Texted BY: 2013年度生 高田 一輝樋口 舞衣
2014年度生 飯田 隆人小川 歩人大門 大朗
常盤 成紀劉婷、(若林 正浩:ふりかえり会欠席)
2015年度生 猪口 絢子宮原 浩維
引率教員:檜垣 立哉(人間科学研究科)
ノートテイカー:石井 大翔(2016年度生)
カメラマン:小林 勇輝(2015年度生)
執筆担当者:猪口 絢子
取材日 2017年2月6日

 2017年1月上旬、大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生と教員の有志11名で、イスラエル・パレスチナへ4日間の研修に行って来ました。企画、訪問先選定、事前学習から事後学習まで、多くの皆様のご協力のもと、学生主導で作り上げた研修です。当初「よく分からない」土地であったイスラエル・パレスチナは、研究分野も関心も異なる11人の目に、それぞれどのように映ったのか。研修参加者によるふりかえり会の様子をお届けします。

■ イスラエルとはどんな国?

 現在イスラエルがある地域は、古代から多数の勢力が支配権をめぐり争ってきた土地で、今日でも多くの史跡が残されています。ユダヤ人の祖先といわれているヘブライ人(イスラエル人)もその勢力のうちの一つで、紀元前11世紀にこの地でイスラエル王国を建国しました。しかし他の勢力により王国は滅ぼされ、その後ユダヤ人は様々な勢力の支配下におかれます。こうした歴史を経て、多くのユダヤ人がこの地を追われ、世界のあちこちに散らばりました。
 一方現代イスラエル国家とは、1890年代に始まる世界的なシオニズム運動(各地での迫害を逃れ、ユダヤ人国家建設を目的とする運動)によりこうしたユダヤ人たちが移住し、1948年に建国が宣言された新しい国家です。そのためイスラエルに「伝統的な文化」はないと言われています。しかし私たちが最初に訪れたテルアビブの街では、史跡以外に多くのモダンアートを見ることができました。この土地が本来持つ歴史の重層性という魅力に加え、新しい伝統を皆で作り上げていこうとするユダヤの人々の力強さを感じることができました

嘆きの壁で熱心に祈るユダヤ教徒

 ところが、この建国の経緯は現在も続くユダヤとアラブの対立の火種でもありました。シオニズム運動によるユダヤの移民が始まった当時、この地はパレスチナと呼ばれ、既にアラブの人々が住んでいました。アラブは拡大するユダヤコミュニティに反発し、ユダヤ・アラブ間の対立は激化します。そしてイスラエル建国宣言と同時に第一次中東戦争が勃発し、その後も三度にわたる戦争と民衆の蜂起が続きました。20世紀末に全面的な戦争は停止しましたが、双方の過激派の活動は最近でも活発で、イスラエルの街ではテロ防止のため厳重な警備体制が敷かれ、さらにミサイル攻撃に対する避難訓練が日常的に実施されています。現在イスラエル側にはアラブ・マイノリティが存在し、自治が合意されたパレスチナ側には多くのアラブが居住します。近年イスラエル政府はテロ対策として、ヨルダン川西岸地区を囲う形で分離壁の建設を続けており、国際社会から多くの非難の声が上がっています。
 私たちがイスラエルで目にした景色には、この問題の図式を想起させるものが多くありました。ユダヤ側から見た歴史を熱く解説してくださったユダヤ人ガイドさん、嘆きの壁の前で熱心に祈るユダヤの人々、イスラエル兵による分離壁のゲートの厳重な警備、パレスチナ側の分離壁に書かれた力強いウォールアート・・・こうした景色の数々が発する、それぞれの主張のエネルギーをいざ目の前にして、私たちの心はざわつきました。この対立は、もしかしてもう「お手上げ」なんじゃないか。自身のアイデンティティーを積極的に守らなければ誰かに奪われる、というリアルに対峙することで改めて浮かび上がる、他者と共存することの難しさ。事前勉強会で対立の背景を多少学んだにもかかわらず、私たちは現地に行って改めて、イスラエル・パレスチナという土地の「よく分からなさ」を突き付けられたのでした。

 いざ現地を訪れても「よく分からない」ことの多かったイスラエル・パレスチナ。この土地で得た経験を、私たちはどう理解すればいいのか。ここからは、ふりかえり会で実際に議論された、学生たちの声をお届けします。

 

ベツレヘムの分離壁とウォールアート

■ 私たちにとってイスラエルとは「分からない」ものだろうか?

飯田:この研修を通して考えたんだけど、ユダヤとアラブの関係って日本人にとって「異質」で、本当に「分からない」ものなのかな。僕の実家は港町で、東海大地震が来たらかなり危ないんだよね。でも、いつか津波が来るって分かってるのに住んでる。厳しい環境なのにそこに住み続けるっていうのは、イスラエルの人々とあまり変わらないんじゃないの。僕らの感覚と向こうの感覚、本質的には違わないのでは?

