Activity Reports超域履修生による、ユニークで挑戦的な活動のレポート。

授業レポート | 社会課題を解決する授業


リサーチデザイン「学際的な「場」を生かし、己の「領域」を知る」

2016/4/14

担当教員: 平井 啓祖父江友孝(大阪大学医学系研究科)
Text: 標葉靖子

■そもそも何を「超える」のか?

本授業は、「リサーチデザイン」をキーワードに、履修生がそれぞれ己の研究や領域そのものを構造的に見つめ直すことを目的とした授業です。

問題が高度に複雑化し専門も細分化されている現在、多種多様な専門性や知を持つステークホルダーが様々な境域を超えて共創・協働していくことが重要であると言われています。では様々な専門分野の「境域を超える」といった際、どこにどのような境域があるのか、そして自分はどこにいるのか、私たち博士人材は本当に理解できていると言えるでしょうか。

専門知識や研究技法そのものは、各部局それぞれでの専門教育や研究活動を通して深く学んでいくことができます。しかしながら、異分野での共創・協働のための訓練、特にメタ的な視点から自身の研究や領域を捉えて位置付けていくためには、普段意識していない、あるいは重要視していないような観点で自らを問い直さなければならず、ディシプリンに特化した専門教育の中だけで行うことは容易ではありません。本講義はそうした問題意識を出発点に、「学際的な『場』である超域プログラムだからこそできる授業を」という想いから企画・設計されました。

全5回(90分× 5回)で構成される本講義は、基本的には、トゥールミン・モデルやメタ科学的議論に関する講義・ディスカッション、また一例として、医学・生物学実験系研究における「研究の質を規定するもの」「妥当性要求水準やその方向性」や「アカデミック/幅広いインパクト」の考え方を紹介するインプットパート(前半3回)と、それを受けて履修生が自身の研究領域について互いに説明しあうアウトプットパート(後半2回)とに分かれています。(本講義のシラバスは、大阪大学学務情報システムシラバス公開で確認することができます。)

本稿では、このうち後半のアウトプットパートについて紹介したいと思います。

■なぜそれが「良い論文」なのか?

履修生に「自分の研究領域」について説明してもらうにあたり、必ず振り返って欲しかったことは、その研究領域が大切にしている価値観や評価軸、どのように問いが立てられ、それに対してどのような方法でそれに答えようとするのか、研究の成果はどのような形で公表され、そしてどのようにアカデミック内外で評価されていくのか、といったメタ的な視点です。どのような課題を設定すれば、表面的な研究紹介ではなく、そうした構造的な視点からのプレゼンテーションをしてもらえるだろうか。そこで考えたのが、履修生それぞれが良いと思っている論文を一つ選び、「なぜそれが『良い論文』なのか?」をメタ的に説明する、という課題でした。

論文の良さを適切に判断できるということは、言い換えれば、その領域の論文の査読ができるということです。当該領域の訓練を受けず、また背景を共有しない人間にとって、単に論文の内容だけを聞いても、それがなぜ『良い研究』なのかを理解することは困難です。つまり「なぜ良いと言えるのか?」を分野外の人間に分かりやすく説明しようとすれば、自ずとその前提にある「領域の文化」を説明しなければならないことになります。

自分たちにとって当たり前だが他の分野の人は想像もしないような観点、またその逆の観点も当然含まれてきます。その違いを強調させるために、医学研究の分野でよく使用されている良いリサーチクエスチョンを立てるためのフレーム(FINER: Feasible, Interesting, Novel, Ethical, and Relevance)を使った解説も試みてもらうことにしました。敢えて特定のフレームを使うことによって、分野によって当てはめやすい、あるいは当てはめにくい部分がより顕著となります。なぜ当てはめにくいのかを自問することが、自身の研究領域の特性を言語化しようとするきっかけになるのではないかという期待もありました。

(なおFINERは科研費の申請書での記載項目ともよく対応しているため、多くの研究者にとって「考える意味がない」ものでは決してないということは補足しておきます。)

具体的に履修生に提示した課題は以下の通りです。

「えー!こんな短い時間で説明するなんて無理!!」。
おっしゃる通り。十分に説明するには到底時間が足りません。何を残し、何を削るのか。プレゼンにも戦略が必要となってきます。

