インタビュアー:2017年度生 大濱 悦子
記事編集:2017年度生 石川 明日香
写真撮影:2016年度生 桐村 誠
インタビュイー:2017年度生 沈 吉穎

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生に、学生視点からインタビューする超域人。Vol.29の今回は、言語文化研究科博士前期課程1年の沈 吉穎さん(超域2017年度生)です。履修開始後1年を迎えようとしている彼女に、改めて超域生となった経緯や、2017年度生に多い留学生として専門・超域・個人活動を通して考えていることを伺いました。

取材日 2017年12月22日

■ 日本での大学院進学から超域との出会いまで

大濱:沈さんは3回生のときに編入生として中国から日本に留学に来て、学士は北陸の方で取ったんだよね。学士を卒業後、就職するとか、帰国するとかっていう道もあったと思うけど、どうして日本の、しかも学部とは違う大学の大学院に入ろうと思ったの?

沈:帰国することを選ばなかったのは、研究対象が日本語なので、日本で研究をしたいって思ったから。自分が興味のある分野の先行研究の多くに今の阪大の指導教員の名前が引かれていて、そういう著名な研究者の下で学びたかったので阪大を選びました。まあ帰国するときに、大阪だと直行便が多いので便利だしね(笑)

大濱:大阪は確かに直行便多いよね(笑)大学院にはなぜ入ろうと思ったの?

沈:研究って1つのものを、深く掘ってやり遂げるじゃないですか。そうした活動を通して得る能力は、将来社会に出たときに必要な能力と、根本的には一緒だと思う。だから1つのことに焦点をあてて、最後までやってみたいなと。あともう1つは現実的な話。将来社会で活躍しようと思ったら、博士の学位を持つことがますます重要になってくる。特に中国の場合は。

大濱:さらにその上で、超域に入ろうと思ったきっかけは何だったの?

沈:大学院は、自分の研究内容だけを日々やっていくっていうイメージがあって、視野が狭くなる気がして。自分の研究科以外の授業を副専攻として取りたくて説明会に行きました。

大濱:でも副専攻って色々あるやん?その中で、どうして超域を選んだの?

沈:2つ理由があって。
1つは、超域が文理融合型のプログラムだから。私は人のためになることがしたい、人の役に立つ研究がしたいと常に思っている。だから社会問題に関わる研究をしたくて。社会問題について考えるときは、文系だけじゃなくて理系の知識も持っていると、より多角的な視点でその問題を捉えられると思う。でも私は高校生からずっと文系で、理系の知識が薄い。だからそれを補えるように、文理融合型のプログラムである超域を選びました。
もう1つは、教室内の授業だけではなく、実際の現場に行って、現場の人の話を聞ける授業やチャンスがあること。今まで私にとって勉強は教室でやるものだったけど、超域では実際の社会に踏み出して、社会問題について考える機会がある。理論と実践、両方があるプログラムだなと思いました。そういう意味で魅力的だった。

■ これまでの“超域的”な学びと経験

大濱:超域で1年間過ごしてきたわけだけど、率直に勉強になった、と思ったことはあった?

沈:印象深かったのは、スポーツコミュニケーションの授業で、淡路島の洲本市のまちづくりを課題として、課題解決を目指すグループワークをしたとき。先輩たちとチームを組んで、1つの具体的な課題を考える初めての機会となりました。その時、先輩たちがすごいなと思った。

大濱:先輩たちはどんなところがすごかった?

沈:3期生の奥野さん常盤さんの真摯に課題に取り組む姿勢はもちろん、知見の広さと深さに感銘を受けました。まず始めに、課題解決プロセスにおいて重要な、具体的な課題設定の段階ですが、先輩たちは今回の「まちづくり」という課題を俯瞰的に捉えることで、提示された課題の裏側にある課題の本質を突き詰めていました。さらに解決策として、奥野さんは洲本の強みであるスポーツという視点を、また常盤さんは音楽と芸術という視点を活かし、スポーツ・音楽・芸術の3つを組み合わせた複合的なまちづくりの方法を考えてくれました。先輩たちは、今まで自分が思いつきもしなかった発想を示してくれた。加えて先輩たちは、私が分からないところを何回も丁寧に説明してくれて。そんな先輩たちの誠実なサポートのおかげで、私はポジティブな気持ちでグループワークを乗り越えられた。そういう意味でも先輩たちはグループワークに慣れていました。

