Activity Reports超域履修生による、ユニークで挑戦的な活動のレポート。

授業レポート | 社会課題を解決する授業


超域理工学・工学II: ものづくり基礎学 基礎を単なる土台と侮ること無かれ〜「もの」の向こうに広がる世界〜

2020/8/27

授業担当教員:平田好則(国際共創大学院学位プログラム推進機構)

Text:藤本森峰(工学研究科)

■わたしにとっての「ものづくり」

私は工学研究科に所属しており形としては研究者の卵であるものの,自身は専らものづくりのエンジニアであると自負している.ライフワークはものづくりによる大なり小なりの課題解決.「ディスプレイを置く場所がない」のような日常の些細な困りごと(ディスプレイ置きすぎ)から,「集団の真ん中に置いて周囲に等しく聞こえる適当なスピーカ」のように今後世界が求める(ほんとうか?)であろうものまで,日々ものづくりに励んでいる(研究は・・・?).そんな私がひょんなことから受講した,超域理工学・工学IIは,副題に「ものづくり基礎学」とある.あまりに自然にものづくりに触れ合っていると疎かになりがちな,その「基礎」に触れられるまたとない好機である.

■「ものづくり」は超域的

金属同士の接合は,シンプルで奥深く,歴史も長いものづくりの基本だ.特に溶接は大阪大学工学部において,非常に大きな実績を持つ分野であると聞いている.それはつまるところ,船舶や自動車などの輸送機器を製造するに際して必要不可欠な技術であり,そこに高度な技術が求められていることの表れであると考える.異なる部品同士を結合する技術は,ものを加工して製品に仕上げることの多い日本の産業においては必須の加工でもあり,大学にその技術に関する知見が求められることも理解できる.

近年開発された摩擦攪拌接合は,その動画を見ていると感動する.是非youtubeなどで検索して見ていただきたい.フェルト工作などで不連続繊維同士を針で突っついてくっつけるのに似ている気がしてなんとなく理解はできるが,これで接合できるのがなんとも不思議でならない.綺麗に接合されている動画は無限に見ていられる.

レーザー溶接も関わる分野の多さから興味深い.レーザーの発振原理は以前日本原子力研究開発機構(JAEA)のインターンに参加した際にも話を聞く事があり,完全に理解はできなかったなりに,すごいことを考える人がいるものだと感心した記憶がある.増幅されたエネルギーを金属の切断,接合に応用できる点についても,理論と実学の融合を示しており,当時は実際に煉瓦や石やコンクリートを切ったり溶かしたりと非常に興味深かった.熱量を与える面積を極小化することで,より深く,強く接合できるという点で,光学的に扱い易いレーザーが重用されている事も理解できた.また,複雑な面でも非接触で溶接可能なリモート溶接を実際に行なっている様子は,恐らく直接目にしたとしても,何も触れていないところで高熱が生じているだけにしか見えず,まるで魔法のように感じるに違いない.

レーザー接合の開発が当初,どのような目的で始められたかは知らないが,光学,制御,材料,それぞれに関する知見の集合体であり,だからこそ多分野にまたがる知見によって生み出されたイノベーションであるとも考えられる.このように,生産プロセスの改善,革新は多様な分野に広がった科学的知見の集合体であり,単一分野のみで構成されるものは少なくなってきているのではないだろうか.今後は更に多くの分野,特に情報や数学,統計,計算機などの分野も機械学習などの用途で重用されつつあり,更なる広範囲の知見が求められる.まさに超域的分野である.そのようなものづくりの現場を見学するだけでもその一端が垣間見られるので,工場見学と座学を同時並行的に行う事は,実感を持って学ぶことにつながると感じた.

■工場見学

本講義のメインディッシュと言っても過言ではない.工業高専出身の私はほぼ毎年行っていたので馴染みのあるものだが,文系学生も多く所属する超域では,また新たな意義が見出せるものになっていると考える.学んだ知見や専門の立場,それぞれの見方ができる実際の場に出ることは大変に意義のあることである.

