研究科
Graduate School
文学研究科
Graduate School of Letters
専攻
Major
ドイツ文学専攻
German Literature
専門分野
Field of Specialty
ユートピア思想
Utopian thought
職歴・学歴
Education
2015年3月 学士(人間科学)大阪府立大学人間社会学部人間科学科
Mar. 2015. Bachelor(Human Science) Osaka Prefecture University, Graduate School of School of Humanities and Social Sciences
趣味・特技
Hobbies/Interests
啓蒙
Enlightment
修士論文・
卒業論文
1960年代におけるエンツェンスベルガーの時代認識について
―ペーター=ヴァイスとの論争を手がかりに―
E-mail
yyoshino[at]cbi.osaka-u.ac.jp

Message

1. かつて、これほどまでに人々が「自由」という罪過を恐れ、それを免れようと画策した時代があっただろうか。この国において、「何もしない」自由は非生産的であり、無意味な行為であると非難される。とはいえ、たとえ自由な資本があったとしても、それを自分が本当に望むものに投下できない限り、人は心から「自分は幸福だ」とは決して言えず、空虚さばかりが積もることになる。それゆえ、人々は「労働」の名の下に自由を弾劾し、自由から逃避する。

2. 確かに、人間は労働することにより、自由から逃れることが、言い換えれば、自由から自由になることができる。しかし、いかに「労働は美徳である」と声高に主張したとしても、労働の結果として自分の幸福が生産されるとは限らない。自分が本当に好きなことを生業としない限り、人は心から「自分は幸福だ」とは決して言えない。むしろ、労働の奴隷となり、労働に酷使されるのである。

3. しかし、現在のこの国は、このような労働教の信徒たちの熱心な啓蒙の結果、形作られたものである。この宗教の教えは、「働かざるもの食うべからず」という格言に集約されている。彼ら/彼女らはこの言葉を、それが自分たちの軽蔑する共産主義の革命家レーニンの言葉であることを知りもせず、妄信的に吐いて回るのだ。この事実を、「転倒した社会主義」と呼ばずして、何と呼ぶことができるだろうか。自由から目を背ける口実が、今や自由を殺す根拠となったのだ。

4. では、そのような労働教信者たちに対して、我々は何と呼びかけることができるだろうか。単純だ。「しっかりしろ!」である。自分が本当に望むことを、好きなようにすればいい。「それでは生きていけない」と述べる暇があるのならば、好きに生きればいい。人生は短い。今この瞬間にも、時間は刻一刻と過ぎ去っているのだ。

5. 我々は、我々が生き残るために社会を変革せねばならない。物質的基盤から、社会的意識まで。そのためにはまず何が必要か? しっかりとした現状認識である。私たちは自分に何が出来て、何が出来ないかを確かめなければならない。そうした現状認識の上で、我々は次の命題に取り掛かる必要がある。

6. 「自分たちは何に奉仕させられているのか、それを発見するのは若者たち自身だ。それはちょうど彼らの先輩たちが苦労して規律の目的性を暴いたのと同じように。ヘビの環節はモグラの巣穴よりもはるかに複雑に出来ている」(Deleuze)