大濱:超域で私たちが4月から学んできた、問題を俯瞰する力を先輩たちは既に修得していて、今回のグループワークで実際に活用していたんだね。私も最近5期生とグループワークをすることがあったけど、課題解決のhowに囚われるのではなく、「なぜその課題を解決する必要があるのか」、「提示された課題の裏にある真の課題とは何なのか」っていうところを大切にしているなと感じたよ。沈さんが「すごい」って思った先輩たちの姿は、超域の授業の集大成なのかな。他に何か、超域で得た経験はあった?

沈:もう1つ超域で得た貴重な経験があります。「多文化社会」は今の社会において身近なトピックだけど、超域の授業の一環でカナダのバンクーバーに3週間ほど滞在するまで、私は多文化社会のことを単に「1つの国や社会の中で複数の文化が存在するということ」なんだと思っていました。でも初めてそのリアリティを知ることができたんです。 バスでホームステイ先から大学へ通学しているとき、ふとした通学のバスの1場面の中でも、露出の多い服を着ている人や編みこみヘアをしている人、さらにはヒジャブをしている人など様々な人々がいることに気づいて、多様性に満ちた空間に圧倒されました。

大濱:確かに日本よりも多種多様な人がいたね。

沈:そして、なにより多文化社会に生きる人々が自然と行っている作法に感心した。私は同じく中国からの留学生の王さん(超域6期生)と通学に使う最寄りのバス停が一緒だったんですが、2人だけのとき私たちは中国語でしゃべります。でも次のバス停で大濱さんが乗ってきたら、使う言葉を日本語に切り替える。イラン出身のスクールメイトがバスに乗ってきた後は、さらに英語にチェンジする。ここでは私たちのことを例に挙げましたが、こういった言語の切り替えは日本ではあまり見られず、一方カナダの現地の人同士では日常的に行われていました。ただ単に複数の文化が存在するだけでなく、多様な人々に対して配慮する、私たちがバスの中で見たような人々の姿勢によって支えられた社会こそが、真の多文化社会なのだなと思いました。

大濱:たしかにそんなことあったね~。中国語、日本語、英語、の3ヶ国語を、相手に合わせて使い分けている沈さんはすごいなあって思ってた。やっぱり、言語って大切だよね。

沈:この経験を通して私は、今まで「多文化社会」というものを本当に理解できていたのか、考え始めました。概念は知っていたけど、実感が伴っていなかったんです。概念を学んだだけで満足せずに、次の段階として現場に飛び込み、実際の経験をするということが重要なんだと感じました。

大濱:実際に経験を積むことが大事よね。そういう意味でも超域は、理論と実践を両方ともコースワークの中で学べるからすごくいいプログラムだと思う。

沈:超域での活動を通して、多文化社会にどんな意味合いが含まれているのか、生活している人々にどんな姿勢が求められているのか、実感として学ぶことができました。私の目指す次の段階は、実感や経験として概念を理解した上で、多文化共生を社会で推進するために私たちがすべきことを実行することです。

大濱:第1段階が概念や定義を机上で学ぶこと。次に第2段階として、それらを実際に経験してより深い理解に繋げる。さらに第3段階として、行動に移すということだね。

沈:うん、そういうこと。超域で色んな人に出会って共感や刺激を受けたので、私が今まで考えてきたことを文章にして、自分だけの言葉で発信したいと思いました。例えば最近では、サマースクールの間に多文化社会について考えたことを日本語スピーチコンテストで発表しました。

大濱:超域、研究以外のところでも精力的に活動しているんだね。

■ “中国人”留学生である沈さんによる“日本語”研究のこれから

大濱:研究ではどんなことをしようと思っているの?

沈:もともとの私の研究は「ポライトネス」という理論に沿うもので、人と人との間でコミュニケーションが成立する前提の上でコミュニケーションをより良くするためにはどうしたら良いのか、という研究だった。
だけど一方で、人と人とがコミュニケーションをとる意図がないことを前提にしたコミュニケーションへの考え方、「インポライトネス」という理論もある。
今の社会問題、特に異文化コミュニケーションを円滑にするためには、ポライトネスよりもインポライトネス研究の方が重要なんじゃないかな、と思ってインポライトネスに関する研究をしようかな、と。

大濱:インポライトネスって具体的にどんなこと?