◆三菱電機伊丹製作所

三菱電機の尼崎にある工場で,非常に広大な敷地面積があり,訪れた最初はどこからどこまでが工場で,どこから工場外なのか分からなかった.それほど膨大な敷地面積と周辺地域への存在感を持つ,それ自体が一つの町のような事業所である.以前見学したことのある三菱電機姫路製作所は,伊丹製作所よりも圧倒的に狭い敷地をいかに活用するかを苦労されたのか,高度にネットワーク化された多層階にまたがるラインの管理,いわゆるIndustory4.0などと言われる類のシステムの導入をアピールされており,小規模PLC(Programmable Logic Controller)やスタータなどの比較的小型の機器を作られていた.しかし尼崎の広大な土地は一部工事中でありながらも,通路の幅は大きく,出荷か次工程待ちの部材が路上に置いてあっても狭さを感じない.この置き方一つとっても,生産プロセスの改善を担う技術センターとの緊密な連携によって効率化されていることを考えると,製造業にはできるだけ広い土地を用意することが望ましいのではないかと思ってしまう.特に,製品を研究から製造まで,多くのプロセスについて常に研究,改善を行う技術センター,研究所が同じ敷地内にあるということは,非常に有効に働いているのではないかと考える.もちろん,紹介VTRにあったように,各スタッフはいつでも全国全世界の事業所に飛んで,現地との緊密な連携を絶やさないようにしているが,やはり常に隣近所にいる,という親近感は提案プロセスの実装などでも良い方向に働くのではないかと推測する.

実際に伊丹製作所内で制作されている鉄道用のモータ製造プロセスの一部を見学させていただいたが,見ている中でも大型のステータが続々と組み立てられていき,約30台/日という生産ペースと製品の大きさも相まって,非常にスピーディなラインであると感じた.生産されていたモータは,見た感じでは4~6種類ほどあったように感じたが,もちろん仕向け地や要求仕様などによって求められる性能は異なるし,鉄道の電動機などは数万台規模で一度に必要になるようなものでもないと考えられるので,多品種小ロットになるのは仕方のない事であると考える.それでも,標準化やある程度のラインナップを持っておられるということで,顧客の要求に応じて素早く効率的に設計,製造を進めるプロセスを作っておられるということが感じられた.

◆日立造船堺工場

堺の港に面したドックを持つ,かつては船そのものを作っていた工場であり,随所にその当時の面影を残していた.現在シールドマシン(トンネルを掘る重機)や水門など,日常のインフラや安全に関する設備の製造に大型船舶を建造するための設備を転用しており,物づくりの基礎技術の汎用性の高さが窺える.船を作らないということは,もうドックに水を入れることはないのかと思っていたが,水門を移送するに際して水門を吊るためのフレームを浮かせ船で引くために水を入れるということなので,ドックの特徴も活用されている事が理解できた.もちろん,造船という社名でありながら,船の完成品を作っていない事は驚く点であるが,再編が著しい業界の性であろう.

シールドマシンがトンネルを掘削するメカニズムはある程度理解していたが,以前,東京の地下トンネルに着目した番組で見た知識と,展示会などで確認したその掘削システムの機構から理解したものでしか無く,今回初めて内部も含めて実物を自分の目で見ることができた.私自身,大きくて強い機械にはロマンを感じる工学人間であると自認しているが,14m級シールドマシンが加工,組み立てされていく様を間近に見学できたことは初めてで大変感動した.その内部構造,設計,設備など,全てが大型機械のためのものであり,小型のものしか扱ってこなかった私としては,非常に勉強になった.トンネルを完成させた後,シールドマシンはトンネルの終端でその役目を終え,地下に捨て置かれる.つまり,無数に地下トンネルがある場所には無数のシールドマシンが眠っているということであり,様々な工夫と知恵が込められた大型の装置が,人知れず役目を終えて封印されている姿を想像すると,こみ上げてくるものがある.

水門の中でも小型なフラップゲート(水位の上昇に伴って立ち上がり,防水壁としての機能を発揮する製品)のデモで感心した点は,浸水を防ぐ設備側の見学コース入り口が最大水位以下であり,もしゲートが動作しなかったら施設内が確実に水浸しになる点である.如何にフラップゲートの性能が安定的で信頼性の高いものかを示しているものと考える.逆に,見ていて危なっかしかったものの,しっかりその性能を発揮していた地下道などへの入口部に設置するためのモデルについて,管轄の違いや目視確認の意義から導入がされていない点は非常にもったいないものだと感じた.すでにある程度安全が確保されている日本では無く,これから地下鉄が整備されるような新興国に,駅舎のパッケージとして販売する事が効果的なのではないかと感じた.

