における量的研究の構造となっている。

■②人類学的側面の構造

  次に、②人類学的側面の構造に着目し考えてみたいと思う。人類学的アプローチの根本には、「視点の多様性」に関する信念がある。「個人は自分が生活し働いているその世界を理解しようと」し、それぞれの「経験の持つ主観的な意味 […] を発展させていく」ものであるという考え方は、社会的構築主義の根本であるとされる(Hulley et al., 2009, p.9)。本研究においても、被災者は多様な経験をし、各自の経験や状態などをもとに復興の現状が意味することは異なっているはずだと考えている。また、各市町村にとっても人口回復が表す意味は異なっているだろうし*1、こうした異なる視点・経験に焦点を当てることで、理論や意味のパターンを創り上げ、より根本的な「復興とは何か」、という問いへのアプローチを行う。このように、人類学的側面の知識の定義において本研究は、社会的構築主義のアプローチをとっているといえるだろう。
  このような「社会的に構築された知識の定義」(Hulley et al., 2009, p.9)を前提に置いた上で、本研究では、東北被災地3県および避難先の市町村における聞き取り調査を実施する予定である。インタビューで得られた個人のnarrativeを通して復興を分析する。また同様に、いくつかの被災自治体の政策や取り組みの事例を取り上げる予定にしている。こうした質的アプローチでは、データでは吸い上げることのできない視点、データの表している意味合いについて明らかにできるのではないかと考えている。

■研究デザインの中の2つのアプローチ

  本研究においてこれら2つのアプローチがどのように研究デザインに織り込まれているのかを考えてみたい(図2の右の列を参照)。量的研究の側面では、データを分析することで、各市町村における人口の増減の特徴、また各要因の影響などを考えることができる。こうした本分析の前段階におけるpreliminary analysisを参照し、インタビュー調査の訪問先の決定を行っている(図2)。また、計量モデルを用いた分析結果と、インタビュー調査における結果を比較、検討する。こうすることで、数字の指す意味についてより実情に即した結論を導き出せるだろう。また、本研究は、国際公共政策研究科における研究であることから、研究から実践への流れとして、災害復興や防災に関わる政策提言を視野に入れている。震災直後から様々な政策が実行され、それによる結果も時間の経過とともに表れてきている。本研究は、直接的には政策の実践に関わることはないが、新たな政策の結果を時系列で追っていき、再度データを収集し、分析をするという長期的ではあるが研究と実践のサイクルの一端を担っているといえるだろう。
  以上が、本研究の構造的分析である。

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