Texted by 大阪大学大学院法学研究科(超域2014年度生)常盤 成紀

――企業が生き残るには、経営に新しいタイプの高度人材が必要なのではないか。失われた20年の末に、一部の企業のトップたちの間ではこのような意識が共有されるようになりましたが、いったいそれはどういう意味なのでしょうか。このことについて筆者たちは、Panasonic株式会社の宮部義幸氏に、直接お会いしてご意見を伺う機会を得ました。宮部氏は、五年前、超域プログラムの立ち上げにかかわってくださった方の一人でもあります。その宮部氏は、履修生たちはその後どのように育ったのかに高い関心を持っており、今回の面談は、その履修生たちと一度会って、ざっくばらんに話をしてみたい、という宮部氏のご要望から実現したものです。本稿では、そのときの会話で得られた示唆から、冒頭の問いに迫ってゆきたいと思います。

 日本の企業の多くは長らく、新卒一括採用と現場配属、叩き上げの経営職登用で人材システムを回してきました。それは企業のかかえる課題が明確だった時代には非常に適合的で、それぞれの事業に適した技術を身につけ、所与の課題に着実に取り組んでいく人材が確保され、業績の伸びに貢献してきました。しかし、社会が右肩上がりの成長を終え、いわゆる定常型社会に入ると、企業は次のステージに進み成長するための突破口を見つけなくてはならなくなりました。それを別の側面からいいかえれば、企業の課題が、環境から与えられるものから、それ自体見つけるべきものに変わったということでしょう。失われた20年とは、いわばこの状況における社会の頭打ち状態であり、ここにあって企業は、このメタ化した課題に取り組む必要性を痛感するようになりました。こうした一般論を筆者たちが宮部氏に投げかけたところ、やはり宮部氏もこの問題意識を共有しているようで、企業として、新たに課題を設定し、従来の事業を軸にしながら違う領域に事業を展開していく、あるいは新しい事業領域を創造していく必要性を感じているようでした。しかしながら他方で、これまでの人材システムでは、そうした課題に取り組むことができる人材が確保しづらいと考えているようでもありました。

 一般に新卒一括採用と現場配属による人材育成ではこれまで、各現場の教育係が白紙状態の新人に解くべき課題と解き方を教え込み、それを何度も実行させることで、個別の分野で心強いプロフェッショナルを生み出してきました。これがたとえばメーカーであれば、要素技術の知識に明るく、「何を組み合わせれば何ができるか」といった思考にたけた人材が育ちます。しかしながら一方で、こうしたプロたちにとって、「そもそも解くべき課題は何か」という問いを立て、答えを出すというようなことは経験してこなかったため、守備範囲外となります。また、企業としてはすでに述べたような、これまでと異なる事業領域への展開、新しい事業領域の創造といった課題と向き合う際に、大なり小なり新規プロジェクトを仕掛けていかなくてはならないわけですが、これまでプロジェクトの経営職は現場からの叩き上げが多く、そうした新しいタイプのプロジェクトを牽引する経営職が企業内で不足しているのが現状です。

 こうした人材的な課題について宮部氏とディスカッションする中で浮かんできたのは、宮部氏が、こと経営職という領域においては、新しい形の人材システムを取り入れる必要があると考えているのではないかということでした。そのシステムとは、具体的には、これから企業が解くべき課題を新たに設定し、チームを組織してそれに取り組むことのできる高度人材の登用と育成です。これはいいかえれば、社内起業家、イントレプレナーの確保といってよいでしょう。そしてそれは広い意味で「経営者」と表現されるべき存在であると思われます。宮部氏は、そうしたイントレプレナーになるべき人材は、もちろん企業の内外に潜在的に存在しているでしょうが、これまで企業が育成してきたようなタイプの人材とは異なる適性を持った、別個の存在であると考えているようです。それゆえに、そうした人材については、既存の採用制度とは別で登用し、また既存の人事制度とは別で社内で育成する必要があると考えているようにうかがえました。誤解のないように補うとすれば、このことは現場と比べて経営者エリートを特別扱いするというのではなく、そもそも現場と経営者側とでは、適性や担うべき役割、求められているスキルが違うのであり、それぞれのパフォーマンスが適切に発揮される環境を用意しなくてはならないという認識に立っていることではないかと思われます。今回筆者たちは宮部氏とのやり取りの中で、宮部氏が、これまで述べてきたような方法で新しいタイプの高度人材を確保することで、企業を取り囲む厳しい環境に対抗することを模索しているのだと感じました。また、おそらくこういったアイデアは多かれ少なかれ、他の企業の経営者のアンテナにも引っかかっているのではないかと思われます。

 宮部氏を含めいくつかの企業の経営者たちは、日本と違って海外の博士号取得者の中には、アカデミックな素養にとどまらない、高い経営能力を持った人々が多数存在しており、実際そういった人々の多くが優れた経営を行っているという事実に関心を寄せています。このささやかながら重要な事実がある中で、「解くべき課題を新たに設定し、チームを組織してそれに取り組むことのできる」、新しいタイプの博士人材の輩出を目指す超域プログラムは、これまでほとんどの研究職に限られてきた博士人材の活躍の場を、大きく社会に広げてゆくことが社会的な使命とされているように思われます。ときあたかも、今年度で第1期生が超域プログラムを修了します。私たち履修生が今後どういった場所で活躍するのか、模索とチャレンジの日々が続きます。

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