選抜特集アーカイブ

ひとつのビジョン、それぞれのゴール。

初の修了生が語る、超域での5年間

インタビュイー:2012年度生 冨田 耕平
インタビュアー:2016年度生 奥野 輔
写真撮影:2016年度生 桐村 誠
ライター:2015年度生 猪口 絢子

取材日 2016年11月28日

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムでは、現在6期生募集に向けて準備が進んでいます。
 さて、出願を検討されている方の中には、超域の5年間という長期のプログラムにしり込みされている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 超域での5年間を通して、履修生は何を経験し、そしていったいどんな人材へと育っていくのか。
 今回は、まもなく5年間のプログラムを終え初の修了生となる1期生、医学系研究科・保健学専攻の冨田耕平さん(通称・トミーさん)に、超域での5年間を振り返ってもらいました。

よく分からない「超域というもの」との出会い

奥野: まず初めに、冨田さんが超域に入った動機を教えてください。

冨田: 僕の場合は、「1期生だったから」。2011年の12月、超域の説明会にたまたま行ったんだけど、その説明会では具体的なことはなにも分からなかった(笑)。5年やります、奨励金も多分もらえます、海外に行く機会もまぁあるんじゃない、ぐらい(笑)。でも受験するデメリットはなかった。修士課程のイメージもなくて、研究との両立なんて考えてなかったけど、落ちても予定通り自分の研究をするわけだし、じゃあ受けてみようか、と。 すごく面白そうなものだったら誰でも参加しようと思うだろうけど、全く分からないものに手を出そうと思った決め手は、「始まるから」。良くも悪くもトライ&エラーをさせてくれるかな、と思ったんだよね。スタートアップから参加できるというのが、大きかった。

奥野: その何もわからなかった説明会は好意的に受け取ったんですか?

冨田: いや、なんも分からないやないか、おい!と思った(笑)でも先生方が「自分たちと一緒に作っていきましょう」と言われたので、それはぜひご一緒したいな、と。

奥野: それでは、実際超域に入ってみて、予想外に良かったことはありますか?

冨田: いろいろあるけど、大きかったのは海外にお金を出して行かせてくれること。授業で言えば、「プレ・インターンシップ」(現:グローバル・エクスプローラ)と「海外フィールド・スタディ」。自分で自由に目標と目的を設定して活動させてくれた。
とくに、1・2年次の「プレ・インターンシップ」では、4年次以降の長期のインターンシップに向けた準備として位置付けられていたけど、自分の将来を考えるためにアメリカの看護が見たいと漠然と思った。でも当時アメリカにコネクションなんてあるわけないし、なんとか人づてに必死に現地の看護師を探しだすことができて、会いに行くことにした。
行くまでの過程で既に学ぶことがたくさんあったし、もちろん行った先で会った人たちからも学ぶことはあったけど、一番印象的だったのは行って初めて分かることがたくさんあったこと。行かなければ思いもよらなかったようなことを、経験を通して発想できるようになった

ひとつのビジョン、それぞれのゴール

奥野: 超域は「こういう人材を育てたい」という明確な理念を持ってますよね。じゃあ普通に考えたら、目的をもって完全にカリキュラム化されたものを履修生に与えたほうが効果的に決まっています。でもトミーさんの言うことは逆です。トミーさんは、超域で得てきたものは目的がある種ぼかされているからこそ得られた、と感じていると話されていました。なぜそのように感じられたのでしょうか?

冨田: 超域は、ビジョンはあるけどゴールは設定してない。ビジョンは同じ方向を向くけど、ゴールはあなたたち履修生が自由に描きなさい、というプログラム。超域のビジョンは、博士号をもって社会に出て、専門性を汎用的に活かせる人材になろう、というもの。でもそれを実現するためにどうするのか、研究者になるのか企業に入るのか、それはあなたたちが考えなさい、というのが超域だと思う。画一化された目的を設定していないのは、ゴールを描くための一助だった。超域プログラムとは、そうあるべきだと思う。

奥野: どうしてでしょうか?

