授業名:スポーツコミュニケーション
担当教員:岡本 依子(アスリートネットワーク)
     平井 啓(未来戦略機構)
     黒崎 健(工学研究科)
     山村 麻予(未来戦略機構)
Texted BY: 大阪大学大学院 情報科学研究科 2015年度生 林 勝悟
Edited by: 大阪大学大学院 工学研究科 2014年度生 立山 侑佐
Movie by: 大阪大学大学院 工学研究科 2014年度生 白瀧 浩志

今回の授業レポートでは、私たちが参加した「スポーツコミュニケーション」という授業ついて超域4期生の林勝悟が紹介していきます。全ての内容をお伝えしたいところですが、 今回は私個人が特に学ぶところが多かった場面に注力してお伝えします。授業の他の部分については教員レポートや昨年以前に執筆された履修生レポートを参照してください。

■はじめに

 私たち超域生は大学院生として、原子核やロボティクス、法哲学などそれぞれの専門分野で日々研究を行っています。普段の超域プログラムの授業では、幅広い知識を得るために専門外の分野の授業も受けています。その中で、「スポーツコミュニケーション」は今までの研究生活や、普段の超域の授業とは非常に異質な授業です。なぜなら、「ライフスキル」というものについて学ぶことを授業の目的に、2泊3日のスポーツ合宿を通じて様々なスポーツやトレーニングを行い、自分の限界を知り、超えることを目指す授業だからです。
 下表に今年度の合宿スケジュールを載せています。「タイトでハードそうだ」というのが、最初に受けた印象でした。

スケジュール-01

 そもそも、なぜ今、大学院生である私たちに運動の授業が必要なのでしょうか。とはいえ、確かに運動することは研究ばかりしていて凝り固まっている頭のリフレッシュにいいかもしれないと、なかばイベント的な意味あいでこの授業を捉えていました。加えて、オリンピックメダリストや元日本代表選手が合宿のコーチを担当してくださると聞き、プロから学ぶという貴重な経験ができるという期待感も大きかったです。

— 合宿 —

■身体的負荷の中の感覚

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 早朝から合宿所へ移動した1日目の午後には、体力測定の一貫として3km持久走を行いました。昔から運動が苦手ではない私にとってはそこまで長い距離ではありませんが、急勾配を持つきついコースでした。アテネオリンピック4x400m男子リレーで4位に入賞された山口有希先生もその急勾配を見て「きついなー。」と言葉がもれるほどです。実際に本気で取り組んだ持久走では、久々に運動のしんどさを味わいました。心臓がバクバク鳴り、足に乳酸が溜まって全身が重くなりながらも、何も考えないようにしてただただ足を前に動かしました。
 走っている時はかなりしんどかったですが、当然、夜通し研究している時のしんどさとは全く異なります。普段の私が取り組んでいる「研究時」に感じるしんどさは、頭に圧力がかかり全身の感覚がクリアでなくなっているように感じます。しかし「運動時」は、しんどさを感じて頭はボーっとしているが、全身が脈を打ちながら身体に対する認知がクリアになっていくように感じます。この時、ストレスや悩みなども含む無駄な思考が一切なくなるため、ある意味で運動に集中した状態になっているのではないかと思います。
 少し話は逸れますが、私は中学生の時に勉強面でもスポーツ面でも最も成長できたと感じています。若かったからという単純なことではありません。それは、しんどさや大変さなど余計なことを一切考えず、勉強やスポーツに対して真っ向から向かい合い、純粋に集中できていたからではないでしょうか。今回の持久走でも、肉体的なつらさはあったものの、身体に対する認知がクリアになり、余計なことを考えずに物事へ取り組むという体験ができました。一種、中学生当時の再現であったとも言えます。そういう意味では、たまのスポーツで自分自身をクリアにすれば、身体精神ともに異なる視点から物事を考えるができ、より深い思考をすることができるようになるのではないかと感じました。

■再認識した運動と思考の関係

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 運動と思考について少し言及しましたが、長距離走のあとに実施された短距離走トレーニングとメンタルトレーニングでその重要性について再認識することができました。  まず短距離走トレーニングでは、 上述の短距離走のプロである山口先生に走り方を教わりました。トレーニング前は、短距離走は全身の筋肉を使って力強く走ることが最重要であると考えていましたが、山口先生が主張されていたことは全く異なりました。それは、「全身の力を抜き、頭も体もリラックスした状態で、体を鞭の様にしならせながら走る」ということでした。というのは、少しでも精神状態が緊張すれば、 身体も強張ってしまって余計な力がかかり、前に進む力が弱まってしまうからだとおっしゃるのです。実際にその教えを意識して走ってみると、すぐに反映された訳ではありませんが、繰り返すうちに良いタイムを出すことができました。 私は走ることについてそこまで考えたことが無かったため、素直にプロの考えに感心するとともに、精神と身体の結びつきについて、実感的に理解することができました。
 金沢大学准教授である村山孝之先生によるメンタルトレーニングでは、 スポーツをするための良い精神状態の整え方について教わりました。村山先生によると、スポーツにおいて緊張した際に上手くプレーを行えない理由は大きく2つあるそうです。1つ目は、「分析まひ」といい、1つのプレー動作に集中しすぎたために、結果的に全体のパフォーマンスのバランスが崩れてしまうというものです。2つ目は、「注意散漫」といい、結果など外部のプレッシャーに気圧されてしまい、プレーへの意識がおろそかになってしまうものです。これらに対する有効な手段として、「Quiet Eye」を村山先生はご紹介されていました。Quiet Eyeとは、どこでもいいのですが、ある一点に視線を固定する動作です。それにより、分析まひや注意散漫状態で余計な箇所に集中されていた意識がその一点に集まり、過度な緊張をほぐし普段の自然な動作を行うことができるようになります。車酔いした時には、遠くのある一点を見つめると症状が緩和されるという教訓とのアナロジーを感じることもできます。このことも、身体と精神の結びつきを示す事象として印象深く感じました。
 以上の2つのトレーニングから、身体と精神は密接に関連しており、気持ちのコントロールにより身体的パフォーマンスを向上させることができることを強く認識することができました。この心の制御はスポーツのみならず、普段の日常生活においても非常に有益であると思います。 例えば、Quiet Eyeは、プレゼン時や、ハプニングが起こってしまった時、疲れて注意力が散漫になっている時に行うことで、冷静に意思決定を下せるようになるのではないかと思いました。

