● 超域ラーニング「超域イノベーション海外実習 〜海外フィールドスタディ〜」

ブータンでフィールド・スタディ

TEXT BY 上田 晶子


 「ブータンでフィールド・スタディ」。こんなアイディアがどこから出てきたのか。今、考えてみると、ほんとうに、とてつもないことのようにも思えるし、当然の成り行きのようにも思える。高地で、空気が薄くて、衛生環境も医療設備も、お世辞にも進んでいるとはいえないブータンで、教育プログラムの一部を行うというのは、少し無理のあることのように思える。その一方で、「国民の幸福がいちばんたいせつである」と、正面からうたう政策を持つ国で、将来のリーダーを育てる超域プログラムのフィールド・スタディを行うのは、しごく当然のことのようにも見える。



 そもそも私とブータンとの出会いのきっかけも、国民総幸福(Gross National Happiness: GNH)という考え方であった。国民の幸福が政府の目標であることは、当然のようにも思えるが、いまだそれを国家の政策の究極の目標として大上段に掲げる国をブータンのほかに私は知らない。GNHの概念を知ったのは、私がまだ大学院の学生だったころだった。ロンドン大学の大学院生用の尞の薄暗い部屋で、そして、ちょっと埃っぽい大学の図書館で、幸福を真正面から政策目標として取り上げる国とはどんなところだろうかと想像を走らせていた。その当時、ブータンで「調査・研究」を目的に、外国人が長期にわたって滞在するということは、本当に難しかった。今、振り返ると、どうしてあの時の自分が希望を失わずに、調査の許可がおりるのを待ち続けることができたのか、本当にわからない。いくつものご縁がつながってやっと許可がおりたときには、いっしょにPhDの課程をはじめた友人たちは、みなそれぞれのフィールドで博士論文のためのフィールドワークをすでに始めていた。それ以来、当時は想像さえしなかった幸運が重なって、いまだに、ブータンをしばしば訪れている。その間のブータンの訪問で、私は、本当に多くのものを得た。単に、自分の研究や調査というだけでなく、自分の人生にとって、本当に大事なものを学ばせてもらったと思っているし、これからも学ばせてもらいたいと本当に思う。人生で、何が大事なのか、日々の生活で起こる大きなこと、小さなことをどのように理解し、対処していくべきなのか。ブータンとの出会いは、その指針の多くを私にもたらしてくれている。だいぶ後になって聞いた話なのだが、20代でブータンと出会うとその後の人生が変わってしまうそうだ。もう少し早く言って欲しかったなと、ちょっとだけ思う一方で、「この際、超域生の人生も変えてしまおう」と妄想している。
 
 ブータンという国は、本当に学びの多い国だと思っている。世界には、こんなにも多様な価値観があって、人々の生活もほんとうに多様だということ、そして、その「多様性」が自分たちの人生を豊かにしてくれる。そんなわくわく感を体験すると、この地球も捨てたもんじゃないと思える。ブータンで人々からきく何気ない言葉に、自分にはなかった視点を見出し、目からうろこが落ちる。私が体験してきたそんな学びのいくらかでも、超域生に体験してほしいと思った。それが、フィールド・スタディをブータンでやろうと思った直接のきっかけである。
 
 どうやったら、ブータンからの学びを限られた時間のなかで最大限に引き出せるだろうか。フィールド・スタディの企画を進めていた時にいつも心にとめていたのは、その一点であった。国家の政策の中枢にかかわるひとから、ふつうの農家の人まで、違う立場、違う視点に触れられるようにした。ブータンの学生との協働の機会を作ることで、よりパーソナルな感覚で、彼らの視点に触れられるようにした。ドライバーさんからホテルのスタッフまで、みんなが、超域生が接する「ブータン人」である。体調の管理や安全面への配慮も、究極的には、「学びを最大限にする」ために必要なことである。2週間という限られた時間、体調を崩していては、思ったようには学べない。ヒマラヤ山中の山道の移動は、思ったよりも体力を消耗するし、リスクもともなう。マイクロバスを一台借り上げるよりも、ランドクルーザータイプの車を何台か連ねる方がよいという結論に達したのも、健康と安全のためであった。
 
 フィールド・スタディの1週間前、私は、準備のために超域生よりも先にブータンに入った。かねてからフィールド・スタディへのご協力をお願いしていた方々と最終的な確認をする。いつもいつもお世話になりっぱなしの、私が尊敬する人々に、「もう一つ、お世話をかけます」と頭を下げて、超域生のためにご協力を願った。みなさんが快く応じてくださったことが、本当にうれしかった。同時に、この方々のご厚意に超域生は応えてくれるだろうかという一抹の不安もよぎる。このプログラムに協力してよかったと思っていただけるような反応を超域生ができるよう、そして、なによりも超域生自身が多くを学べるように、事前学習はしてきたつもりだ。  パロの空港で超域生と引率の三田先生の到着を待つ。「ゆっくり降りて、入国審査まえに、ドゥルック・エアの写真なんかとるのよ」と事前に言っていたのが浸透していたらしい。本当にゆっくり、空港の建物からでてきた。ここは、ブータン。急いでも何も始まらない。ほとんど寝ていないはずなのに、みんな一応元気そうだ。笑顔が見える。
 
 フィールド・スタディの期間中、超域生は、かなりつまったスケジュールのなかで、そして、まったく新しい環境のなかで、よく学んだと思う。最初の2-3日で緊張感がとけると、彼らが日々、どんどん変わっていくのが見えた。表情が柔らかくなり、まわりの状況や人々に配慮するようになった。毎日、毎日、何かを学び、理解を深めていくのが、朝、夕のミーティングや、雑談のなかからよくわかった。こんな彼らの姿にふれられることが、フィールド・スタディを担当する教員の特権である。体調を崩すものもいたし、トウガラシの辛さに戸惑うものもいた。担当の私の反省は、日程にもう少し余裕をもたせるべきだったこと、そして、自分にはあたりまえになってしまっているブータンの状況が、初ブータン訪問の超域生にはストレスになっていることへ配慮が行き届かなかったことがあったことである。今後、教訓として役立てたい。
 
 最後になるが、フィールド・スタディ実現のために関わってくださったすべてのみなさまに心からの感謝を申し上げる。特に、ゴールデン・ウィークにもかかわらず下見にいっしょに行ってくださった藤田先生、GLOCOLの大橋センター長。多くの難題をこなしてくださった超域プログラムの事務方のみなさま、フィールド・スタディ実施期間中に大阪で危機管理の体制をサポートしてくださったみなさま、現地ブータンで、ご協力いただいた多くの方々。そして、何よりも、企画、ゴールデン・ウィークを使っての下見、実現のための本当に大変な作業をこなし、いっしょに引率をしてくれた三田先生。ほんとうにありがとうございました。このフィールド・スタディが参加した超域生に良い刺激をもたらしたこと、そして、大阪大学とブータンとの交流のきっかけになってくれることを祈っている。