沈:例えば外国人に対して、「あなた綺麗だね、化粧上手だね。」って褒めるじゃないですか。「日本人みたいだね」とか。一見褒め言葉なんだけど、背景には、外国人は汚い・化粧しない、日本人の方が化粧うまい・可愛いといった差別的意識が無意識にあって。どのような差別構造の表現があるのか、ヘイトスピーチはどのように相手を傷つけるか?などが具体的な研究テーマになる。

大濱:そもそも、こういう研究しようと思ったきっかけは?

沈:自分自身の経験ですね。留学生として日本に来ていろんな日本人と話す機会があったけど、今までの「自分」だと、人間関係の構築・維持が難しいなと感じていた。なぜそれが難しいのか、言語という視点から研究したいなと思ったんです。円滑なコミュニケーションを可能にする方法や、理想的なコミュニケーションの在り方などを研究したいと。

大濱:ポライトネスの研究もすごく面白そうやん!変えようと思ったきっかけがあったの?

沈:阪大の研究室に来て新しい研究を知って、視野が広がったことが一番かな。でも個人的には超域と地域活動から得た影響もすごく大きい。地域活動については、たまたま地域の子供食堂を手伝っていた時に、運営側の部落差別に関するNPO法人の方にお話を伺う機会があった。今までずっと付き合ってきた人、いつも笑顔で優しくしてくれる人、自分が思いもよらなかった人が差別され、苦しんでいることを知りました。私が研究を通して改善したいと思っているコミュニケーションが、そもそも成立していないという可能性に気づいた。既存のコミュニケーションの改善よりも、コミュニケーションの成立の方が重要なのではないかと考えるようになったんです。インポライトネスがあるからこそ、社会で色んな問題が起きているのだと。

大濱:最初はコミュニケーションをより良くするには、っていう研究だったけど、コミュニケーションが成立するという状態にたどり着いていない人たちをどう引き上げるかに関心がシフトしていったんだね。

沈:はい。グローバル化が進んで、1つの国に多様な国や民族の人が住んでいるのが当たり前な時代になってきたから、今後もっと必要とされる研究なんじゃないかな。

大濱:来年とかそれ以降の具体的な計画は考えてる?

沈:まずは好きな研究をして、修論を仕上げることが1番かな。
それから、超域のグローバルエクスプローラ*1も頑張ろうと思っている。イギリスの英国国際研究所で4週間、集中的に講義を受けて国際的に認められている日本語教師としての証明書を取得したい。修論作成に集中する時期だけど、キャリアも意識していきたい。
来年は研究とキャリアのことを軸にしながら、さらに超域とNPO法人での活動を通して多様な経験を積んで、自分の幅を広げていくことができたらいいなと。

大濱:すごく積極的やね~!もう少し先についてはどう?

沈:長い目で見て、本当に関心を持てる研究、意義があると自分の考える研究テーマを探したいな。どんな研究課題にもそれぞれ研究意義はあるけど、短期間ですぐ終わっちゃう研究もあるし、逆に時間をかけなきゃ結果が出ない研究もあるよね。博士課程に進学しようと思っているから、どこに専念するのか、自分自身が納得していくことによって、今後も研究を続けるモチベーションに繋げたい。

*1 各履修生の関心と希望に基づき、海外の企業や大学、非営利団体、国際機関などを単身で訪問し、将来のインターンシップ実践活動に向けてキャリア形成のアクションプランを具体化する活動。

沈さんは超域のコースワークやNPOでの活動などに積極的に取り組む中で、専門分野に対する考え方を柔軟にアップデートしている様子。沈さんの素直で謙虚な姿勢が印象的でした。理論と実践の両側面から言葉の中の摩擦を解決しに行こうとする、彼女のアグレッシブな精神は、今後の博士課程や超域プログラムの中でも活きてくることでしょう。彼女の研究が実際に世の中で役立つ日を楽しみにしています!