授業名:超域自主設計科目Ⅱ-a 【※】
Texted BY:人間科学研究科 2014年度生 小川 歩人(授業企画者)

“君が望むのなら 何にでもなる”

ゆるめるモ!「idアイドル」 【※1】

“幸せな生活とはあなたを求めて、あなたによって、あなたのために喜ぶことである。これが幸せな生活であって、この他には幸せな生活は存しない” 

聖アウグスティヌス『告白』第十巻 第二十二章 【※2】

■はじめに アイドルIdolという幻影、イドラIdola

 周知の通り、フランシス・ベーコンは正しい知を覆い隠す四つの幻影=イドラ(Idola)を批判した。四つのイドラとは、人間本性に内属する認知の歪みである種族のイドラ、個人的な経験や判断に閉じこもることで生まれる洞窟のイドラ、人々との交流、社交のなかで生まれる誤解や齟齬である市場のイドラ、架空の物語をつくりあげる劇場のイドラである。これらのイドラを排し、経験に基づいて実験と観察を繰り返すことで、われわれは一般性をもった知を獲得することができる、そのように論じたベーコンの理念は、彼の死後、17世紀半ばにイギリスの王立協会、フランスの科学アカデミーへと受け継がれ、当然、今日のアカデミアにも響いている。

 確かにベーコンはそのような「イドラ」を排することがわれわれを「真理」へと導くと信じた。「アイドル=偶像Idol」はその原義からして、真理の場所たるアカデミアから排除されるべきものだっただろう。わたし自身、この講義を企画するまでは真っ当にアイドルについて考えようとしてはいなかった。しかし、そのようなアカデミアの思考の死角をあつかうことができないだろうか。むしろアカデミアの外部へ飛び込み、アイドル的な、イドラそのもののクリエイティヴィティの現代的意義を問う必要があるのではないか…

                  *                  

 自主設計科目は、前期セメスターでシラバス設計をおこなう自主設計科目Ⅰ、および設計した授業を後期セメスターで実際に開講する自主設計科目Ⅱの二つからなる科目である。詳細な自主設計科目の仕組みについては、すでに教員、履修生による記事において十全に説明がなされているのでそちらを参照していただきたい(「授業をつくる授業」、「授業の設計を通してメタ的思考法を身につける― 超域自主設計科目:授業レポート」)。アカデミアの外部の未知のエネルギー、等閑視されたアイドルのクリエイティヴィティに出会うため、2016年度自主設計科目Ⅱ-a「アイドルは超域する?−超域アイドルプロデュース論」は企画、開講された。

 講義はモジュール型ではなく集中講義形式をとり、前半(東京1月21日、22日)、後半(大阪大学豊中キャンパス21世紀懐徳堂2月4日)の二部に分けておこなった。講師陣には濱野智史氏(批評家,rakumo株式会社シニア・リサーチャー)、田家大知氏(ディレクター/ライター、「ゆるめるモ!」プロデューサー)、吉村さおり氏(株式会社SCRAPディレクター、「ラストクエスチョン」プロデューサー)、渡辺淳之介氏(株式会社WACK代表取締役)、アイドルグループ「・・・・・・・・・」プロデュースチームの小林安里氏、古村雪氏、みきれちゃん氏、ジム氏を迎え、各々の活動を中心として現代のアイドル現場についてお話しいただいた。とりわけ、濱野氏には全講義に同伴を依頼し、導入、総論、評価を担当していただいた。内容としても講師陣との座談会、ワークショップ、ライブパフォーマンス観覧、授業時間外でのアイドル現場のフィールドレポートなど密度の高いものだった。

講義二日目、田家大知氏、濱野智史氏によるレクチャーの様子

 濱野氏による初回の講義冒頭、スライドに並ぶ「アイドル、そのあまりにも、超域的で、超越的であり、イノベーティヴな存在」という文字列をみた受講生はシラバスを読んでいたとしても面食らったかもしれない。「アイドル」といえば、まずテレビのなかで歌って踊る姿が思い浮かぶかもしれないが、すぐさま、それに留まらない彼/彼女らの活動の広がりに気づき、その摑みどころのなさに気づくだろう。とりわけ2000年代以降のアイドルカルチャーの潮流であり、マスメディアへ露出するのではなくライブを中心として活動をおこなう「地下アイドル」の「現場」は、部外者が一度足を踏み入れれば、その謎の熱気とまさに「君が望むなら何にでもな」れてしまう、「明日が来なくてもどうにかなりそーな気もする」あまりにフレキシブルで、刹那的なアイドルたちの姿に注目せざるをえない【※3】

 ただし、本講義はアイドル論ではなく、アイドルプロデュースに強調点を置いていることに注意していただきたい。地下とメジャーの双方を経由し、自身のマネージメント会社を運営する渡辺淳之介氏は、「自分を変えたい」、「殻を破りたい」という若者の言葉自体はあまりにもテンプレであると率直に述べる。日夜、無数のアイドルが生まれるということ、それはほぼ同時に彼らが次々と淘汰されていくことを意味している。それゆえ、アイドルには、個々人の特性を見抜き、運営をしていくマネージメント、既存のものと差異化されたコンセプトメイキング、ブランディング、それらを実現するパフォーマンス、そして、「アイドル」を効果的にファンに届けるマーケティング戦略など、プロデュースという視点からのプロジェクトの洗練——それは時にはある種の奇矯さ、過剰さでありうる——が求められてきたのである。