冨田: だって、多様性があるからこそ何か新しいものが生まれる、というのが超域のコンセプトでしょう?じゃあゴールはひとつじゃない。ゴールが一つになった瞬間に、多様性なんてなくなる。超域は「超域人養成所」ではなく・・・各々の超域を実現するための場

奥野: ゴールは別々でいい。その中で、超域生に共通して持っていてほしいビジョンとは、どんなものでしょうか?

冨田: それが難しい。まだわからない。でも藤田先生が超域の紹介をするときにいつも出してくれる図(図1)、あれはね、ちょっと違う気がしてる。

藤田先生…超域イノベーション博士課程プログラム プログラムコーディネーター 藤田喜久雄教授(工学研究科)

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図1 超域プログラムのコンセプト図

奥野: そうなんですか(笑)

冨田: 汎用力は実務家がもつもの、専門性は博士号取得者のもつものといわれてる。でも実務家も専門性を持ってると思う。「できる人はなにか一芸に秀でつつ、それを補強する何かを持っている。汎用力だけ伸びてる人なんかいないと思うんだよね。

奥野: なんでもできる人は汎用性が高いというよりむしろ、専門性がいくつもある、のかな。じゃあ、藤田先生の図の対案は出せますか?

冨田: 対案が出ないから難しいし、現状では藤田先生の図が最善だと思う。
多様性についてさらに言えば、各々伸ばしたいスキルと程度は人によって違うから、自分に必要なスキルセットを各々が認識できていて、自分の過不足を分かっている必要がある。超域のコースワークを通して、スキルセットを自分で描けるようになるべきだし、描けるようなカリキュラムになっていると思う。

「超域コンパス」を指標に、自分のゴールに向かう

奥野: スキルセットといえば、履修生の中で超域コンパスを使うことに熱意を持って取組んでいるのは、僕、トミーさんくらいしか知らないですよ。どういった理由で超域コンパスにあそこまで真剣に取り組まれているのでしょうか?

超域生は学期ごと、履修した授業科目・活動ごとに「超域コンパス」に沿った自己評価を記録しています。超域人間力、超域ネットワーキング力、超域思考力、超域リーディング力、超域実現力、超域専門力の6つのKey Driversとそれらをさらに細分化したdriversごとに各自目標点を定め、現在の自己評価点と比較し分析します。また超域における全てのコースワークについて、履修することで各スキルのうちどれを伸ばせるかがシラバスに明示されており、履修科目選択の指標とすること、履修後の振り返りに活用することを推奨されています。学期ごと、コースワークごとの自己評価の記録はチューター教員との間で共有され、これをもとに今後の方針を話し合うチューター面談が毎学期実施されています。

冨田: あれ、すばらしいよ。専門性はスキルセットの一部でしかないし、スキルセットをプロットして描かれる円の面積が広ければいいわけじゃない。向かいたいところを描けて、そこに向かえる人が超域生。超域コンパスってスキルセットの円を過不足なく描けていると思う。

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図2 超域コンパスをプロットして描いた図

奥野: なるほど。例えば、先ほどの話に上がっていた「プレ・インターンシップ」でアメリカに行ったことは、自分の向かいたいところとそのためのスキルセットを描く助けになりましたか?

冨田: アメリカに行ったことは、「自分って何?、今の自分に何ができる?、これから自分は何をしたい?」ということを考えるうえで役立った。違う環境に行って、いろいろな人と話して、それらの経験を通してゴールを描いた。でも具体的にやるべきことはまだ見えてこない。
そこで出てくるのが超域コンパス。このゴールに向かって、どこを目指すべきかも、自分の現状もわかる。そして足りない部分をコースワークで補う。こういうきれいな形を僕は超域に見出して、活動してきた。ただこれは僕のやり方。超域にはいろんな活用の仕方があると思う。ゴールはいくつあってもいいから。
ただしみんなで目指すものは、よくわからない「超域」というもの。なにかを見て、「これは超域じゃない」とは言えるけど、「これが超域です」とは言えない。参加して空気感を体験していくとわかるものだと思う。

奥野: 超域生はその超域のビジョンを共有していると思いますか?

