Activity Reports超域履修生による、ユニークで挑戦的な活動のレポート。

活動レポート
履修生主導型企画 ロシア海外研修<4>
グループワーク/LGBT活動報告

2017/6/1

【グループ活動報告】ロシアの価値観班

Text: 奥野輔 基礎工学研究科(当時)
訪問場所: LGBTコミュニティーセンター

■ 目的

世界の様々な国や社会には、それぞれの風土や歴史に裏打ちされた価値観が存在する。特に人と人との関わり方や共生についての価値観は、社会的な選択を左右し、独自の社会や文化の形成に寄与するものである。そのため、社会の成り立ちやその問題を深く理解するためには、その根底にある価値観を知ることが必要となる。加えて、異なる価値観や新しい視点を学ぶことは、既存の社会に存在する問題を解決し新しい社会を作るためのヒントにもなりうる。

よって本活動では、ロシアの社会をより深く理解し、様々な問題を抱える日本社会や地域社会に活かすことができる新しい価値観を会得することを目的に、独自の発展を続けてきたロシアに存在するはずである独自の共生に関する価値観をヒアリングにて学んだ。

■ 活動内容

本活動では、2種類の活動を行った。一つ目は、モスクワとは異なった歴史、風景、人々を抱える地方都市トベリ(Tver)でのトベリ大学訪問である。トベリ大学では、トベリ大学の学長から大学の歴史について紹介を受けたあと、教員と我々の間で意見交換会を行なった。また、トベリ大学の学生の案内を受けながら、トベリの街を散策し、街の風景や人々の様子、歴史的建造物に関して説明を受けた。二つ目は、モスクワ市内のLGBTコミュニティセンターの訪問である。事前の情報収集の中で、ロシアではゲイのカミングアウトを禁止する法案が議会に提出されるなど、ゲイ・プロパガンダの取り扱いについて日本とは異なる方針をとっていることがわかっていた。そのため、ロシア滞在中の活動としてLGBTの支援を行う団体にヒアリングを行い、セクシャルマイノリティの共生に関するロシアの価値観を学んだ。

これらの活動を通して、参加者が独自の視点を持ってロシアの人の価値観に触れ、その価値観が社会から受けている影響、あるいは社会に与えている影響について考察した。なお本稿では書面の制約のため、LGBTコミュニティセンターでのヒアリングの報告とそこからの考察、更に成果発信について記載する。

モスクワ市内のLGBTコミュニティセンターは、スポーツを通してLGBT関係者のネットワーク作りを推進するRussian LGBT Sports Federation、心理学とアートによってLGBTの人々を育てるPECYPC、AIDS予防に取り組むLaskyなど、LGBT関係の6団体が共同運営するセンターである。センターには6団体の事務所があるほか、他のLGBT関連の団体が集会やイベントを開催できる部屋があり、毎日様々なイベントが行われている。今回はLGBTコミュニティセンターの運営に携わる5名のスタッフから各団体や各人が行う活動やその理念について説明を受けるとともに、ロシアにおけるセクシャルマイノリティの現状や為されている取り組みについてスタッフと学生間で意見交換を行った。

■ ロシアでのLGBTの現状

今回の意見交換を行う前は、日本で得られたわずかな情報から、ロシアは“アンチ・ゲイ法”と呼ばれる法律を有していることがわかっていた。そのため、本活動の参加者はロシアは、ゲイであることが禁止され取り締まられている厳しい国という印象を持っていた。しかしながら、今回のヒアリングで実際には禁止されているのはゲイを良きものとして促進するような広告活動のみであり、LGBT関係のコミュニティ作りや、理解を深める活動などは問題なく行われているということがわかった。更に、LGBTに対する社会的な許容度についても、LGBTに対する排他的な態度は近年弱まってきているという傾向は日本の現状とよく似ており、ロシアの状況を過度に恐れすぎていたと知った。LGBTコミュニティセンターのスタッフの話では、ロシアで反政府的な活動をしている組織を探して報道しようとする、偏った考えを持つ海外のメディアが存在するという。この話を聞いて、私たちがアクセスする情報もそういったバイアスのかかった情報になってしまっているのだろうと考えられ、メディアの影響力の大きさと、正しい情報源と情報を選択する能力の重要性を痛感した。

しかしながら、セクシャルマイノリティに対する差別意識は未だに根強く存在していた。あるLGBT団体の代表者は教師として働きながら、数年前にゲイが参加する国際的な大会に参加し、優勝した。そのことをきっかけに、彼はLGBTを支援する団体を立ち上げ、今もLGBTのための心安らげる居場所を提供している。しかし、同時にその国際大会の優勝時に受けたインタビューがロシア全土でテレビ放送されたことをきっかけにその人がゲイであることが勤めている職場で知られてしまい、職場の校長から自主的に辞職するよう3度にわたって勧告を受けた。職場で孤立し、とても辛かったが、辞職してしまうと二度と再就職できないことがわかっていたので、辞職はしなかったと語る表情から、私たちには想像できないほどの苦労をうかがい知ることができた。

