Career path修了生インタビュー

山脇 竹生

出身研究科
理学研究科
専門分野・領域
生物物理化学(ラマン分光、タンパク質の構造と機能発現)
現在の所属・役割
株式会社資生堂 ブランド価値研究所 原料開発室
キーワード
化粧品原料の開発、Structured Doctorate

2017年度修了生

博士人材として社会に出ることについて、大学院での研究内容との関わりや今の仕事を選んだきっかけ、博士人材だからこそ社会に提供できる価値など、感じるところをお聞かせください。

 いただいた質問をまとめると、この質問では「博士人材」としてのキャリアについて述べ、この次に出てくる二つ目の質問で、「超域プログラム」からの影響について述べるという質問構成になっているかと思います。ただ、私にとっての博士課程は主専攻の理学と超域プログラムの両輪の学びで構成されているため、いわゆる「博士人材」としての回答ではない点をご了承ください。
 日本ではこのような分け方はされていませんが、ドイツでは博士課程がIndividual doctorateとStructured doctorateの2種類に分けられているようです(1, 2。前者はプロの研究者養成、後者は多様なコースを受講し、博き学識を得る課程です。「博士人材」というと前者のイメージを持つと思いますが、私は主専攻に加え超域プログラムを履修することで後者のキャリアを選びました。
 私が携わる化粧品原料の開発では後者の学びが活きています。というのも、昨今では化粧品に今まで以上に宗教や信条への理解と配慮―たとえばハラルやヴィーガン、サステナビリティ等への対応―が求められており、それは化粧品原料の設計段階からも考慮するようになって来ています。化粧品の研究員といえども自然科学的知識だけでなく社会や宗教、美についての見識が今までより一層求められています。そのため、対象の原料に対して科学の視点と社会の視点の両面から開発していく必要がありますが、両視点が内面化されている点が超域プログラム(Structured doctorate)型博士人材の強みだと思います。
 理学ではビジネス的な価値判断基準とは全く異なる基準で知識に価値を認めています。理学で博士をとるというのはその基準を認め、論文投稿という形でその価値に貢献する経験を経ていることを意味します。だからまた違う価値基準が与えられた時も同じようにその価値基準を内面化させ、その視点で物事を考えられるようになるのではないかと考えます。
 仕事で求められるビジネス的視点と、博士課程で培われた理学的視点、そして社会(お客さま)の視点の間を日々行き来しています。

*1. ドイツにおける博士の育成と活用 フラウンホーファー日本代表部における経験から(2015)Granrath, Lorenz, 科学技術・学術政策研究所
*2. Support for continued data collection and analysis concerning mobility patterns and career paths of researchers, (2012) Deliverable 8 – Final report MORE2. Figure15より

大学院生活とその後のキャリアパスに対して超域プログラムが果たす役割について、超域での学びが就職活動や現在の職務へ与えた影響や、履修によって生まれた新たな視点や考え方などがあれば教えてください。

 超域プログラムでは「領域を超える」ことをコンセプトにしていますが、この「領域を超える」が私のキャリアを選ぶ時の基準でもありました。
 学部生のとき、配属希望を出した研究室は”生物物理化学”研究室です。物理化学的アプローチで生体分子の機構の解明を目指す研究で、生物学の領域に対して物理化学の領域の手法をからアプローチする点に惹かれました。
 就職先を選ぶ際も「超域を超える」ことが基準のひとつでした。化粧品の開発は皮膚科学、分析化学、高分子科学等の理系学問に留まらず、感性、法律、社会文化等の領域の知が融合して製品がつくられている点に惹かれました。
 また、化粧品が対象とする”皮膚”が自己の内部領域と外部領域を分かつ境界となっているのも象徴的で面白いと思いました。ヒトは皮膚から内側の領域を自分と認識して、領域内部を最適化して生きています。では、皮膚より外は自分ではないのかというと、実はそうでもなく、たとえば事故で失った腕をあると感じる幻影肢という現象や、義肢が自分と同化して身体拡張するように感じる能力がヒトにはある(3のだと超域の同期に教えてもらいました。自分の領域を超えて他者にまで拡張し、新たな領域で領域内部を最適化するのってグループでのプロジェクトや、会社のM&Aに似ている気がします。
 上述のような自分の領域を超える力は、超域プログラムで取り組む授業形態そのものです。異分野の学生・関係者とグループを組んでアウトプットを出す。これを5年間、何十回、何百回と繰り返します。最初は各々気づかぬうちに自分の専門領域の思考に立って話していたのが回数を経ると相手のコンテクストに立って強みや良さを引き出しあえるようになっていました。
 自分の領域を広げアウトプットを出した例としては、デザイン工学会での発表や、社会調査の分野で論文提出したことが挙げられます(4, 5, 6。現在の業務でも、他部署のメンバーと短期間のアイディア出しと化粧品試作を行った成果が元になり、特許出願ができています。
 他者とコラボレートして成果を生み出す、アカデミアでも民間企業でも、今後ますます必須の能力かと思います。そのような機会が豊富に得られるのが超域プログラムの強みだと思います。

*3. 廣瀬 浩司 “身体の幻影と道具の生成–メルロ=ポンティの幻影肢論の射程”, 言語文化論集 (56), 31-49, 2001
*4. 日本機械学会主催The 13th Design Engineering Workshop, Award for Marketing Design受賞 2013年11月
*5. 博士課程の学生が民間企業への就職を選択する思考プロセスと要因 : 文献調査とインタビュー調査による一考察(山脇 竹生), Co* Design no.4, 2019年2月発行 ISSN 1881-8234, pp105-129
*6. 山脇竹生、松澤孝明.「シンクタンク・コンサルティング企業における博士課程修了者の採用に関する調査」 第2回RA協議会ポスター発表

日々研究に励みこれから社会へ飛び立つ超域生に一言お願いします!

超域での学びは業務に、というよりむしろ人生に活きてきます。それは仕事で有利になるとかお金が稼げるというのよりも、もっと深い、一生の価値になります。主専攻はもちろんですが超域でも悔いの無いように学びきってください。

(2021年2月)