“If you can’t explain it simply, you don’t understand it well enough.”
by Albert Einstein

果たして結果は…

教員の想定を超え、多くの履修生がこの無茶ぶりに対してとても興味深いプレゼン・質疑応答で応えてくれました。私自身がしっかりと理解できる分野に限って言えば、その分野の専門家としては明らかに知識や認識が不十分な点もありました。おそらく私自身が理解できない分野の履修生にも同じことは言えるのだろうと思います。しかしながら、本講義を受講している履修生はまだ博士前期課程1, 2年生(修士課程1, 2年生相当)であり、彼らの学年を考えればそれは当然のことです。むしろ私が驚かされたのは、彼らが「研究をメタ的に捉えようとする」という行為を、異なる分野との比較を織り交ぜながら見事にやってのけてくれたことでした。具体的な発表内容については今回言及しませんが、受講した学生による授業レポートがチョウイキジジョウに掲載されていますので是非ご覧ください(「研究」を再検討し、分野横断的な対話につなげる― リサーチデザイン:授業レポート)。彼らが異分野との比較の中で自らの研究領域をメタ的に振り返り、自身の研究への理解を深めていく様子を少しは感じとっていただけるのではないでしょうか。

異なる専門の履修生とチームになって「学際研究」をその場で考えてもらおうというもので、非常にタイトな時間ながら、こちらが指定した6項目(上図左下)に沿ってアイデア出しを行い、まとめたものを「研究ビジョン」として発表するという流れで行いました。また研究ビジョンを提案する際には、上の6項目に加えて、研究に必要な期間(年単位)、金額(人件費・人件費以外)、場所も合わせて提示してもらうこととしました。

学生「この研究はほとんどお金はかかりません。」
教員「本当に? 〇〇について詳しくて、△△を評価できる人をタダで雇うの?? 」

これは少し極端な例ですが、このように研究を支える社会・経済的な基盤について問いかけられることも、このワークショップの特徴の一つです。2015年度から試行した本ワークショップ。来年度以降も継続できるかは未定ですが、超域プログラムだからこその学際的な「場」を生かした本授業の新たな軸になればと思っています。

■超域生への期待

最後に、本授業は決してプレゼンテーションスキルを教える授業でもなければ、即興で面白い研究アイデアを提案することを目的とした授業でもないということを忘れずに強調しておきたいと思います。繰り返しになりますが、本授業の最大の狙いは、あくまでも「学際的な「場」でのコミュニケーションを介して履修生それぞれが己の研究や領域そのものをメタ的に見つめ直し、己の研究への理解を多角的に深めていくこと」です。

まだまだ発展途上にある本授業ですが、これまでの3年間を振り返り、少しはその目的が果たせたところもあったのではないかと感じています。と同時に、本授業は、様々な分野から「超えよう!」と集まってきている超域生だからこそできた、まさに超域生に支えられている授業です。

「研究ビジョン作成ワークショプ」は、イギリス王立協会の “Pathway to Research Impact” をベースに2014年から総合研究大学院大学の自然科学系の大学院生を対象に実施されているワークショップです。今回、自然科学系のみならず、人文・社会科学を含む多様な分野から集まっている超域生向けに実施するにあたって、利用するフレームに若干のアレンジを加えました。以下はそのワークショップの概要です。

専門研究の世界に足を踏み入れたばかりの超域生。これからも専門での教育や研究活動を通して、専門性をさらに深めていかなければなりません。専門を深めるあまり、その過程の中で視野狭窄に陥り、異なる領域を無意識にバカにしてしまっていたり、あるいは逆に自身の研究、学問分野を認められずに苦しんだりすることがあるかもしれません。そうした際にふと己を省みて、それぞれの意義や価値を広い文脈で捉え表現できるようになることは、これからの「共創」の時代を生きる博士人材にとって大切な素養の一つと言えるのではないでしょうか。履修生にとって、本授業がそうした素養を涵養する一つのきっかけとなれば、担当教員としてそれ以上の喜びはありません。

Related Posts