インタビュアー:2016年度生 井奥 智大
インタビュアー・記事編集:2015年度生 猪口 絢子
写真撮影:2015年度生 小林 勇輝
インタビュイー:2014年度生 堀 啓子

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生に、学生視点からインタビューする超域人。涙の最終回のVol.30は、工学研究科環境・エネルギー工学専攻で、自然共生と持続可能性社会の実現に取り組む堀啓子さん(超域2014年度生)にインタビューを行いました。この春に博士後期課程および超域プログラムを早期修了し、社会へ羽ばたく堀さん。超域と研究科で得た成果を手に、彼女はどこへ向かおうとしているのか。「二足のわらじ」の経験と学び、今後の展望について語ってもらいました。

取材日 2018年1月23日

■ 色んな世界を知りたい―超域との出会い

井奥:まず、堀さんが超域に入った理由・きっかけから教えてもらえますか?

堀:1期生の松村さん(松村悠子、2012年度生)のことを以前から知っていて、超域はめちゃくちゃ忙しいプログラムだと聞いてたから、はじめは、「絶対こんなの入らんわ」って思ってた(笑)。でも説明会などを通じて、一般の学生がいけないような国内外の地域に行けるとか、工学研究科ではないような授業を受けることができるとか聞いて、興味をもつようになって。私の学科でチューターのような存在だった、超域の黒崎先生 (大阪大学工学研究科) に、「受かってから履修するかどうか決めたらいいし、受けること自体はノーリスクやから、受けたらいいよ」と勧められて、受けたのがきっかけ。

井奥:じゃあ、堀さんは学部のころから外の世界を見ることに興味があったんですね。

堀:うん。こんなこと知りたい、こんなことしたいっていうその時々の疑問や関心に合わせて、いろんなことしてたね。長期休みには、海外でホームステイしたこともあるし、インターンにも行った。自分の学部を離れて、人間科学部の授業も受けたこともあったな。コミュニケーション社会学っていう授業とか。

井奥:辻先生 (辻大介准教授、大阪大学人間科学研究科)の?

堀:そうそう!

井奥:どうやって見つけたんですか?

堀:全研究科のWEB版シラバスに検索をかけてました。空きコマがあったら、他の学部にどんな授業があるかって探してたの。

井奥:色んなことに関心があって、学部のころから他の分野を学ぶことに抵抗がなかったんですね。

■ 超域での苦悩:自己と他者における価値観の相違

井奥:超域の活動の中で、大変だったことはありますか?研究との両立とか。

堀:超域のフィールドスタディで2週間海外に行く前後に、研究科で初めて英語論文を書いてたんだけど、その手順が思っていたよりも大変で。渡航前に先生に見てもらう予定が間に合わないまま、出発しなきゃいけなくなっちゃった時、「超域みたいな業績にならないことばかりするからそうなるんだ」みたいなこと言われちゃったのよね。それが結構ショックで、両立の難しさとはこれかと思った。幸せの国って言われるブータンでの研修だったけど、最初の一週間はずーっと眉間にしわ寄せて論文の作業してたな(笑)。

井奥:幸せの国にいるのに、幸せを感じられなかったんですね(笑)。日々予想外のことが起きる可能性はあって、それが重なると大変ですね。両立の難しさ以外に、大変だったことはありましたか?

堀:自分の考え方のスタイルが他の人と全く違って、真意を誤解されちゃうことが大変だったかな。大変だったおかげで、「私って人と比べてこういうところが変わってるんだな」と気づくことができたんだけどね。今だから言葉にできるんだけど、私はグループワークの課題で要求されたことに全部答えるのが最低限の合格点、60点で、それを越えてすばらしいものを出した人が100点だと思ってた。けれど他の人は、課題で要求されたことに完全に答えられなくても構わない、と考えていたの。

井奥:要求に全部応えて60点。厳しいですね(笑)

堀:私は当時、自分の中の採点基準が他の人と大分違ってるということに気づいてなかった。だから、私はグループワーク中に、「この要素が要求されているんだから、最低限これをいれないとダメじゃん」って発言することがよくあったんだよね。この発言について、私は別に我を通そうとしてるわけではなくて、ただ他からの指令を代弁してるだけのつもりだったの。真意は違うんだけど、私はすごく頑固で、自分の考えを譲らない人に見られていたんだよね。そういうつもりじゃないのに、そう思われるのがすごく辛かったというか、このすれ違いが悩ましかった。

井奥:グループワークでの意見のすり合わせは難しいですよね。課題の要求に応えることはもちろん、みんなが思いつかないようなアイデアも必要になりますし。

堀:超域の授業でもまさにそうした能力が評価軸になっていたよね。例えばデザイン思考(ある特定の人々の課題を解決するアイデアを考える授業)では、アイデアを評価する軸が実現性・有用性・独創性の三つの軸だった。そのときは独創性について「面白さ」みたいなものって説明されたけど、「面白い」って何?って思った。工学系でそんな課題の評価軸はない。面白いと思うかどうかって聞いた人次第でしょ、と思ってた。

井奥:確かに、独創性の評価には人の価値観が入ってきますね。

堀:そう。だから「面白い」とか「独創性」をアイデア評価の基準にするというのがよく分かんなくて、他の学生と衝突することもあった。だけど、色んな課題に超域生と取り組む内に、ようやくこの衝突の原因がそういう価値観の違いにあるんだなと思えるようになってきた。最近になって同期である三期生にも私のことをちゃんとわかってもらえるようになった気がする。こういう価値観や判断基準を揺さぶられる機会って超域に入ってなかったらあまり経験できなかっただろうから、そういう意味ではいい経験だったのかなって思うよ。自分のことが、いろんなことを経て分かるようになったってことだからね。

■ 超域で得た素養をもって、今後どう生きていくか

井奥:超域で「これが伸びた」ということはありましたか?

