授業名:超域イノベーション導入Ⅰ 〜体験して学ぶデザインシンキング入門
担当教員:福重 真一(工学研究科)・野間口 大(工学研究科)・
     兼松 泰男(産学連携本部)・伊藤 宏幸(ダイキン工業(株))
Texted BY: 文学研究科 2014年度生 関屋 弥生

 「超域イノベーション導入」の授業では、履修生たちはモノ作りにおける様々な発想法を、実際のおもちゃ作りの作業を通じて学んでいくことになる。作業の進め方など具体的な流れについてはこれまで先輩方が体験したものと大きく変わりはないため、そちらの記事を参照していただくとして、今回のレポートでは、この授業の特質でもある「デザインシンキング」や「チームビルディング」といったキーワードに焦点を当てつつ、その概要を紹介していきたいと思う。

●「デザインシンキング」とは?

 「デザインシンキング」の授業で「おもちゃ作り」をすると聞いて、皆さんは一体どんな授業を想像されるだろうか。模様や色彩といった、いわゆる字義通りの「デザイン」の手法を学ぶための授業だと思われる方も多いかもしれない。しかし、ここで言う「デザインシンキング」とは、単に製品の見た目の良し悪しについて考えることを指すのではない。これは、製品を使う人の立場になって課題を把握し、発想を得て、そこからプロトタイプ(試作品)を作りながら検証を重ねることでアイデアを洗練させていくといった、モノ作りの現場における思考プロセスそのものを指す言葉である。数年ほど前に話題になって以来、「革新的なアイデアを導き出すための思考法」として、雑誌やセミナーなどで度々取り上げられてきたようだが、私を含め大部分の学生にとっては、普通に生活している限りではまず縁の無い言葉だと思う。
 この「デザインシンキング」について、授業では具体的にQFD(品質機能展開、Quality Function Deployment)手法などの考え方が取り上げられた。「え…工学っぽい…」と、理系分野には高校時代で早々に見切りをつけていた私は、授業の初っ端からいきなり面食らってしまったが、このQFD手法とは、ざっくり言ってしまうと、製品に対して顧客が求めている「価値」をある程度数値化してしまうことで、製品作りの際にどの機能を重視すべきか というのを、より分かりやすくしていくための仕組みのことを言う。(図1参照)

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(図1:QFD図)商品の持つ「価値(縦軸)」と「機能(横軸)」の関連度を数字で表したもの。どの機能を重視して商品を作るべきかが明確に見えてくる。

 このように、履修生たちは文系理系問わず、モノ作りにおける基本的な考え方を知ったうえで、実際のおもちゃ作りの作業に取り掛かかっていくことになる。

●「デザインシンキング」でおもちゃを作る

 私たちの班は、小川 歩人(人間科学研究科)、稲富 桃子(理学研究科)、堀 啓子(工学研究科)、宮田 賢人(法学研究科)、(文学研究科)の5人という、専門分野的にも比較的バランスの取れたメンバーが集まっていた。まずは、5人それぞれのアイデアを持ち寄るところから活動が始まる。アイデアの練り上げ方にも様々あると思うが、私たちの班では、持ち寄った各案に皆で意見を出し合ってそれぞれをいったん発展させたのちに、その中から一番良くなったものを選ぶ、という方法をとった。話し合いの結果、作ることにしたのは、動物のぬいぐるみをそれぞれの正しい生息地に置くと音と動きとでその場所が正しいかどうかを教えてくれる、という知育玩具だった。(図2参照)

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(図2)キリンは高い木のそばに置くと首を振って鳴き始める。全ての動物を正しい生息地に設置すると、背景の空が回る仕組みになっている。

●自分の役割とは?

 「自分はここでどういう役割を果たすことが出来るだろうか」というのは、それぞれのメンバーが自分なりに考えて動いていたように思う。私は絵を描くのが好きなので主におもちゃのデザインを担当していたが、他のメンバーも、それぞれが自分の得意分野であったり専門分野であったり、自分が貢献できる部分を積極的に見つけては動いていた。
 チームビルディングと言ってしまうと、チームをまとめ上げるカリスマ的リーダーの育成法といったものが注視されがちだが、実際には、チームのまとめ役だけではなくメンバー個人個人が自分の出来ることを見つけて主体的に動いていくことのほうが、案外難しいわりに、大切だったりする。チームのまとめ役が、「その人に何が出来るのか」を把握して仕事を割り当てる一方で、メンバー自身も「自分には何が出来るのか」というのをきちんとわきまえたうえで、その能力を最大限に発揮していく努力をしていく必要があるのだろう。

●自分の「専門分野」とは?

