TEXT BY 松村 悠子
研究科:人間科学研究科
専攻:グローバル人間学専攻
専門分野:環境創成学

はじめに

 私は、海外フィールドスタディでフィリピンを選択した。フィリピンは、日本と同じ島国だが、過去にはスペイン、アメリカ、そして日本の植民地となった経験を持ち、大多数はキリスト教徒だがイスラム教徒等の少数派宗教も存在し、現地語の他に英語を公用語として設定している点も大きく異なっている。
 また、経済発展の最中のフィリピンを訪れるということは、平成元年に日本で生まれ、気がついたときにはバブルが崩壊していた私にとっては、経済成長の力を肌で感じる貴重な機会でもあった。私は、今回のフィリピン訪問に際して、フィリピンにおいて経済発展の勢いとさまざまな文化や価値観の共存する様子を自分の肌で体感したいと考えた。

フィリピンの学生との交流を通して

 フィリピンのフィールドスタディ前半は、首都マニラにおいて、フィリピンを代表的な大学であるアテネオ・デ・マニラ大学のビジネススクールの学生と政治・ジェンダー・環境について文化の視点から議論を行った。
 この活動を通して、最も衝撃的であったことは、フィリピンのReproductive Health Bill (以下RHB)についてのディスカッションである。RHBでは、カトリック教徒の人口比率が高いフィリピンでは、宗教上中絶は好ましくない。しかし、若年層、特に10代での妊娠は経済発展を阻害する要因になりうると考えられている。また現状フィリピン国内では人工中絶は禁止されているが、実態として違法な中絶や危険な中絶が行われ、妊産婦の健康が脅かされている可能性がある。日本では、部分的に中絶は認められている。私は、議論をする以前は、人の生命や健康よりも大切なものはないのだから合法化するべき、と考えていた。しかし、同じグループでディスカッションをした女性が「私も合法化には反対である」と言っていて驚いた。私には女性であれば、みんな同じ女性の健康を最優先するという先入観があったのだ。おそらく、彼女も中絶により女性のReproductive Health危険にさらされていることは知っているであろう。もしくは、女性であっても、キリスト教徒でも、周囲と異なる意見を持つ人もいるかもしれない。今回の体験から、医療・健康という科学的な根拠とは異なる宗教や個人の価値観に基づく生命観も存在しているということを実感した。また、多様な価値観とは人そのものであり、枠組みだけではとらえてはいけないとも感じた。また、今回の活動を共にしたアテネオ・デ・マニラ大学の学生は、社会人として働きながら経営学修士(MBA)を取得しており、彼らの英語の語学力やプレゼンテーション能力、議論をまとめる力には驚かされた。実に円滑かつ論理的で、議論をしていて自分の英語の能力や、議論をまとめるスキルをとても未熟に感じた。この1年間での経験により成長を感じていたスキルであったので、緊張感や焦燥感で、帰国後も焦りが続き、英語の語学力やその他のアカデミックスキル向上のモチベーションにつながっている。


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フィリピン病院体験記

 私は今回のフィールドスタディで、2種類の医療機関を見学する機会に恵まれた。一度は、カモテス島のSantiago Barangay Health Center (以下、ヘルスセンター)とセブシティのCebu Doctor’s University Hospital(以下、セブドクターズ病院)である。ヘルスセンターは、フィールドスタディの一環でまわり、セブドクターズ病院は個人的な体調不良で受診、入院を経験した。今回は、2つの診療機関の訪問という貴重な経験を通してフィリピンの格差をより具体的に表現出来るのではないかと思い、まとめてみた。
*バランガイ(Barangayは町よりも小さな行政単位)

○Santiago Barangay Health Center

 カモテス島はセブサンチャゴバランガイの診療所は、バランガイのオフィス(役場のようなバランガイの中心機構)に隣接しており、バランガイの中枢機構の一部という位置づけであるように思われた。簡素なコンクリート建てで、屋根は内側から見ると木材の釘で打ち付けられ、基礎がむき出しであった。しかも、当時は屋根が工事中ということで、地面にはセメントの固まり(5キログラムはあろうかという袋)が3袋ほど置いてあった。
 そこは、二つのバランガイ共通の診療所であり、部屋は大きいものも含めて4つ。そのうち1つは工事中で、更にそのうち一つはベッドが壊れていた。
 主に木曜日と金曜日に活動しており、その他電話で呼び出しがあれば対応するようだ。この診療所では一月に3~5人の出産があり、最高では20人/月の出産が行われた事もある。ここでは、助産師が出産の手伝いをするが、出産までの課程はヒロット(伝統的な産婆)が面倒を見る事がある。伝統医療と西洋医療の確執や二項対立論が保健衛生の分野で聞かれる事もあるが、ヒロットも、西洋医学の知識の講習を受けており、伝統的な方法だけで出産を行うという事態は少なくなっているようだ。ここでは、離島の特性上、緊急医療への対応が厳しい。空港があり、ヘリコプターで運ばれる事もあるようだが、その事例は首長の記憶で1度きりだそうだ。
 個人的な感想としては、サンチャゴバランガイでは私が思う十分な医療制度は整っていないように思う。もちろん、それは日本でも同様の現象は散見でき、救急医療が整っていない地域は数多くあり、診療所しかない地域も過疎地域やへき地には多くあるだろう。この見学を通して、フィリピンの格差の幅の大きさを実感するとともに、日本の格差についても知っておく必要があると感じた。

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○Cebu Doctor’s University Hospital

 セブに滞在中に、お腹の調子が悪い事と脱水症状も出ていたこと、食欲がないことなどから、検査と点滴のため、入院する事になった。用意が整い、病院内に入ると広い個室に案内された。設備はまるでウィークリーマンションのようで、キッチンとシャワー、トイレまで付いていた。ベットの正面には大型テレビまで設置してあり、快適そのものだ。正直に当時の感想を言うと、ホテルより充実していると感じたほどである。
 結局、脱水症状がでているというのに、点滴もチェックアップも始まるまで1時間近くかかっていた。どうやら注射をする前に食べ物を入れないと血管が広がらないという考え方により、ひとまず少しでも昼食を食べないと点滴もチェックアップ(感染症でないかどうかの血液検査)もできないようだった。午前中のうちに入院したのだが、昼食は他の患者と同じ時間で、まだ吐き気があったので少し食べて、点滴とチェックアップを待った。病院食は、全般的にしっかりしていて、野菜の炒め物、夕食も肉団子とご飯、スープ。味が、今まで食べたフィリピン料理よりも薄味だったのでむしろ丁度よかった。入院の間は数日間の疲れがたまっていたのか、ゆっくり寝てしまった。
 1泊しか滞在しなかったが、看護師さんが交代で1名担当がつき、そして食後にはドクターが必ず体調を聞いてくれるし、また血圧と体温を2時間置きに測る看護師さんもいた。どの職員の人も毎回丁寧に「Yes, Mam?」と質問し、配慮してくれて素晴らしいと思った。正直、愛想やホスピテリティという接客の点では、日本がフィリピンから学ぶこともあるのではないか、と感じた。

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終わりに

 フィリピンでは、滞在中とても設備の整ったホテルに滞在した。また、都市においてモールという大規模商業施設にも訪問した。このような環境からか、周囲は予想よりも治安がよく、快適であった。その点では、フィリピンの一側面しか体験出来ていないのかもしれない。しかし、大学生や離島の様子などから格差や文化という点において、視点を広げる事が出来た。今回の経験に満足せず、現地に赴き普段と異なる世界を知るということを大切にしていきたい。