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授業レポート | 社会課題を解決する授業


フューチャー・デザイン:将来世代を考慮する意思決定の方法

2020/8/17

授業担当教員:原圭史郎(工学研究科)、倉敷哲生(工学研究科)、渕上ゆかり(国際共創大学院学位プログラム推進機構)

Text:鈴木寛太郎(工学研究科)

■ 将来世代になりきる

気候変動や資源エネルギー問題,政府債務問題やインフラ維持管理などの持続可能性に関わる諸課題は世代を超えて在り続けています.これらの諸問題は現状の不利益を払拭するだけでも多大な労力と時間が必要であり,最悪の場合は不可逆なものもあります。我々が現在直面している問題の多くには,過去の世代が意思決定の際に我々将来世代への影響を考慮できていなかったことが理由の一つとして挙げられます.このような現状を踏まえ,我々の世代が行った意思決定による影響で将来世代が不利益を被るようなことは避けなければなりません.我々は現存する諸課題から過去世代の過ちを顧み,将来世代への影響を十分に想定したうえで意思決定を行うことが必要です.

本講義では将来世代への影響を反映させる手段として,私たち自身が仮想将来世代になりきるロールプレイングを行います.意思決定の場にまるで将来世代も参加しているかのような状況を作り出すことで,強制的に将来世代の利益についても議論せざるを得なくするのです.その準備として,仮想将来世代になりきるために,将来の社会形態がどのように変化しているかをグループワークを通して想定していきます.そして,想定された社会の中で将来世代が持つであろう思考を生み出していきます.このように,自身が仮想将来世代を体験することで持続可能性の必要性を実感し、将来世代につながる持続可能な社会を構築するための様々な社会の仕組みを検討する講義です.

■ “We do not inherit the earth from our ancestors, we borrow it from our children”

「地球は祖先から受け継いだものではなく,私たちの子供から借りている物である」というネイティブアメリカンの言葉があります.まさしくフューチャー・デザインの考え方を表現している言葉でしょう.私はフューチャー・デザインという言葉を本講義を受けるまでは知りませんでした.そして,この考え方がネイティブアメリカンの諺にあるように,実は古くから存在しているものだという点に驚きを覚えました.一方で,フューチャー・デザインという考え方は,現状世界中に十分に浸透している概念とは言い難く,将来世代が抱える問題への意識が十分ではないことも事実でしょう.

本講義では,大きく分けて前半をフューチャー・デザインの概念を学ぶ講義,後半を実際の生産活動に携わっている企業の方々と合同で行う将来の食糧事情をテーマにした意思決定プロセスの実践となっていました.前半でフューチャー・デザインの大切さを認識し,自身の専攻する海洋の分野でも必要な概念だと強く共感した一方で,後半の実践に対して難易度の高さも感じました.というのも,将来世代になりきるというのは想像以上に難しいことだったのです.仮想将来世代が実際の将来世代と大きく乖離していたらどうでしょうか。意思決定の際に仮想将来世代の意見を取り入れて対策を講じたとしても,実際の将来世代が被る問題の解決策としては無意味になってしまうかもしれません.そのため,仮想将来世代をできるだけ正確に想定しておくことが重要です.

そこで,仮想将来世代に現実性を持たせるための準備として,過去から現在の社会的なイベントや変革を参考に,将来の社会環境の変化を仮定していきました.もちろん,将来の社会環境を考えることも決して簡単なことではありません.人口の推移やテクノロジーの発展の歴史を参考に段階を追って検討すればよいので,いきなり将来世代を想像するよりは易しいことかもしれません.しかし,このプロセスに取り組んだ自身の例を挙げますと,自由な発想で行うとリアリティを欠いた夢物語になるし,リアリティを追求すると思考の幅が狭まってしまい,結果として発想自体が委縮してしまう状態に陥ってしまいました.同時にフューチャー・デザインの考え方に則って意思決定を行うためには,想像力や発想力を豊かにする訓練が必要であるという感触を受けました.将来世代を考慮した意思決定の重要性は,現代社会が抱える問題を見れば非常に高いことは一目瞭然です.しかし,意思決定の際に将来世代に対して有効な,精度の良い考慮がなされるためには,多様かつ比較的リアリティを持った発想が必要になるでしょう.私はこの能力を鍛えておくことが,社会変革に比較的直結する工学の研究者にとって重要だという気付きを得ました.