 ベーコンが排除しようとした人間の認知、個別的経験、市場における人々の交流、劇場的物語の構築から発する四つのイドラは、現代的に言えば「アイドル」を構成する様々なプロデュース的要素でもあるだろう。語源的なつながりだけではないのだ。ライブにおける観客-演者の共同性、また、パフォーマンスを支えるマーケティング、ステージ=舞台やメディア上での劇場的演出など、雑多で混沌とした多種多様な「イドラ」の源泉が「ありふれた」少年少女たちを、「特別な」アイドルにするのである。さまざまな要素があるが以下では、①アイドル現場のエネルギーがいかに生まれ、②それに対していかに向き合うかという点について述べよう。

■近接性の効果、個人的経験のエネルギーをつくる

 さて、現場のエネルギーはいかにしてつくられるのか。濱野智史氏は、アイドルのエネルギーとシステムの重要性を指摘するが、その際、とりわけ物販での接触(握手やポラロイドカメラの撮影といった演者との近接交流)、ステージ上の演者からのレス(演者と目線が合うこと)といった地下アイドル文化に注目している。握手しただけ、目があっただけ、一緒に写真を撮っただけ、そう言われてしまえばある意味で馬鹿馬鹿しいものかもしれない。しかし、これらのシステムは身体的近接性によって、個別的なエンゲージメントの感覚をつくりだす強力な装置である。「いま会いに行けるアイドル」というコンセプトで近年の地下アイドルの流れに先鞭をつけたAKBグループはエンゲージメントの感覚を非常に効果的に用いて成功を収めたと言える。そして、このような過程は繰り返され、認知(顔と名前を覚えられること)されるかされないかといった観客同士の承認競争の原理にもなっていく。 

 このような効果は観客側だけの話ではない。ゆるめるモ!プロデューサーの田家大知氏は、アイドルというプラットフォームの可能性について観客の側からのフィードバックによって、自信の持てなかった演者たちのパフォーマンスや意識が高まっていく点を指摘する。地下アイドルの現場では無数のアイドルたちが淘汰されていくわけだが、当然観客たちは独自の文化を発展させ続ける。そうするとケチャなどのオタ芸(アイドルのパフォーマンスに合わせた振り)やMIX(パフォーマンスに合わせた掛け声)など洗練された観客側のパフォーマンスが、自信がなく拙いアイドルのパフォーマンスを追い越し、むしろ観客側から会場全体を盛り上げ、演者を後押しするといった転倒した事態がしばしば見られる。このように観客と演者のインタラクションによって、現場の個別的な経験は強化され、独自の雰囲気が醸成されていく。

RPGをコンセプトとした謎解きアイドル・ラストクエスチョンのメンバー【勇者】桃井美鈴さん、
【戦士】浅川琴音さんを招いた「自分ごと化」ワークショップの様子

 そして、さらに個別的な経験は、終演後の感想戦(アイドルイベント後に感想を言い合うこと)の中で広がっていく。どのような握手だったか、いかなる瞬間にレスをもらったのか、どんなチェキを撮ったか、時には終演後朝まで続く感想戦の中で個別の経験を共有し、それらがSNSなどのメディアで拡散されることで、さらなるエンゲージメントへの意欲は高まっていく。吉村さおり氏は、自身がディレクターを務めるリアル脱出ゲームといった参加型ゲームイベントのように、現代のコンテンツビジネスにおいて、出来事を自分ごとにすることが人々を惹きつける重要なファクターだと述べる。上述した以外の要素も無論存在しているだろうが(例えば、在宅オタ、非接触オタ)、地下アイドルが観客とのインタラクションを通して、個別的な経験を強化することで現代的な熱気を生み出していることは確かだろう。

吉村さおり氏によるリアル脱出ゲームの紹介

 本講義の準備段階の9月に立ち上げられたアイドルグループ「・・・・・・・・
・」は、例えば演者の目に視線を遮るバイザーをつけることで、地下アイドルにとって重要なレスを不可能にしてしまっている。これは一見すると、従来の地下アイドルの利点であるエンゲージメントの機会を潰してしまっているようにも思える。しかし、「・・・・・・・・・」コンセプト担当の古村雪氏によれば、現前、近接性を脱臼させることが、むしろ非現前的なアイドルがライブハウスを超え出て、都市全体を覆っていく「都市計画としてのアイドル」というコンセプトを可能にするのだという。シューゲイザー、ノイズといった音楽ジャンルを取り入れる楽曲派(高い音楽性を重視したグループ)的な発想と組み合わされたプロジェクトの成功いかんは今後の展開を待つしかないが、2010年代後半の現在も絶えずさまざまなアイドルたちが次の方向を発明しようとしていることを付記しておく。

【※】引率および担当教員:西森 年寿(人間科学研究科)、山崎 吾郎(COデザインセンター)、小倉拓也(未来戦略機構)、黒崎健(工学研究科)、大谷 洋介(未来戦略機構)

【※1】後藤まりこ作詞・作曲、「idアイドル」『YOU ARE THE WORLD』、ゆるめるモ!、You’ll Records、2015年。

【※2】聖アウグスティヌス『告白』下、服部英次郎訳、岩波文庫、1976年、44頁。訳文については引用者が一部修正をおこなった。

【※3】後藤まりこ、前掲。

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