Interviewee : 大阪大学大学院 情報科学研究科 丹羽 佑介(超域 2012年度生)
Texted BY:大阪大学大学院 医学系研究科 冨田 耕平(超域 2012年度生)

 

  大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生は、超域の活動はもちろん、日々研究を進めている。むしろ、研究者としてのベースがあってはじめて超域での活動、汎用力の獲得が意味を持つ。超域的研究では、彼らが行う独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用、超域研究者として彼らが描く未来についてインタビューしていく。

  今回は大阪大学大学院情報科学研究科に所属する超域1期生(2012年度生)の丹羽 佑介さんが熱く語ってくれた。彼は現在博士後期課程(博士課程)1年である。

■ “すごいカメラ”の研究

  彼の進める研究は”すごいカメラ”だ。それも8次元カメラだという。
  “すごいカメラ”を解説する前に、カメラの次元とはいったい何だろうか。我々の使う”ふつうのカメラ”で撮った写真は2次元の平面の情報として記録される。1つ次元を上げた3次元のカメラで撮った映像は、3D映画のように左右の目に異なる映像を見せることで立体的に見ることに応用される。さらに4次元カメラは同じものを複数の視点から見ることを可能にし、映像は3D映画のようなものでより立体的に見ることができる。彼が研究しているのは、これらよりまださらに次元を上げたものである。
  そもそもある物体の情報を完全に取得するためには、物体に当たった後に全方向に反射して行く光線を捉える必要があり、★2カメラはこのうちの1つをキャッチしている。4次元カメラでは複数の視点を利用することができるため、物体から出た複数の光線を捉えて立体的に再現しているのだ。   “すごいカメラ”である8次元カメラでは物体からの出射光線を捉えるだけでなく、この物体に当たる入射光線の情報も取得できるのだという。
  具体的には、2次元のカメラ(“ふつうのカメラ”)では撮影後、全体的な明るさを数値的に調整することしかできないが、8次元カメラで取得した情報を用いると、カメラで撮った世界の中で、例えば右から当たっている光を左から当たっているように変えることや、夜のような明るさや昼の明るさで実際に撮影したものと全く同じ見え方を自由に再現することができるのだ。
  しかし良いことばかりだけではなく、1回の撮影で明るさ(光線)の再現が自由にできるようになるわけではない。明るさ(光線)の状況を全パターン走査して網羅的に撮影する必要があり、何千回、何万回と撮影しなければならないのだ。そのため“ふつうのカメラ”と比較してみると、“すごいカメラ”で撮影した写真は情報量が膨大になってしまう。しかし、彼の研究では、この膨大な情報を取得する時間を従来のものから約60%も抑えることに成功した(参考資料はこちら)。

■ 新たなチャレンジ

  彼はもともと物理には興味があり、学部では応用物理学を専攻していた。この専攻での研究は、ナノテクノロジーや光などについて、物理系と情報系に分かれていて二者択一であった。電気や光が生み出す美しい現象に魅了される一方で、情報科学という視点から人間の判断では曖昧さが残ってしまうものをシステマティックに処理できるのも魅力的だと感じていた。どちらかの分野で研究をするのか決めなければならなかったが、彼にとって選びきれるものではなかった。そこで出会ったのがカメラや画像工学を専門にする情報フォトニクス研究室Laboratory of Information Photonics)であり、この研究室では光について考えることが不可欠で、さらにコンピュータで処理する必要があった。カメラはまさに彼が関心をもっていた分野の両面から物事にアプローチをすることができる、超域的な研究だったのである。
  そんな彼はもちろん現状の8次元カメラに満足はしていない。8次元カメラとは全ての光の強度情報を制御しているカメラで、つまり自然世界をそのまま映し出すことが可能なのだという。例えば、テレビ電話で画面の向こう側の光の状態をこちらの環境と同じように再現できれば、まるで相手が目の前にいるように感じることも可能になる。8次元カメラの技術は夢物語ではなく、既に実用化されているものもある。映画などで役者の顔を8次元カメラで撮影し、ロケーションに応じて役者を合成することもされているのだ。
  さらなる情報処理技術が進めば、より実用的になることは間違いない。
  しかし同時に彼は違う視点も持つ。
「人間の目は8次元カメラではないのに、自然世界を捉えることができています。8次元カメラは確かに自然世界を捉えられるようになってきてはいますが、情報量があまりに多く人間の目と比較すると効率的であるとは言えません。もちろん目指しているものは、現実の世界をそのまま切り取って再現できるような技術ですが、8次元カメラとは違ったアプローチにもチャレンジしていきたいと思っています。」画質変更


■ 研究×超域

  「超域プログラムに入ったからこそ持つことができたのは何か」という問いに、彼は「人」をイメージするようになったことだと答える。特に彼に影響を与えているのは、ブータンでのフィールド・スタディ*1だ。
  この体験を通じて、人と人とのつながりを実際に目の当たりにし、人に寄った技術を作りたい、人とインターアクティブしたいというモチベーションが生まれたのだ。丹羽_ブータンedited
  また、超域での活動によって自分の強みについても意識するようになったという。特に人文系の履修生との議論の中で、「物事に対する客観的な観点」は自分の専門性による強みなのではないかと感じるようになったというのだ。さらに情報の伝え方についても、議論をするときやメールを送る際に相手にどう捉えてほしいかを意識して情報を伝えられるようになったことは、翻って研究においても論文や発表において生かされているという。

※1:海外フィールド・ワークとは、超域イノベーション博士課程プログラムの1年次に開講されており、履修生たちが自分の日常とは異なる文化的・政治的・社会的・経済的背景をもつ他者と対峙し、グローバル化の時代における異なる価値観と出会うことを通して、自身の価値観を相対化し、世界の多様性を理解すること・世界を複眼的に認識する視点を養うことを目的としています。2012年度生は、ブータン・クック諸島・フィリピンのいずれかに派遣されました。

■ 将来のビジョンを描く

  「ブータンでのフィールド・スタディ以降、色々な考え方が変わったと思います。特に強く思うようになったことは、今まで繋がって来なかった人たちと繋がりたい、何か一緒に新しいことを生み出したいということですね。なので、博士号を取得して卒業した後には技術面での高い専門性を持って、さまざまに発展しようとする国や地域のために働きたいと思うようになりました。単純に技術を提供したり教えたりしたいというだけではないんです。技術を何かのきっかけにしたり、コミュニケーションにおけるツールとして使ったりして、本来繋がらなかったであろう人たちを繋げて、恊働して、社会を発展させていきたいんです。」と彼の野望は尽きない。


  彼自身も語っているようにフィールド・スタディにてブータンの人々と交流した後、たしかに彼の考え方に新たな視点が加わったように筆者も感じている。特に、何かについて議論するとき、制度や製品などテーマによらず、社会の枠組みやシステムにとらわれず、個としての「人」を意識して発言するようになった。最先端科学の研究をする一方で、人と人との繋がりやあたたかさに触れたことも影響し、「人々と科学技術の接点はなんだろうか」と考えるようになったのだろう。特にブータンを語っているときの彼は熱い。
  今後、研究者としてどんなところに向かって超えていくのか楽しみである。