小川:僕は、日本で日常的に地震に対する避難訓練を行っているのと同じように、ミサイル攻撃やテロからの避難訓練を行っているというこの土地の状況に、「やばさ」を感じた。地震との違いは、人の敵意であるということ。地震は自然的条件でしょうがなさがあると思うけど、人の敵意が向けられる土地になぜ住まなきゃならないのか。宗教性もだけど、第2次世界大戦の記憶から、いろんな記憶の積み重ねがあってそういう結論に行きついたんだろうな。

高田:整理すると、我々は彼らの「逃げないメンタリティ」については分かるんだよね。逃げない危険の種類について理解が及ばないだけで・・・。僕は敵意が向けられたら逃げる。判断基準は恣意的。線引きの仕方が違うんだろうな。

樋口:生まれた時からミサイルやテロの脅威がある生活やったら、それが彼らにとっての日常で普通の状態なのかもしれない。たぶん彼らからしたら、私たちも「こんなに地震の頻発する土地によく住むなあ」と思われたりするんやろう。

大門:災害をきちんと分類するなら、自然災害と人的災害に分けられる。災害とは端的に言うと、「全くの外部から急に自分たちが被害を受ける」ということで、自然災害と言ったら例えば震災、人的災害と言ったらテロとか戦争。でも自然災害と人的災害という区分は、自明なものとして僕らが分けちゃってるだけで、広い意味では同じもの。日本人と防波堤の関係と同じように、イスラエルの人にとっては分離壁も普通の壁なんだと思う。

猪口:自然に対する壁と人間に対する壁の二種類をあげて話が進んできましたが、その区分以前に、今の日本にも「人間に対する壁」が作られる根拠になりうる、多くの社会的分断があると思います。移民、宗教、障がいの有無、ジェンダーとか。

宮原:分断が存在するという事実は似ているのに、なぜ日本ではイスラエルほど問題になってないんだろう。国内の分断に加えて、国際的な分断に着目すれば、例えば隣の韓国との距離感、今の日本はうまく対処できているのかな。間に海があるから、比較的対処しやすいのかな?

檜垣:陸続きだったら戦争になっちゃうかもしれないよね。

■ どうしたら分断を解決できるのだろうか?

飯田:猪口さんって紛争解決を研究しているけど、どの状態のことを解決というの?

猪口:あくまで政治的な部分だけを言えば、過激派を含め全ての人を巻き込んで、次の社会をどうやって作ろうかっていうのを合意した状態、でしょうか。全てのステークホルダーが平和裏に意見を表明できる政治環境を作るということ。ただ合意するだけでなく、合意をきちんと履行していく努力や、政治以外のアプローチももちろん必要です。

高田:そもそも過激派は席に着くことはあるの?

檜垣:話し合いは難しいことが多いかもしれないけど、例えばPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト元議長やキューバのカストロ元議長はカリスマ的で、そういう鶴の一声で周りも席に着くんじゃないかな。

常盤:理想状態と失敗状態の二元論ではないと思うんですよね。現実問題ではどこかで切り捨てられる人はでてくる。理想状態と失敗状態の間にはギャップがあるけど、このギャップを受け入れられないと、前に進めない。政治っていうのは一歩一歩前に進めなければならない

猪口:確かに、現実に今できることについて交渉を続けていくのも重要ですよね。

飯田JICAの行っていたインフラ整備とか、そういう政治以外の部分で、暫定的にでも前に進む精神は大切だと思う。政治的な交渉も続けていかなきゃいけないけれど、例えば下水を整備するとか、人々の生活環境を改善していくことは、平和構築というものにつながっていくんじゃないかな。

高田:工学の視点から言うと、インフラを整備することで人々の生活は豊かになるという前提がある。単純に言うと、インフラが貧困だと心の持ちかたも貧しくなる。政治だけで解決するのが難しい問題に対して、橋渡し的な意味で工学屋さんが入るというのは可能性としてアリなのではないかな。

檜垣:きれいな水が出るかどうかは大事だよね。

猪口:もちろんインフラ支援は平和構築の重要な要素だけど、物質的な豊かさを高めても独立運動が収束しなかったという事例もあります。アイデンティティーの問題と物質的豊かさや貧しさは必ずしも直結しないことも頭に入れておかなければなりません。

高田:誤解がないように言っておくと、必ずしも豊かなインフラを与えれば心が豊かになって全てが解決するといっているわけではないです。でも少なくとも貧困であるがゆえに起こる対立は解決できるだろうし、ある程度潤滑油として、ぎくしゃくしている部分で機能することができると思う。

飯田:過激派も含めて対等に話すには、ある程度の常識や共通認識が必要だと思う。そこで、まずはきれいな水を流そうとか、学校教育を浸透させるとか、そういうところが具体的な出発点になるんじゃないかな。

常盤:人々の交流には政治レベルと民間レベルがあって、政治の次元だけで切り取って悲観的になるのはナンセンス。逆に言うと、僕たちが最初に手を付けられる場所はそこくらいしかない。

■ 多様な人々の住む社会で、共通の価値観は創造できるのだろうか?

