授業名:超域展開力・リサーチデザイン
担当教員:平井 啓(未来戦略機構)
     祖父江 友孝(医学系研究科)
     標葉 靖子(東京大学 教養学部附属教養教育高度化機構)
Texted BY: 法学研究科 2015年度生 山本 展彰

 超域イノベーション博士課程プログラムの履修生は、普段から所属する研究科でそれぞれの「研究」に取り組んでおり、自らの専門分野や研究テーマに沿って、自身の目標に向けて考察を深めている。一方で、「研究それ自体」を考察する機会は少ないのではないだろうか。少々極端に言えば、大学院生にとって研究は日常生活に溶け込んでいる営みといっても過言ではなく、自明のものとさえ思えるが故に考察の機会がないのかもしれない。しかし、「研究それ自体」は個別の「研究」に先行する基盤であるから、「研究それ自体」を考察することに意義はあるだろう。そして、様々なバックグラウンドを持ち、専門分野が異なる本プログラムの履修生が「研究それ自体」を問うことは、日頃意識しない自らの研究を客観的に認識することにつながり、分野を超えて同じ問題に挑戦する際に必要な他者との対話を実現する一つの手がかりになるのではないだろうか。本レポートで紹介する授業、<超域展開力・リサーチデザイン>は、この「研究それ自体」を問う授業である。

■授業の内容について

 授業は3週にわたり、全5回で構成されている。取り扱う内容は多岐にわたり、ここで全ての詳細を紹介することはできない。そこで、以下では筆者が特に関心を持った授業内における履修生の取り組みを2点取り上げたい。


・履修生による「いい研究論文」プレゼンテーション

 授業の中で、履修生が自らの専門分野において「いい研究」だと考える論文を紹介するプレゼンテーションを行った。このプレゼンテーションを通して気づいたことは、研究で用いられるアプローチ、すなわち「研究方法」は、それぞれの専門分野によって大きく異なるということである。本プログラムの履修生の間では、それぞれの研究テーマや専門分野、すなわち「研究内容」については授業の内外を問わず頻繁に話題にのぼる。それに比べると「研究方法」が話題になることは、少なくとも筆者の経験上は少ない。しかし、論文を紹介するとなると、自ずとその論文が用いる研究方法に触れることになる。このプレゼンテーションは、他分野の研究手法を詳しくは知らず、特に考察することも無かった筆者にとっては、新鮮な経験であった。
 筆者の専門分野について言えば、履修生の間で「法理学(ないし法学)の営みは何か」について話題になったり説明をしたりした経験は多いが、「法理学(ないし法学)の営みはどのような方法を用いるか」について話題になったり説明をしたりした経験は少ない。筆者は、プレゼンテーションで科学哲学上の議論などを参照しながら法的推論について考察した論文を紹介した。この論文で使われている研究方法は、哲学上の議論を法学内部の議論に適用することで、従来の議論に批判的検討を加え、新たな議論の方向性を示すものであった。これは、実験によって仮説を検証する研究方法とは大きく異なるだろう。このような研究方法の相違も、履修生それぞれの考え方の違いに少なからぬ影響を与えているはずである。


・分野横断型研究プロジェクト考案ワークショップ

 次に、分野横断型研究プロジェクトを考案するワークショップを取り上げたい。ここでは、履修生が数人のグループに分かれて即席の共同研究プロジェクトを考案し、研究の概要だけでなく、そのプロジェクトに必要な予算や期間など、具体的な検討を加え、最後に発表をした上で相互に評価を行った。筆者のグループでは、医学系研究科の履修生と共に介護ロボットをテーマとしたが、他のグループも「笑い」や「空間」を題材にするなど、 オリジナリティの溢れる興味深い研究構想を掲げており、発表を基にした相互評価においても、鋭く的確な意見が交換された。


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 バックグラウンドが異なる履修生で構成されている本プログラムでは、分野横断的な研究を構想することは非常に有意義な取り組みである。そして、研究構想に対してそれぞれの立場から批判的な考察を加えることも、研究構想それ自体と同様に必要な取り組みであろう。しかし、筆者にとってこのワークショップが持つ意義はそれだけではなかった。それは研究予算や研究期間についても具体的な検討を加えたことである。もちろん、研究を行う際に予算や期間は考慮すべき事項であり、筆者も研究計画を作成する際には必ず検討する。しかし、分野横断的研究の構想となると、スケールがしばしば大きく異なる。最先端の科学技術を用いるとなると予算の規模は大きくなり、臨床的な実験を行うと必要な人員は多くなる。必要な資源が大きくなると、「研究は社会に還元されなければならない」という要請もより現実味を帯びてくる。

■分野横断的な対話の条件を身につける

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 本レポートを結ぶに当たって、この授業について筆者なりの考察を加えたい。

 冒頭で、大学院生にとって研究とは空気のような存在であり、この授業は「研究それ自体」を問うものであると述べた。では、本プログラムでこの授業が持つ意義は何であろうか。筆者は、この授業が本プログラムの履修生に求められる能力と密接に関連していることだと考える。

 現代社会が抱える問題はあまりに複雑であり、何か一つの分野で現代社会の全ての問題を解決することなど到底可能ではないだろう。その一方でそれぞれの分野が高度に発達している以上、一人の人間が全ての分野に精通した人材になることも非現実的である。この状況を打開するために筆者が考える一つの対応策は、なんらかの専門分野を修めた人々が分野を横断した対話の下で連帯し、問題や課題に取り組む姿である。その為には、自らの専門分野だけではなく、他の研究分野に対しても一定の理解を持つことが条件となるだろう。他分野に対する理解とは、研究内容だけではない。問題へのアプローチ方法など研究方法についても、対話の条件としての理解が必要なのである。

 所属する研究科が異なり、専門分野やバックグラウンドが異なる履修生が本プログラムに参加する一つの意味は分野横断的な連帯を通して大きな問題に挑戦することであろう。そして履修生には他分野を研究内容、研究方法ともに理解すること、分野横断的な対話の条件を身につけることが求められているのではないだろうか。これは決して容易なことではない。日頃、他の履修生と意見を交わす中で、考え方の大きな乖離から、他分野の理解、他分野との対話など不可能ではないかと思うことさえある。しかし、履修を始めてから1年近く経ち、自分にも少しずつ変化が現れてきたように感じる。それは、専門分野の異なる他の履修生の意見を「聞く」ことができるようになってきたという変化である。筆者はこの授業に、対話に向けた一筋の光明を見たように思う。