授業名:超域学際・メディアデザイン論「脳と認知」
担当教員:茂木 健一郎((株)ソニーコンピュータサイエンス研究所)
Texted BY:工学研究科 2015年度生 櫛田 佳那

 田舎の小さな学校から、大阪大学へとやってきて早二か月。阪大生として、超域イノベーション博士課程プログラム履修生として、これまでと今の環境から提供される教育の質の差を感じる日々です。研究や勉強に対しての援助が多いことはもちろん、様々な人物と出会うことができる点は、大きな財産だと感じます。
 特に、著名な専門家から直接講義を受けることができる点は、超域イノベーション博士課程プログラムの魅力の一つだと言えるでしょう。超域学際・メディアデザイン論では、科学者の茂木健一郎先生を講師にお迎えして、二日間に渡って授業をしていただきました。

脳とイノベーション

 尾崎豊のライブ映像、「僕が僕であるために」の視聴から始まった本講義。茂木先生は、思っていた以上に自由でパワフルな方でした。講義は、おおむね茂木先生と履修生との意見交換の形で進んでいきます。

 最初に提示されたテーマは「脳とイノベーション」。その名の通り、超域イノベーション博士課程プログラムのテーマの一つは“イノベーション”です。「超えることでしか生まれない」超域イノベーションに挑むことができる人材の育成を目指しています。授業でイノベーションについて学ぶ機会も多いのですが、自分の意見を皆の前で発表する機会は、一年次の私にとって、あまりありませんでした。

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 しかし、この授業では、自動で運転を行う自動運転車の例を用いてイノベーションについての議論を行いました。自動運転車が実用化されたとき、社会にはどのようなイノベーションが起こるのでしょうか? 様々な背景を持つ学生から、様々なアイデアが出されました。たとえば、コンピュータによる交通の制御により、事故や渋滞がなくなるだろう、という意見。工学研究科で新しい材料を研究している学生からは、事故率の低下から車に使われる材料に強度が必要とされなくなるのではないのかといった意見も出ました。また、自動運転車そのもの以外についての意見も多く寄せられました。例えば、子供が車を使えるようになったら、セキュリティはどうするのか? 保険の形態が変わっていったとき、事故は誰の責任になるのか? ――などなど。それぞれの意見を深めながら、次世代交通システムHyperloopや、オープンソースのインターネット授業提供システムedXなど、実際に運用されようとしている新しいイノベーション例を取り上げて議論を進めていきました。

 また、人間の脳の働きについての講義では、様々な動画を用いた体験を行いました。Youtubeでも見ることができる有名な動画としては、selective attention testなどがあります。ぜひ、脳の不思議を体験してみてください。他にも、映画やミュージックビデオをしっかり見ているつもりでも、鑑賞したあとで細部を思い出そうとすると難しいことがわかります。人間の脳は細部を認識することが苦手であり、その代わりに雰囲気の把握を得意としています。コンピュータと人間が肩を並べてゆく時代において、細部を認識するのか、全体の雰囲気を把握するのか、といった点が一番の両者の違いになるのでしょう。

 特に印象に残ったのは、人間の脳は新しいことが好きだということ。物事の新しさを創る――すなわち、イノベーションを起こすことは、私たちの脳が生まれつき持っている嗜好なのかもしれません。ただし、新しいことに挑戦するためにはsecure base(心の拠り所)が必要なのだそうです。日本人の場合、組織や肩書きがあることが大きいとのこと。私たち超域生は、各専攻と超域プログラムという二つの組織にいます。依るべき場所が多いということは、それだけ新しいことに挑戦しやすいということ。大学院生活の中で、積極的に新しいことに飛び込んでいきたいものです。

人工知能についての議論

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 また、現在話題になっている問題についても取り上げて、議論をしていきました。議題は「人工知能」です。進化を続ける人工知能は、この先どこへ向かうのか。特に、倫理的問題としてはトローリー問題について全員で議論しました。

 一例として、運転中の自動運転車の前に子供が飛び出してきたという状況が提示されました。急ブレーキを踏めば子供は助かるかもしれませんが、後続のバイクが追突して事故になります。そういった状況のとき、自動操縦の車はどのような動作をするべきなのか? 学生からは、一人ひとり違う意見が飛び出しました。

  • 飛び出した方に非があるので、子供を引く
  • バイクの価値を考慮するべき
  • 子供には未来があるので、ブレーキを掛ける
  • 社会的な心象を鑑みて判断する
  • ランダムで選ぶ
  • そもそも功利主義的な考え方が嫌いだ

 他にも、集団的自衛権は行使するべきか否か、原子力発電所は復活させるべきか否かといった様々なトピックについて学生が意見を出し合いました。二日目の授業では、「天才」というテーマについて話し合いました。「自分のことを天才だと思う?」、「天才の要素とは何なのか?」、「天才が遺伝しないのはなぜ?」、「学校教育によって天才は生み出せるのか?」――本講義は、二日とも夜遅くまで続く講義だったのですが、活発な議論が行われました。

これから大学教育について考える

  茂木先生の授業は「メディアデザイン論」という名を冠しているものの、そのテーマにとらわれない柔軟で自由な形の授業でした。それどころかいきなりモンティ・パイソンの鑑賞会が始まったり、学生がそれぞれ即興小話をすることになったりと、既存の授業の枠に収まらないスタイルは、受講していてとても楽しかったです。

 先生がトピックを投げかけ、様々な意見が飛び出し、生徒間で議論が起こる。議論好きな学生が多かったこともあって、先生の手を離れたところまで話が転がって行ってしまうこともありました。そんな講義のなか、茂木先生がおっしゃったのは、議論のできる空間はとても大事であるということ。特に、様々な分野の人間が集まって多角的な議論ができる、超域イノベーション博士課程プログラムのようなコミュニティの大切さです。

 そもそも、超域イノベーション博士課程プログラムができた背景の一つに、大学院生は各々の専門に凝り固まりがちであるということがあります。文理の枠組みを超えた人材の育成のためには、このような議論の場が必要なのでしょう。大学院の価値が揺らぎ始めている今、教育の形も変わろうとしています。茂木先生は、これからの大学教育について、ひとつのあり方を示してくれたのかもしれません。

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