Activity Reports超域履修生による、ユニークで挑戦的な活動のレポート。

超×超域人
超×超域人 Vol.3
―社会人経験と大学院と超域―【後編】 ―

2021/3/3

インタビュイー:2017年度生 今村 都(経済学研究科)・2018年度生 藤本 森峰(工学研究科)・2020年度生 齊前 裕一郎(医学系研究科)
インタビュアー・記事編集:2018年度生 岡田 茉弓(言語文化研究科)
記事編集・写真撮影:2019年度生 森川 勇大(人間科学研究科)

 

前編に引き続き、7期生の岡田茉弓が、経済学研究科博士後期課程2年の今村都さん、工学研究科博士後期課程1年の藤本森峰さん、医学系研究科博士前期課程1年の齊前裕一郎さんに社会人経験と大学院、超域についてインタビューをしました!後編は彼らが考える社会人経験がある人が超域へ参加する意義や、社会人経験のメリット・デメリット、そして大学院進学を考える社会人へのアドバイスを大いに語ってもらいました!

社会人経験のある院生としての自負―将来のビジョン

 

超域履修生宣誓式に参加した齊前さん

 

 

岡田 皆さんの将来設計を教えてください。

齊前 まず、大前提として「人っていつ死ぬか分からん」という考えがあります。。だから、自分がおもろいと思うことをやり続けたいなと思います。もう、それに尽きます。それが、僕にとっての幸せかなと思うので。

藤本 私は、確たる信念があって。まず、死ぬ直前、私は、自分の好きなこと、興味のあることを言っているだけでお金がもらえる人間になりたい。これは、荒唐無稽過ぎて絶対に無理だっていうのは分かっているんですけど、そこを目指したい。事実、お年を召されても、人の前に立って話をして、お金をもらっている人はいるわけじゃないですか。そういう存在に私はなりたいんです。その時に大事なことっていうのは、社会にどれだけ味方がいるかだと思います。実はエンジニアは、そこがとても弱い。エンジニアは自分の技術を磨くことに心血を注ぐあまり、社会のいろんなレイヤーにいる人たちとコミュニケーションをとって、味方を作るということを疎かにしがちです。社会の仕組みの中で意思決定をする人たちとも、仲良くしておかないと味方は増えないと考えています。

今村 それは、お金を稼ぐことに対する夢なのか、それとも、味方や仲間を増やしたいっていう夢なのか。どういうイメージなんでしょうか。

藤本 私はエンジニアが話をするだけでお金がもらえるってことは、エンジニアの社会的地位の高さを示している状態だと思うんですよ。例えば、アップルの共同創業者のスティーブ・ウォズニアック。彼は講演のために日本に来るか来ないかを相談するだけで、数千万円のお金を払わなくちゃいけない。来日して1時間話をしてもらうために、さらに数千万円のお金を払わなくちゃいけない。ウォズニアックは、エンジニアなんですよね。エンジニアの彼が話をすることで、エンジニアにはそれだけの価値があるんだっていうことを示してくれたと私は思っています。だとしたら、日本におけるエンジニアの価値を証明するためにも、そういった人が今後たくさん出てこないといけないと思うし、私もそういう人たちの一人になりたいと思う。だから、私自身がお金をもらうことは本来の目的ではなくて、エンジニアというものに対して、社会的に価値があるということを世間に認めさせること、これが私の最も大事なミッションだと思っています。

齊前 エンジニアの社会的な地位を上げるには、その社会の中でエンジニアを取り巻く人たちと関わって味方にしていく必要があるということですね。

藤本 医者や弁護士は収入が高く、社会的地位も高い職業として、誰もが認識していると思います。ただ、それが例えば、看護師とか技術者(エンジニア)になってくるとどうでしょうか。医者や弁護士と同じでみんなの生活を向上させ、人の命を助け、人生のクオリティーを上げている仕事なんですけど、医者や弁護士に比べると、社会的評価は全然高くないと思うんです。そこが変だなって思って、そこを変えていきたいという思いがあります。

