fs_tanpa_01

TEXT BY 丹羽 佑介
研究科:情報科学研究科
専攻:情報数理学専攻
専門分野:情報フォトニクス
     (これまでになかったようなカメラを作る研究をしています。)

 今回,超域海外アクティビティのフィールドスタディでブータンを訪れた。ブータンは“国民総幸福(GNH)”を国の発展の指針としている国として耳にしたことがある人が多いのではないだろうか?日本を含め世界中の殆どの国が発展の指針として,GNPのような経済的なものを用いている。今回のフィールドスタディでは私達が慣れ親しんだ国とブータンを比較したときにどのようなものを発見できるのかということが最も大きな主題であった。
フィールドスタディの前半は実際にGNHの運用に携わっておられる二人のダショー(ブータンに多大に貢献した人にのみ与えられる称号。)とブータンで JICAのプロジェクトに携わっておられる津川さんにインタビューを行った。各人のお話の中ではそれぞれ違う立場から見たブータンやGNHに関する見解をお聞かせ頂いた。その中でも頻繁に聞かれた言葉は“Inter-dependence(相互に関わりあう事)”であった。その言葉の意味するところはブータン人が相互に無理のない範囲で関わりあっており,弱いものを助けたり,協力しあったりして生活しているというものであった。それぞれのお話の中で“Inter-dependence”がGNHに大きく関わっているとおっしゃられた。その時はなんとなく「そういうものなのだろうな」という風にしか感じていなかったが,ブータンで過ごした2週間はこのことを痛感する日々になった。
 フィールドスタディの後半は丸2日間一つの農家に訪問して,彼らの生活を観察し,その中にあるトレジャーを私達なりの視点から発見することが課題として与えられた。その中で発見されたトレジャーがまさに“Inter-dependence”であったように思う。その一例として,農家で聞いた話を紹介したい。わたしが訪問した農家では空き部屋を他人に間貸ししていた。住人の多くは貧しく,家賃もかなり安く設定されていた。それに加えて,家の長は住人に食べ物を分け与え,家賃を払う余裕がなければ家賃を帳消しにするようなことをしばしば行なっていることがわかった。その理由を尋ねると,「払う余裕のない人に無理に請求する必要はない。それよりも多くの人が集まってくることが嬉しい。」とのことであった。確かにそのとおりなのかもしれないと思ったが,日本で暮らす限り,そのようなことを当然のこととして実践することは非常に難しいと思われる。この例に限らず2週間のフィールドスタディの期間に出会った全てのブータン人が互いに関わりあって生活していくことを大切にしているように感じた。そして,私自身そのような関係性の中に存在できていることが心地よく感じられるようになっていた。
fs_tanpa_02  2週間の実習が終わりにさしかかった頃,もう一度津川さんとお話する機会があった。そこで津川さん自身がブータンから学んだこととして『許すこと。与えること。感謝すること。』という3つのことをおっしゃられた。さらに,『与える』ことに関して「何かをもらった時喜びを感じることは想像しやすいが,実は何かを与えた時も非常に嬉しいものですよ。」と付け足された。その津川さんの言葉とそれまでの2週間の経験がこの時にピタリと重なり,それまでなんとなく大切だと感じる程度であった“Inter-dependence”が自分の中に深く浸透していくような感覚であった。
 “Inter-dependence”が大切であるということは,フィールドスタディに行く前から特に意識しないまでもわかっていたはずである。しかし,私達が生きている社会でそのようなことを実践すると,自分だけ損をしたような気になることがしばしばある。ブータンから帰国して,フィールドスタディで発見した“Inter-dependence”を活かそうとしたが,やはりどのようにすべきかわからなくなってしまう。今思えばブータン滞在中は“Inter-dependence”を素直に受け入れており,そういった意味では“これまでの価値観を超えた状態”であったように思う。しかし帰国して時間が経ち,日本の価値観に再び慣れていくにつれて当時を懐かしく思えてしまう時があり,そうなっていく自分自身を寂しく感じる。ブータンでの状態と全く同じように保つことは不可能かもしれないが,そこから学び,これからの生活でも活かすべきことはたくさんある。
 そしてもう一つ感じていることは,将来リーダーになることを期待されている私達のような人間にとって,人間が相互に関わりあう中で喜びが生まれるということを肌で感じることができたという経験は非常に大切なことなのではないかということである。人の上に立たなければならない時。人と人とのつながりを肯定的に活かす術を持つことは,そのチームの力を引き出すために必ず役に立つと思うのである。今回ブータンへ行った履修生は7人だけであるが,この経験を他の履修生や自分の周りの人に少しずつ伝えていくことがこれからの私たちの使命であると感じている。