 自分が思う「専門分野」と他人が想定する自分の「専門分野」にはかなりズレがある。これは決して、自分の研究内容が誤解されているという類のことが言いたいのではない。
 例えば環境エネルギーを専門にしている堀さんは、普段の研究で機器類を取り扱うことは無いものの、工学研究科というだけで、メンバーの皆から「電子回路が組めるんじゃないか」という期待の目を向けられることになる(実際のところ彼女は回路も組めるし、ハンダゴテも使いこなすしで、非常に助かったのは間違いないが)。このように、学生自身の専門分野はかなり個別的なものであるにも関わらず、周囲からはそこよりもう少し広い知識を求められていると感じるような場面は多くあると思う。自分が思う「専門分野」より、皆が想定する「専門分野」のほうが、そこで描かれる円が少しだけ大きい。
 異分野の学生との(実際の共同作業を通じた、深い)交流のなかで、その分野の人たちが何を知っているのかを理解するのと同時に、その人は何が出来ないのかというところまで知ることが出来るというのは、超域プログラムの持つ大きな魅力のひとつだと思う。

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全員での集合写真。4チームによる個性豊かな作品が並ぶ。

●台湾での発表~異なる分野の学会への参加を通じて~

 去年同様、DEWS(Design Engineering Workshop 2014:デザイン工学系のワークショップ)で開催されるIDC(Innovative Design Contest)というコンテストに、超域からも2チームが参加することになった。しかし、同じく国際学会ながら九州で開催された去年とは違い、今年は台湾での開催、そして当然ながら英語での発表。しかも、文学研究科の私にとってはあまり馴染みの無いポスター形式の発表ということで、右も左も分からないまま、取り敢えずおもちゃが壊れないように荷造りだけ済ませ、空港へと向かった。
 堀さんがプレゼン資料を作っている間に、私は発表の英語資料を用意するなどして、前夜ギリギリまで発表の準備をした。発表当日の会場では、見に来てくれた人の目の前で実際におもちゃを動かしたりしながら、なんとか発表をすませた。用意していたテンプレート通りの説明をこなしても、相手が何を評価してくれるかというのは予想とはだいぶ違うところも多く、その都度、軌道修正をしながらの説明になった。
 去年の先輩たちように賞をもらうことは叶わなかったが、DEWSでのポスター発表など、異分野の学生が普段どのような発表の機会を与えられているのかを実際に見ることが出来たのは、非常に良い経験になったと思う。協力していただいた先生方やTAの学生の皆さん、暖かく迎え入れてくれた台湾の先生や学生の皆さんに、ここで改めてお礼申し上げたい。

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おもちゃを実際に動かしながらの英語での発表に、予想以上に悪戦苦闘した。

●まとめに

 おもちゃを使うのは子供だが、購買決定権があるのは親のほうである。小さな子どものいるお父さんお母さんは、おもちゃにどういった価値を求めているのだろうと、学生なりに色々工夫して想像したが、結局は知育玩具という形に落ち着いた。Innovativeなアイデアを生み出すための思考法、「デザインシンキング」においては、その最初のステップである「使う人への共感」の作業が最も重要になってくる。「共感」するための方法は様々あるが、この最初の段階が上手くいくかどうかで、アイデアの大方の価値が決まってしまう。授業中の限られたコマ数のなかで、どこまでこれらの思考法を活用することが求められていたのかは定かではない。ただ、こういった考え方をもっと積極的に取り入れることが出来れば、知育玩具以上の面白いアイデアを導き出せたのではないだろうか、というのは、反省点として掲げておきたい。
 冒頭「デザインシンキング」の話のなかで、デザインシンキングは「モノ作りのみならず様々な局面にも適用することのできる考え方」である、という類のことを書いた。今回の授業では、人々が抱える課題をどのように発見して解決していくのかというデザインシンキングの考え方をおもちゃ作りを通して学んでいったが、このような新しいアイデアを導き出すための思考法は、今後も様々な場面で生かしていくことが出来ると感じている。