社会的地位が低い自身の職業について

岡田 社会における仕事としての重要性は変わらないのに、エンジニアの社会的地位、社会的評価が低い状態を改善したいということですね。

藤本 世間は職業の種別を、大き過ぎる枠組みで捉えているように思います。例えばエンジニアっていう枠組みを見てみると、その括りは非常にざっくりとし過ぎているんですよ。いわゆる「職人」「設計者」「開発者」「研究者」を、全部ひっくるめてエンジニアと言ってしまっています。でも、そうじゃない。工場で手を動かして物を製造している人、製造する物自体を設計している人、基礎理論を研究している人は、みんな違う。だから、ちゃんと違う職業として線引きし、個別に評価するべきだと思うんです。もちろんそれは対立項ではなくて、構造的な区分だと思います。

齊前  看護師も、パブリックイメージが抽象化しています。例えば「看護師は患者の世話をする職業だ」っていうのがパブリックイメージだと思いますし、そういう一面がもちろんあります。ですが医療の現場では、看護師が医師を動かしている場面もあるんです。医師の中には、専門用語をそのまま使ってしまったりして、患者さんに上手く病状説明をすることが不得意な人がいたりします。そういった時、看護師は介入して患者さんが安心できるように丁寧な説明を付け加えたりします。それ以外にも僕らが縁の下の力持ちとして、診療の際に必要な作業を沢山担っています。ただ、パブリックイメージとしては先生の補助役、患者さんの世話役っていうイメージしかないから、社会的地位も低いままなのかなと思います。だから、看護師の業務内容がもっと具体的に世間に伝わったら、結果的に社会的地位も上がるのかな、とか思ったりします。

藤本 「看護師は縁の下の力持ち」って聞いてた時の腹落ち感が凄いです。エンジニアも、社会の縁の下の力持ちなんですよ。例えば事故を未然に防いだところで、全然評価されないんです。むしろ誰も、事故が起こっていない状態の素晴らしさに気づきもしないでしょう?もうその時点で、エンジニアたちの社会的なコミュニケーション能力不足、発信能力不足としか言いようがないんですよ。
事故が起こった時だけ「なんで壊れそうな部品を交換せんかったん?」、「なんで仕組みづくりを強く提案せんかったん?」とか、果てには「壊れないものを作れ」とか言われかねないんですよね。でも、物はいつか壊れるものです。その大前提のもとに、できるだけ長く使えるようにメンテナンスするのも一つの技術だし、いくら伸ばしても寿命は必ず来るから、寿命までに安全性を管理して適切な交換時期を伝えるということも、エンジニアがいて初めて成り立っています。毎日、皆さんが命を預けている乗り物全て、エンジニアが死にものぐるいで作り上げた、安全プラス安心なんですよ。「人の命を預かっている」、「人の命を助けている」、「人の時間を大事にしている」という物をエンジニアたちが作っているのは事実なんです。だけどその事実をうまく伝えられてない、正しく理解してもらえていない。だから私は、エンジニアの社会的なコミュニケーション能力不足っていうのは大きな問題だと思います。縁の下の力持ちであることはすごく大事なんですけど、やっぱりちゃんと正しくアピールできることが大事だと思います。

 

インタビュイーのお二方(左が齊前さん、右が藤本さん)

社会人経験を持って大学院進学することのメリットとデメリット

岡田 社会人経験でつながった人脈や経験が、大学院での研究・学修に役に立ったことはもちろんあると思います。逆に、その経験が邪魔になったことはありますか?

今村 思考の枠だと思います。私は別に、社会人経験が邪魔になるとは思っていません。ただ、社会の中で主体的に幅広く経験を積んできたということは、同時に社会の規範に縛られた考え方を身に付けざるを得なかったということでもあります。だから、学部の時に持っていた自由な発想っていうのは、就職の際にいったん、脇に置いてしまったように思うんです。大学に戻って来た今も、自由な発想にどれぐらい価値があるのかを問い直したくなってしまうことはあります。ただ、その葛藤を乗り越えると、仕事で得た経験が役に立つ場面も多々あることに気づきました。藤本さんや齊前さんの研究のリサーチクエスチョンも、これまでの仕事での経験から得た物ですよね。研究を始める前に、研究課題に対して主体的に関わった経験を持っていることで、逆により自由な発想力を手に入れることが出来るんじゃないかと思っています。先行研究で言及されている内容に対して、自分が既に独自の発想・意見を持っているかもしれないじゃないですか。なので、研究課題の分野で社会人経験を持っていることで、自分の経験をヒントに新しい仮説を立て、研究を進展させることができるっていうふうに私は思っています。