 

 

 


 

写真1  日立造船フラップゲート(手前の板が立ち上がって水を防ぐ)

 

 

 

 

写真2 放水の様子

 

 

 

 

 

写真3 満水

 

 

 

 

写真4 地下入口用モデルの動作

 

 

 

 

写真5 フラップゲートの動作原理は単純で,板自体の浮力にこの錘を加えてゲートを上昇させる

 

 

 

 

写真6 ぎりぎりの水位にも耐える

◆川崎重工明石工場

本講義で見学した工場の中では個人的に本丸であると考えている.鉄道,宇宙,航空,発電,FA,そして自動二輪と,恐らく私が好きな物の多くを開発,生産している企業の工場である.熱くならざるを得ない.更に驚いたのは,地元の学校である明石高専の学生が展示スペースの製作をしていたという点である.高専は産業界との密接な関わりとともに歩んできた高等教育機関であり,如何に地元企業,地域社会に重用されているかを示す好例に,図らずも出会えた形である.また,大きな工場でありながら,目の前に結構新しいマンションが立っていた事も驚きであった.やはり社員の入居率は高いのだろうか,などと想像してしまう.高層階に住めば,工場内のテストコースで走る試作車両も見えるのではないか,などの妄想も捗ってしまう.

しばらくは個人的興味が先走り,製品名が続く内容となってしまうことをお断りしておくが,まずはバイクの組立工程.一般消費者的にはカワサキといえばNinjaかな,と誰もが最初に考えるであろう.それくらいに,川崎重工と言えばバイクを製造している印象が世間的にも強いのではないだろうか.実際に見学させて頂いたラインでも,現在のフラッグシップモデルとも言えるNinja H2シリーズが続々とラインアウトしていた.また,主に海外需要の高そうなVULCANやVERSYSも多く生産されている様子で,伊達に海外向けが9割と言うだけのことはあった.また,組立前の部品状態でたくさん並んでいる姿は壮観で,これから組み立てるぞ,という意志がその並びに表現されているようでもあった.効率的な組み立てのため,からくりの活用や動線の確保を徹底しており,あれだけの規模の部品群を人の手もふんだんに使って組立てた製品でありながら,小型であれば数十万円程度の価格を実現しており,自動二輪業界全体としての効率化の努力を窺い知ることができたと考える.完全に個人的好みであるが,私自身御多分に洩れず最初はNinjaが好きであったが,後にKLXなどトライアル車両に代表されるオフロード車のスタイリングに魅力を感じたクチである.今回の見学ではあまり触れられておらず,それどころか生産もあまりされていなかったので少し寂しい.

産業用ロボットといえば川崎ユニメート,と言われるくらいに日本の市場では第一人者として名を馳せた製品である.大型700kg級から数kg級の小型まで,多様なラインナップと顧客に合わせた膨大な数のオプションで,常に業界の先端をいく,という印象が強い分野である.また,FA機器ということで,バイクと異なりガソリン臭やエンジン音が無いためかラインが落ち着いているように感じた.例えるなら半導体製品ほどのクリーンさはないものの,家電製品に近い雰囲気であった.

最後の展示ではジェットエンジンのタービンブレードを間近で観察することができたが,以前参加した学会では宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究発表でも取り上げられていた部品のため,縁の部分の構造など興味深く観察することができた.

 

 

 

 

写真7 川重ジェットエンジンの銘板
 

 

 

 

写真8 ジェットエンジンタービン側から.手前は海外用カート,さらに手前で見切れているのはバイク

 

 

 

 

写真9 バイク(手前と左奥)とタービンカットモデル(右奥)

■講義を終えて

ものづくりが好きで,工場見学も好きな私にとっては,オアシスのような講義であった.事実,傍目に見ても分かるくらい体調不良であったとしても,切削油の香りが漂い,アーク溶接の火花が飛び散り,加工音が響き渡る工場内を歩いているうちに,みるみる元気になることができた.もちろん,座り作業と徹夜が多いことが体調不良を呼び,歩くことで血流がよくなり体調が回復した,というのが実態かもしれないが,五感に訴える工場の雰囲気が精神的に良い影響を及ぼしたことは間違いない(特殊体質).

見学内での質問事項などは,質問する学生の専門の違いが表れ,それぞれの視点での気付きがある程度学生内で共有することができる.人によって現実の事象に対する見方が異なる,ということを体験できるという意味では,非常に貴重な講義であった.受講する予定の学生には,ぜひ目の前のプリミティブなものの背景にある,多様な見方や専門に気付き,触れる機会としていただきたい.

Related Posts