■勝敗で見える感情

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 トレーニングの中で、競技として個人的に燃えたのは、テコンドーとソフトボール練習でした。久々にスポーツのスリリングな感覚を味わうことができました。
 まず、テコンドーでは勝敗が明確につくというスポーツの要素を体感することが出来ました。テコンドーは、シドニーオリンピックテコンドー女子銅メダリストの岡本依子先生に教えていただきました。テコンドーという競技は空手に似ていますが、蹴り技が非常に多彩であることが特徴です。蹴り方などの練習を一通りした後、試合を行いました。この合宿での特別ルールで、1対1で相手の胴体に先に突きもしくは蹴りを決めた方が勝ちます。勝つことは純粋に嬉しいし、その感覚は自分を突き動かす動機づけとなります。また、勝悟という名前を持つ私としては、絶対に試合で勝ちたいと思っていました。
 試合は、自分よりも体格の大きい相手と行いました。少し試合中の動きを思い出してみます。−−−相手がいつ攻めて来ても対応できるように間合いをとり、相手が突いてきたから少し引く。相手が蹴りをいれてきたから、片手で防ぎつつ間合いを詰め、もう片方の手で突きを入れるが決まらない。そして、相手が体を引いた時、その瞬間を見逃さず相手の意識が薄れた胴体へ蹴りを入れて一本を決め、勝利することができた−−−。私は他のトレーニングで1つも見せ場が無かったと思っていたため、その勝利は本当に嬉しいものとなりました。一方、普段の授業で、議論で白熱することはあっても、日常的には落ち着いている超域生が、試合で負けて非常に悔しがっているところを見ることもできました。勝ち負けで人間が決まるわけではないですが、スポーツはその要素のために嬉しさや悔しさを私たちに与え、私たちはそれを楽しむことができると改めて感じました。

■挑戦し続け、達成するということ

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 テコンドーを実施した同じ日の午後には、アテネオリンピックソフトボール日本代表の監督を務められた宇津木妙子先生にソフトボールの練習を指導していただきました。短い時間のなかで、「挑戦し、乗り越える」という経験ができたと感じています。
 宇津木先生は指導を受ける選手からは鬼と言われるほど厳しい監督で、優しく指導してもらったはずの私たちのトレーニングでも、その気迫を感じることができました。特に、最後に行った練習が印象に残っています。宇津木先生が球をノックし、20人程の超域生が1人ずつノックされた球をキャッチしていくという練習です。その時、一人でもキャッチをミスすると、はじめの一人からキャッチをやり直すというものでした。もちろん私たちの運動能力には差があるため、全員連続キャッチ成功にかなり苦戦しました。何度もやり直すなか、「これは無理だ」「終わらない」といった苦笑いまじりの弱音が聞こえ、私も正直無理かもしれないと一時思っていました。それでも、何回も失敗と挑戦を繰り返し、やっとのことで何とか最後の一人まで到達することができました。しかし、キャッチしやすいノックを打ってくれるのでは、という甘い期待をよそに、宇津木先生は私たちを甘やかさず、厳しい球を打ち、最後の一人はキャッチに失敗してしまいました。しかし、ここまでできたのだからできる、やらなくては、という気持ちが沸いてきて、ミスするごとにみんなで気持ちを切り替えて何度も繰り返し挑戦しました。20回も失敗したかというころ、とうとう全員連続キャッチに成功することができました。意図せずとも、みんなが一箇所に集まり、「やったー!」と喜び合いました。その時の感覚というのは、 高3の秋、大学受験で非常に苦労していた中で体育祭をやりきった時の感覚に似ています。みんなと困難な状況を乗り越えると、本当に嬉しくて、これからまたもっと頑張ろうという気持ちになるのだ、ということが再認識できました。

最後に

 今回、普段研究を行っている大学院生たちが、2泊3日で本格的にスポーツに取り組みました。大学院生となり深い専門知識を身につける一方で、頭でっかちになってしまった私たちにとって、スポーツを通して身体と思考のつながりを理解し、メタ的に自己認知をすることができたことは、今だからこそ、良い経験になったのではないかと思います。普段の授業でこのようなことを学ぶことは難しいですが、普段の授業や日常生活に転用できる、そんなスキルを身につけることができました。今後、ここで得た経験を様々なフィールドで活かし、社会で活躍できる人材となっていこうと思います。
 しかし、今回のスポーツ合宿に対して不満な点や改善点もあります。 例えばスケジュールがタイトすぎたため、食事の後すぐに激しい運動を行うこともありました。そういった点は、来年度の超域生たちのために改善し、より良い授業となることを期待します。
 最後となりましたが、改めて合宿中ご指導いただいたアスリートの方々やスタッフの方々、サポートしていただいた超域の教員や、ファシリテーターとして参加してくださった先輩の方々に感謝の意を表したいと思います。