 

インタビュアーとインタビュイーの方(左が岡田、右が今村さん)

 

 

齊前 僕も今村さんと、本当に全く同意見で、社会人経験のデメリットは、やっぱり思考が凝り固まってしまうことですよね。だから、こんな研究テーマ、常識で考えて絶対無理!ってなってしまうんですよね。実際にその課題が存在する仕組みを知って、その状態を体験しているから。でも思考の枠組みにとらわれてしまう以外は、メリットしかないと思います。やっぱり、現場を知っているからこそ問題の根幹を正しく理解できている面がありますし、それがリサーチクエスチョンにもつながりやすい。あとは、課題解決に対する熱量が、やっぱり普通より大きいんじゃないでしょうか。現場における何かしらの問題に自分自身が直面した、そしてそれを本当に解決しないといけないという、実体験からくる切実な思いで研究に取り組んでいると思います。

 

藤本 じゃあ、私は、デメリットの話を。社会人の仕事の現場では、インプットではなくアウトプットの方が評価されるじゃないですか。金銭的価値が評価されたうえで、なおかつ、プラスアルファの価値提供があってこそだろうっていう価値観が染み付いています。ですので、アウトプットをしても評価されないことは多々あるでしょうが、アウトプットを出すこと自体に価値があると思っています。社会的なアウトプットをしていないっていうことは、そもそも、評価されるところにも上がっていないっていうのが私の中の潜在的な発想です。アウトプットに対しても、そこに社会的価値が存在するのかどうかを考えてしまいます。だから、アウトプットを何もしてない人たちをちょっと見下してしまいがちです。
ストレートに高校、大学、大学院と進んできた学生には、極度に失敗を恐れ、異様なぐらい100点満点を目指す子が多いように感じます。私が面倒見ている後輩も、「ある程度まともな状態にしてから出したい」と言って、中々アウトプットを出さないんですよ。その時、私は語気強めに、「あなたの言っているまともな状態っていうのが、社会一般でいうところのまともだと勘違いしていませんか?あなたがまともな状態だと思うレベルのものは、恐らく、社会一般的には非常にレベルの高いものです」と言います。だって、基準が高い人たちが集まっているんですから。続けて、「レベルは高いけど内容が明後日の方向を向いている物を出すよりも、レベルが低くてもいいから、これから先、どうにでも成長できるものをどんどん出して、周りの意見を沢山もらって修正していくほうがいい」と言っています。ただ、既存の研究指導のフレームワークを壊しかねないことになるんで、大学内で反発をくらうっていう意味ではデメリットだと思うので、ソフトな表現を心掛けています。

社会人経験と超域での学び

岡田 社会人経験がある皆さんが超域で学んでいる感想を教えてください。

 

今村 社会人経験がある自分が下手に意見を表明してしまうと、他の学生に遠慮されてしまってグループワークが盛り上がらないんじゃないかと心配になることがあります。でも、もしかしたら私が勝手に心配しているだけで、本当に私の意見に賛同しているかもしれない。その辺藤本さんや齊前さんはどう思われますか?

 

藤本 大学院で学ぶ中で、私の年齢を知った途端に敬語になる人がいるんですよ。多分、社会人経験のある大学院生のあるあるだと思います。こちらの経歴や年齢を知ったとたんに言葉遣いを変えられるのは凄く嫌な気分になるんですけど、超域ではそれがなくて。逆にこっちが、この人はもしかして社会人経験あるのかな、みたいに思ってしまうぐらい、自己が確立しているメンバーが沢山います。また、そこそこ個性的だと自負している(?)私が没個性的に感じられるぐらい、超域には「とんがった人」がたくさん集まっていて、学びの機会がすごく多いなって思います。なので、グループワークをしていて、心地よい埋没感みたいなのは感じていますね。

 