檜垣:僕がやっぱり気になるのは、1972年の日本赤軍によるテルアビブ空港乱射事件について。あそこまできれいに日本人に対する感情が払しょくされているとは思わなかった。イスラエルの人たちは本当に日本人に対して何も思ってないのか、気になる。

飯田:どうなんでしょうね。例えば日本人が原爆を落としたアメリカ人に敵意があるか、というと必ずしもそうではありません。年月の流れの中で風化すること、例えばアメリカ人への敵意もあるでしょうし、一方でずっと残ること、例えば核への恐怖心もありますね。この違いはなんでしょうか。

小川:アメリカと原爆という話が出たので言うと、ホロコースト博物館については明らかに展示に力を入れていて、敵対心が強く見える。教育面でもそうだけど、記憶の種類によって記憶の比重っていうのは変わるものなのかな。

常盤:それは政治的に必要だからかな。

小川:それなら原爆の話だって政治だし、連合赤軍も政治だし。いろんな政治の問題がある中で、イスラエルはそこにフォーカスを当てて記憶の政治をしているのかな、という印象をやはり強く持った。

猪口:記憶、つまり歴史の捉え方は見る人によって様々。このことも分断の解決を難しくする一因なんでしょう。

樋口:歴史認識以外に、道徳や倫理とかの価値観はどうやろう。日本の道徳教育と似たようなものでムスリムにはイスラム教育があって、イスラム独自の価値観が教えられるって聞いた。こんなふうに他の宗教や民族にも独自の価値観があるんだとしたら、多様な人々が住む社会で国民共通の価値観って何を軸にして構築すればいいんやろう。そういう価値観をある程度共有していれば、防げる紛争や対立もあると思うんやけど。

高田:自分たちの価値観だけを信奉していたら、やっぱり異質なものとぶつかったときに争いになる。他者とぶつかる環境が少ない日本だから、民族特有の道徳教育でも問題はないんじゃないかな。

常盤:日本の道徳と西洋のいわゆるvirtueっていうのは起源が違うんだよね。根本的に西洋的な物と日本的な物の起源が違って、訳せない部分がある。イスラエル・パレスチナみたいな話をするときに、日本的なものとそうじゃないものを安易に混ぜて話すことはできない。
もう一つ言うと、道徳や倫理というものとは別に、利害対立としての宗教対立がある。純粋に異教徒が自分の隣にいることが「やばい」、という感覚は、道徳を守るとか守らないとかとは別の次元だと思う。

檜垣:これから先の話になるけど、多かれ少なかれ日本は移民社会化してくるわけじゃないですか。東京でも、例えばムスリムが増えている。誰がどうしようとグローバル化は進むし日本にいる限り避けられない。その時に、日本的な日本人が直面したことのない問題が生まれてくるでしょうね。

 ふりかえり会では、「よく分からない」国であったイスラエル・パレスチナをなんとか理解しようと、ここで紹介した以外にも様々な視点からの考察が試みられました。彼らを自分たちの文脈に近づけて考えてみたり、逆に自分たちを客観視して相対化してみたり。しかし今回のふりかえり会を通じて痛感したのは、そうした試みの有用性と、その限界でした。フラットに物事を見ているつもりでも、私たちの思考は無意識のうちに、自身の経験やアイデンティティーに良い意味で染まり、悪い意味で侵されています。このことに極めて敏感でいなければ、上述したような試みは単に乱暴な誤解を招くだけで終わってしまうでしょう。ふりかえり会の中で「訳せない部分がある」という指摘があったように、「よく分からない」にはよく分からないなりの理由があることに、私たちは自覚的にならなくてはなりません。昨今の「分かりやすい」ばかりが好まれる風潮の中で、こうした難しさに真摯に立ち向かうことこそが、今重要であり、大学院で学ぶ私たちが取り組まなければならないことなのだと思います。

 普段、学問領域など様々な「壁」を超えようとしている超域生ですが、イスラエル・パレスチナを実際に訪れたこと、また参加学生間で現地に対する異なる視点をぶつけ合ったことで、壁の存在を改めて実感する結果となりました。例えば紛争解決の議論において政治手続きに重きを置く学生もいれば、インフラ整備等実質的な環境改善に重きを置く学生もいました。こうした壁を超えるには、まず壁にぶつかり、壁の存在に自覚的になり、なぜ壁ができるのかを問わなければなりません。今回のイスラエル・パレスチナ研修を通し、参加者たちはそうしたかけがえのない経験ができたように思います。この経験は、次に「よく分からない」他者に対峙した際にこそ、活きてくるのではないでしょうか。
 最後に、今回の研修及び事前学習にご協力いただいた皆様、誠にありがとうございました。

高台からエルサレム旧市街を臨む

ふりかえり会の様子