冨田: 少なくとも1期生はしていると思う。プログラムが進むにつれて、ビジョンを共有しつつ、各々が超域への向き合い方を決めていった

奥野: 1期生とはどんな関係ですか?他の博士課程の大学院生と比べて、ネットワークの広さを感じますか?

冨田: 1~3年目までは頻繁に会っていたけど、今は以前ほどではない。でもバラバラに動いてるけど、何かハブのようなものを通じて繋がっている。このハブが超域の共有するビジョンなのかな。気心知れていて、いつでも何でも言い合い、助け合える相手。人数はともかく、他分野にそんな友人がいるという意味では特にネットワークが広がったように思う。

研究と超域の位置づけ

奥野: この5年間、研究とはどのように向き合ってきましたか?例えば、将来研究職に限らず多様な業界で働くことを目指す個人として、専門研究一辺倒の人材になることへの不安など、研究面での不安はありましたか?

冨田: 専門という強みがあるのだから、究めれば研究一辺倒でもいいと思う。それでも研究一辺倒を避けようとするのは、就職活動があるからでしょう?でももはや就職先を国内で考える必要はないし、専門が好きでそれを強みと思うなら、その強みを発揮できる場所に行けばいい。

超域にいながら博士号を取るメリット

奥野: じゃあ、トミーさん自身は、博士号を取るメリット自体はあまり感じていないんですか?

冨田: 専門性を証明する一つの証になるな、と感じてる。博士課程に行ったメリットは、一つ目は専門性が身についたと感じられたこと。二つ目は、研究を進めるうえで、統計ソフトも使うし、エクセル、プレゼン、ワードも使うし、学外の企業や研究者と連絡もする。そうしてるうちに新社会人の研修で習いそうな基礎的なスキルの習得はいつの間にか終わってるということ。どこの世界で働くにしても、基礎はできていて、スタート地点には立ってる。あとはその業界の専門知識を組み込めばいい。こうした基礎のスキルは、研究をしたからこそ身についた。

超域を壊してほしい

奥野: トミーさんたちは、1期生として超域を自分たちで作ってこられたわけですが、今の超域に対してどう思っていますか?5年間駆け抜けてみて、どうでしたか?

冨田: この5年間で超域プログラムはいろんなことが変化していった。カリキュラムは確かにきれいに整ってきたと思うけど、ずっと変化を続けなくては、「超域」じゃないんじゃないかとも思う。
洗練されて、完成度が高くなって、「これを受ければ『超域』というものに一歩近づける!」、と受講生も先生も思えるのであればいいけど、「この授業はまだ物足りないな」と思うところがあるなら、変えていくべきだとおもう。

奥野: なるほど。それでは、その超域にこれから入ってくる6期生にメッセージを頂けますか?

冨田: 超域を壊しにかかってほしい。超域を何度も再構築してほしい。安定と超域は相容れない。超域は向上心をもってとチャレンジ精神を発揮したい人にとっては生き生きできる場。自分のことを考えて、自分と向き合って超域に進むことについて考えてほしい。ビジョンはないけど、現状に不満があるのなら、超域を自分と向き合う場にしてほしい。
あと、超域に参加しようと思う人は、たとえ超域を選ばなかったとしてもおそらくいずれ超域が目指すような人材となる人。だから、選択肢のひとつとして、超域を考えればいい。もしだめでも、同じような場は他に世の中にいくらでもあるから。

超域に育てられたというよりは、超域とともに歩んできた5年間。まもなく社会に旅立つ冨田さんは、超域のビジョンの下、自ら選び描いたゴールに向かって、着実に歩みを進めています。この記事を通して、超域プログラムへの出願を検討している皆さんのなかで、超域プログラムについて少しでもイメージが膨らめば幸いです。超域一同、6期生の皆さんのご応募をお待ちしております!

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