■ 主たる学びと考察

人は自分と異なる「他者」と相対する時、自分自身の心理的な安定や安心のために、他者に反対したり恐怖を抱いたりする傾向があると言われている。Hofstede[1]らは、不確実性に対する許容度を表す“不確実性回避指標”を算出し、ロシアは世界95位という比較的許容度の低い国であるとしている。この事実は、ロシアが自由よりも社会のルールを重視するという傾向を反映していると考えられるが、不確実な他者に対する許容度が低い社会でLGBTへの理解や受け入れを高めていくことは非常に困難であると考えられる。その状況を打開する手段として、Russian LGBT Sport Federation の代表者、Koustantinさんはスポーツを利用しているのである。Russian LGBT Sport Federationが提供するスポーツの場では、LGBTの当事者もそうでない人も、あらゆる人が共にスポーツを楽しむ中で、互いの間に境界を感じずに出逢うことができる。Koustantinさんは「ゲームをするとき、人は誰でも平等です」と語るが、スポーツの場以外でもLGBTを差別なく受け入れるようになるための最初のステップを、スポーツは提供しているのである。Koustantinさんの取り組みは、LGBTとそうでない人が互いの域を超えて共生して行ける社会を作るため、スポーツという超域的な手法でロシアのLGBTの現状を変えるイノベーションとも言える活動であり、超域に所属する私達が学ぶべき様々な“超え方”があった。

またスポーツに関連する話以外にも、自身もLGBTであり、LGBTコミュニティセンターや関係団体のデザインなどを手伝う大学生のダリアが、センターを「自分の居場所として思っていて、とても感謝している」と何度も話していたことも印象的だった。「社会の中で自分の居場所を作る」というフレーズは、今回の意見交換の中で頻出したものであった。日本での自分たちのことを翻って考えると、研究室やクラスの中に自分の居場所を感じられないだけで精神的に追い詰められてしまうのに、LGBTの人は、家族や職場、学校のどこでも自分の居場所を持てないことがあると知った。それは想像しきれないほど辛く恐ろしいことだと感じた。「多様性に寛容な社会を」という言葉はよく聞かれるが、実際にそれは本当に大切なことなのだと感じることができた瞬間だった。  今回のインタビューは、当班のメンバーを様々に揺さぶるものであり、こういった話を聞くことで自らもLGBTを支援する活動に携わりたいと考えるようになったメンバーもいた。インタビューでは、表情のような非言語的情報も含めて、相手の個人的な経験を実感や感動を伴って聞くことができたため、印象にも記憶にも残りやすく次のアクションを起こしたいというモチベーションにつながりやすいものであった。今回改めて直接会って話を聞くことの重要性を再認識できたため、ネットや文字を介した情報収集に偏らずに知るということを重要なものとして、学びを重ねていきたいと感じた。

■ 成果発信の報告と今後の予定

今回の意見交換では、LGBTの人を含めた多様な人々が共生できる社会とはどのような社会であるのか、そしてその社会の実現のために必要な活動やそのエッセンスとは何かを学び、考えを深めることができた。こういった共生社会に関する考察について、Gender Awareness in Language Educationの国際学会にて口頭発表を行った。口頭発表では、KoustantinさんのカミングアウトやRussian LGBT Sport Federation 設立の経緯に始まり、LGBTに対して保守的なロシアの姿勢に言及した上で、国際的な流れとは反対の態度をロシアが選択する理由の考察や、そこから抜け出すための教育的な提案を行った。具体的には、“Think outside the box”という考えを持ち込んだ授業を展開するべきという提案を行った。ある人や物事に相対した時に形作ってしまうステレオタイプすなわちBoxは、世界の多様性を捉えるには限界がある。そのため、他人を受け入れる柔軟性を特に若い人に持たせるために、“Think outside the box”を訓練する機会を教育現場に取り入れるべきと発表した。国際学会の参加者は主に大学で英語教える先生であり、「ロシアのこのような状況は知らなかった。英語を教える際の題材としてロシアのケースを取り上げて、LGBT問題を考える授業をしてみたい。」といったコメントが得られた。今回発表した内容は、原稿にまとめて雑誌Feminist Spacesに投稿を行い、現在査読中である。

更に今回のヒアリングでは、日本のLGBT関係者に共有することが望ましいと考えられる情報も得ることができた。例えば、世界的なスポーツ大会であるGay Gamesは、参加することで様々な世界的なネットワークを作ることができるイベントであるらしいが、日本からの参加者はいないという。こういった大会の存在が日本ではあまり知られていないようだが、スポーツを通してLGBT関係者とのネットワーク作りや自己実現をしたいという潜在的なニーズも存在している可能性がある。そのため、Gay Games等の大会やイベント、組織の情報等をLGBT関係の情報源を通して拡散することを検討している。具体的には、Ltibee Lifeというサイトに現在記事の掲載を交渉中であり、掲載が認められ次第文章の作成と公開を行う。

GEERT HOFSTEDE, “National Culture”, 2016年12月15日アクセス

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