■ 企業との実践型合同グループワーク

実際に取り組んだグループワークでは,「食のあり方」をテーマに大手食品添加物メーカーとワークショップ(演習)を行い,食に関する社会課題の優先度などについて現世代視点と仮想将来視点からそれぞれ議論しました(写真1).

写真1 企業との合同グループワークの様子

① 将来世代の社会環境の想像と求められる食を考える

社会環境の設定を行います.人間,地球,豊かさ.平和,協力という5つの項目に大分して,社会環境の変革を2050年までの時間軸をとって想定します(写真2).ここでの社会環境の想定が多種多様になればなるほど,その社会環境をベースに食に関する問題点を見出しやすく,幅を広げることにつながります.非常に重要なプロセスです.学生視点に企業視点,それぞれの異なる経験をもとに面白い議論が繰り広げられます.

写真2 社会環境の設定

社会形態のベースが出来上がったのちに,「求められる食」について議論を行いました.具体的には,「レストランは電気屋のカテゴリーに含まれるようになる」,「料理が高尚な趣味になる」などの未来図が挙げられ,現在では想像しがたい興味深い発想も見られました.ひとりでは難しい発想も,他のメンバーの発想を皆で議論し発展させることで,思いもよらない形に生まれ変わったりしました.フューチャー・デザインでは個々の発想力も必要ですが,多種多様な発想を得るためには,複数人で考えを出し合うことが重要といえるかもしれません.

写真3 求められる食(模造紙下)

② 現在世代が過去の意思決定へ意見する

①では現代世代が将来を想定して,求められる食の形態を考えました.今回のステップでは過去に対し,我々現代の人間が仮想将来世代として意見を述べます.その際、仮想将来世代であることを自覚するためにレイをかけて区別しました(写真4).

写真4 仮想将来世代

レイをかけた仮想将来世代は,2020年までに起こった食に関する社会環境の変化に対して,過去にこのようなことを想定してくれていればよかったのに,こんなことをしてくれていてありがたい,といったことを意見します(写真5).

写真5 意思決定をした世代への意見

③ 仮想将来世代になりきる

①では未来の社会形態と求められる食について,②では現代世代が,過去に対する将来世代の役割を担い,過去の意思決定について意見を行いました.これらに続く三つ目の取り組みとして,ついに現代を起点にした仮想将来世代になりきり,現代世代が取り組むべき課題を指摘します(写真6).具体的には,①で行った社会環境の変化を基に食に関する社会環境の変化を考え,仮想将来世代の人々は現代の人々(消費者,生産者・メーカー,行政,その他)に何をしてほしいかを意見します(写真7).実際にこの作業に取り組んでみると,①,②の手順を踏むことで取り組みやすくなっているものの,自身の感想としては,かなり難しいと感じたポイントでした.仮想的な人物になりきって意見するのは,かなりの発想力を試されると思います.

写真6 仮想将来世代の議論の様子

■ フューチャー・デザインに求められる能力

本講義を受講する方は,第一にフューチャー・デザインの考え方の重要性を認識すること,第二に将来世代になりきることの難しさなどを学ぶことができると思います.仮想将来世代として意思決定に関与することで将来世代の負担をなくす,というフューチャー・デザインの取り組みは素晴らしいことです.しかし,その取り組みが十分に効力を発揮するためには,柔軟な想像力や発想力が非常に重要なキーポイントになると思います.そして,もし自分がそれらの能力に対して乏しさを感じたら,日ごろから自分が行っている研究活動などの成果や意思決定が将来にどのような影響をもたらすのかを考えることで,想像力や発想力を鍛える訓練をしてみてはどうでしょうか.この訓練を通して自身の研究にフューチャー・デザイン的思考を取り込むことができれば,将来世代の人々の暮らしを豊かにするような成果を得られるかもしれません.また,実際にグループワークを通して体感したこととして,グループで議論することはメンバーの能力の単純な足し算ではなく,それよりも大きな能力を発揮する「掛け算」になり得ると感じました.これからの技術の進展に伴って,個々人が高い想像力と発想力を身につけ,フューチャー・デザインを取り入れた意思決定を行えば,将来世代からの借り物を傷つけずに返すことができる社会を形成することができるかもしれません.

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