堀:この3月末に、ある研究者に会いにキューバに行く予定があるんだけど、こんなふうに国内外問わず現地の全く知らない人に直接アポをとって会いに行くことを平気でできるようになったことかな。サイエンスダイレクト※1で同じような研究をしている人を探して、その研究者のアドレスに片っ端からメールを送って会う約束を取り付けて・・・、こういうことをサクサクできるようになったのは、独創※2や超域の課題を通して英語研修でのアポ取りを何度もやり続けてきたからだと思う。

井奥:超域でいうネットワーキング力ですね。その能力は、今後どう活きてくると思いますか?

堀:まず、私の研究は再生可能エネルギーの研究なんだけど、このSustainability Science※3というのはなんにでもつながるものなんだよね。経済学や社会学にもつながる。超域の経験を通して、どういうベクトルであれ、自分が持っていきたいと思う方向に、自分の研究を持っていけるようになったと思う。分からないことは論文を読めばいいし、同級生に聞いてもいいし。超えていくのが必要な分野だけど、超えるための材料もフットワークもある。今後の仕事では海外に行くことも多いと思うけど、全く知り合いのいないところでネットワークをつくる能力とか、超域で得たことは確実に活きていくと思っています。

井奥:では、そうした素養をもって、今後堀さんは最終的にどこに向かわれるんでしょうか?どんなビジョンを描いているんですか?

堀:研究者や専門家という立場でトップダウン的に上からモノを言うようなことをするよりも、小さな組織や市民が立ち上げるボトムアップのプロジェクトとか、何か活動しようとする普通の人たちのお手伝いができる専門家になりたいなって今は思うんよね。

井奥:トップダウンというよりボトムアップからアプローチしたいんですね。

堀:社会的な地位を得て研究者として雇われ続けたりするためには、業績を積む必要があるよね。でもそれには学術的に価値のある業績が必要で、実践的な、社会的意義のあるものからは少し離れてくると思う。学術的に価値のある研究も実践的に価値のある研究も、どちらもやっていかなきゃいけないと思うんだけど、私はどちらかというと後者をがんばりたい。自分の寝食が安定するポストにつくことができれば、それ以上キャリアアップはしなくても良くて、現場の人のためになる仕事がしたい。地域に入り込んで活動する、っていうことがしたいな。

井奥:学術の発展も大切だけど、課題を抱える人たちのために活動していきたいんですね

堀:そう。だから、研究者として、地域を持続可能なものにするために何をどう変えればいいのかという知見を提供して、地域を変える支援をしていきたい。でもそれだけじゃ地域は動かない…「これをしなければいけない」「これをやろう」っていう内容に地域の人々の共感を呼んで、地域の人々を動かせるかどうかが重要。実際やるのは研究者じゃないからね。

井奥:地域の人を「じゃあやろう」に持っていくためにはまた色々能力が必要かと思いますが・・・

堀:うん、でもそれは研究科と超域を通して身についたと思う。データや知識については研究科で手に入れたし、分かりやすく説明する能力は超域で身につけた。それに、「新しいアイデアにわくわくする」「今のままでは怖いと思う」みたいな地域の人々の心の深い部分に作用するためには、アートやデザインの力も必要。それは超域イノベーション実践のインターン先で演劇に関わったことで身についたと思う。あと、まだ手に入れてない能力でも、そこにアクセスする力は身についたかな。これまで得てきたことを活かして、地域の人々から共感を得られるような新しいシステムの提案を通して、小さな規模から持続可能な社会への転換に貢献できるSustainability Scientistになりたいと思ってる。

井奥:堀さんは、超域と研究を通じて、社会にイノベーションを起こすうえで大切なことを本当にたくさん学ばれたんですね。

堀:そうかもね (笑)。もう修了試験でしゃべる内容、全部言ってしまったよ(笑)

色々な世界を見たいという気持ちから出発し、超域に入った堀さん。超域と研究科で過ごした4年間、彼女は様々な苦悩を抱えながらも、彼女が描く将来のビジョンに必要な素養を培ってきました。また、地域の人々と共感・協働できるSustainability Scientistという明確な目標を持つに至りました。超域と研究科で得た素養をもって、堀さんが今後社会にイノベーションをもたらすことを期待せずにはいられないインタビューでした。

超域生の等身大の姿を捉え、お伝えする超域人はこれで最後になります。ただし、これは超域生が歩んできた物語のほんの一部にすぎません。今後、超域生それぞれが多種多様な分野で活躍し、超域人とは異なる媒体でその活躍を世間に届けてくれる日を楽しみにしたいと思います!!

※1 エルゼビア社が提供する世界最大の電子ジャーナル・電子ブックのフルテキストデータベース。
※2 独創的教育研究活動。超域のプログラム履修生が自ら企画・立案・申請をし、採択されれば行うことができる教育研究活動のこと。
※3 気候変動、生態系の破壊、資源の枯渇など地球的規模の問題が起きる中、持続可能な社会や開発の構築に貢献するための科学。