齊前 超域には、僕がずっといた医療系以外の分野の人が沢山いるので、何を見てもすごいな、面白いなと思うことだらけです。与えられた課題に対し、例えば哲学系の人はこんなふうに抽象的に捉えて表現するんだとか、理工系の人はこういうシステマチックな説明の仕方をするんだとか。超域に来たことで、いろんな分野のいろんな考えに触れることが出来ている現状は、自分にとってはプラスでしかないと思います。ただ、自分自身がその状況にまだ慣れていなくて、自分の意見や考え方といった、自分らしさが出せてないです僕は社会人経験を経て、いろんな人に出会って、自分を変えてきた。そんな「僕らしさ」は、どこにあるんだろうと思ったりもします。でも、超域という新しい環境に入って、これから自分の中でいろんなもの変わっていくのが楽しみです。だからシンプルに、同期の履修生ともっとしゃべりたいと思います。

 

藤本 超域って、そんなに、社会人経験が力を発揮するものではないですよ。ただのプロパティーの一つでしかない。

 

今村 確かに私も、自分がグループにどれだけ寄与できるかを考えて、社会人経験をもっと活用したほうがいいんじゃないか、などと最初は思っていました。でも、私の同期は留学生が多かったので、働いていた経験があるかどうかの違いよりも、今は文化の違いの方が際立っている感じですね。社会人経験があったり、日本語ネイティブであるということで主張が通りやすくなってしまうところはあるのですが、他の同期の話もよく聞くようにしています。

 

岡田 履修開始時点で留学生が半数ぐらいいて、修士課程で卒業した同期の方々もいらっしゃって、今では逆に日本人はマイノリティーじゃないですか。難しいポジションですよね。

 

今村 そうなんです、今の6期生は、留学生の2人と私の3人だけなので。なので、私は2人が留学生としての視点や、自分の専門分野からの知見を生かした意見が出せるような環境になるように、グループワークの際は心掛けています。

 

 

イノベーション総合で活動中の今村さん(手前)

 

 

藤本 私は逆に、自分の社会人経験を意識しないようにしていました。私の場合は、基本的には「ものづくりが好きなだけのおっさん」みたいな役割でいましたね。そうやって話をしていると、ものづくりに関すること以外は、あいつの言うことは話半分に聞いとこう、みたいになるんですよ。そういうキャラクターをちゃんと作ろうって思っています。そうすることで、私の年齢や経験を知って周りが感じる壁を、少しでも低くできるんじゃないかと。

大学院進学を考える社会人へのアドバイス

岡田 最後に、大学院進学を考えるているが悩んでいるという社会人の方々にアドバイスをお願いします!

 

齊前 実際に、そんな子は看護師の中にも沢山いるんですよ。まず僕は、「10年後、20年後、30年後のことを考えて、そのまま看護師を続けていたとしたら自分はどう思うかを考えなさい」と伝えます。もちろん看護師っていう仕事自体が好きで取り組んでいるとは思うんですけど、やっぱり人生ベースで考えて、本当に自分が満足できるかっていうのを、まず、考えたほうがいいと思います。もし、仕事を始めてから「大学・大学院に行きたい」と思ったのであれば、それってもう純粋に「大学・大学院に行きたい」と自分の心が希望しているんですよ。それは、悩みではないよと。「安定を捨てるのが怖いだけやで」っていう話はしますね。なおかつ、「例えば今回受験に落ちたとしても、何回でも挑戦できるわけやし、失敗とかないし、とりあえずやろうぜ」っていうアドバイスを、悩んでいた後輩に伝えましたね。

 

今村 私も、自分のやりたいことをやればいい、と伝えたいです。ただ問題は、自分のやりたいことって分からなくなったりするじゃないですか。それこそ、安定が欲しいとか、そういうことに囚われて。なので、もしこれから就職する人が悩んでいたとしたら「私はこのまま就職したら、進学した人に自分は嫉妬しないかな」とか、逆に「もし、このまま進学したら、一般企業に勤めたことがないことに対して自分が後悔ない人生が送れるかどうか」とか、いろんな角度で自分に質問してみるっていうのが、自分の本心を掘り出す上では有効な手段だと思います。

 

藤本 私は社会人からの進学相談には、「進学したいと思ったら進学したらええと思うで、だって、受け入れ口は形式上あるんやし」って言っています。それは、日本で社会人が学校へ行こうと思ったら、基本的には反対されるもんだというステレオタイプがあるからです。だから、1人ぐらい「絶対進学したほうがええ、みたいなことを言うやつがいてもいいやろ」っていうスタンスで言っています。