インタビュアー:2014年度生 堀 啓子
2015年度生 勝本 啓資
写真撮影:2014年度生 劉 婷
インタビュイー:2014年度生 常盤 成紀

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生に、学生視点からインタビューする超域人。Vol.23の今回は、法学研究科法学・政治学専攻で西洋政治思想史を研究する常盤成紀君にインタビューを行いました。大学卒業後に就職していた銀行を辞めて学問の世界に舞い戻り、研究と超域プログラムの活動を行う傍ら、自身が立ち上げたオーケストラ“アミーキティア管弦楽団”の事務局長も務める常盤君。いくつもの顔を持つ彼はどんな哲学を持って、どこへ向かおうとしているのか。常盤君の中に渦巻く苦悩と野望に迫りました。

取材日 2016年8月3日

■ 王道を捨て、自ら選んだ学問の道

インタビュアー堀:最近、常盤さんがよくオーケストラ関係の告知とかしてるのを見るけど、研究とオケが中心の毎日なの?

常盤:研究とオケが自分の中の二大政党みたいな感じやね。もともとは一日のほとんどをコーヒー片手に専門書を読んで過ごす毎日だったけど、2015年の2月に自分のオケを作ってから、オケの比重が大きくなったかな。組織の立ち上げから運営、演奏会の企画から準備まで自分たちで全部やっていて、僕がそのトップとして動いてるから、ほとんど大学にいないよね。研究がやりたくて会社を辞めて大学に来た割には、あまり院生らしくない毎日を送っているよ(苦笑)

:そもそもなんで、会社を辞めて大学院に戻ってくることにしたの?

常盤:んー、そもそも元々就職するはずじゃなかってんなぁ。これはややナイーブな話なんだけど、僕はね、人生で初めて自分で自分の進路を決めたのが、退職と大学院への進学で、それまでは厳しい父親の言うことにずっと従ってきた。もちろん今となっては、教育方針上良かれと思ってやってくれていたのだろうと理解することはできるけれども、子供の僕としては、小さいころから怒られることが本当に怖かった。今でも若干トラウマ。もっとも最近はずっと優しくなって、よく話もするようになったけど。でも当時は震え上がるほど怖くて、だから、言われた通り生活して、言われた通り受験もしてきた。他方、そんなこんなで入った阪大で一番最初に受けた一般教養の世界史の授業で僕は衝撃を受けた。世界はこうなっている!、こうつながっている!、っていきなり言われて、大学ってなんてとこなんだ!、とそのスケールの大きさに衝撃を受けた。そのとき、大学で勉強するということに一目惚れしてんなぁ。そのあと今度は、政治学の授業で、政治を学問にすることに新鮮味を覚えた。単なるニュースでの物事がいろんな切り口で語られるのが面白くて。そこから政治学にものすごく関心を覚えて、僕は「この世界に住みたい」って思うようになった。

:学問として政治を扱うこの世界にってこと?

常盤:うん。こういう議論とか会話が交わされている空間に、僕は将来住みたいなと。職業としては、大学の教授っていうものになれたらと思ったから、僕は大学院に行くんや!、って心の中で思った。でも、バリバリのビジネスマンだった父親は学者っていう進路を理解してくれなくて「お前は何を考えているんだ」って言われてね。そのあとはまさに人生最大のバトルやで。でも、父親を克服できていない僕が父親の反対を押し切れるわけもなく、最終的にはほとんど就職“させられる”ことになった。そこからあとは、自分を納得させるために、「就職せんといかん。大学院なんてもっての外」って自分に嘘を言い聞かせて、就活して、学歴もあったから内定ももらえて銀行で働き始めた。でもそうやって無理してたから、心身ともに体調を崩すようになってもうてんなぁ。

:想像するだけで辛そうだもんね。

常盤:ひとつ、これは僕の自慢なんやけど、僕は今までずっと、どこに行っても環境や友人に恵まれてきた。父親が厳しくても僕がぐれなかったのは友達のおかげ。職場でも変わらず僕はとてもいい先輩と同僚に恵まれてて、純粋に楽しかった。でもやっぱり、家に帰ると昔読んだ本が並んでいる本棚を見て、僕はこの世界に帰ることはないねんなぁと寂しく思うことがあって。職場でも、モチベーションが低いせいで仕事のパフォーマンスが上がらないことが続いて、大学に戻りたいなとだんだん率直に思い出した。でも今の日本で、国立大学を出て銀行に就職するっていうのは、手放していいはずがない王道でしょ?少なくとも、自分を納得させるために刷り込んだ「世間の常識」は僕をそう説き伏せてきた。だから、退職して大学院へ進学したい自分と、「そんなこととんでもない」って思う自分がいて、この二人が精神的に参るほど激しく闘ってね。それで、いわゆる鬱になった。ここまできて、もうこれは決着をつけなきゃいかん、このままやと、仕事もやりたいことも、どっちもダメにしてしまう、と思って。それで父親に「もうおびえて、誰かのせいにしてくすぶるような人生は歩みたくない。これから先は自分で自分のことを決めたいと思う。」と告げた。父親からしてみれば衝撃やったと思うし、もっと言葉の選びようはあったと思う。でも当時僕は自分を救うので精いっぱいやったし、そうしなければ僕は独立できなかった。

:すごい話やな…。

常盤:それから退職して、阪大の法学研究科を受けた。ただ、会社を辞めるという大きな決断をしてしまうと、もう逆に僕には全て世界が違って見えてきた。短い間しか勤めてなかったとはいえ、会社辞めた人間は強いで。中学受験、国立大学進学、銀行就職といったような典型的な王道コースを歩んだ人間は普通、こうあるべきというレールが敷かれていると感じることが多いけど、そんなものは、ないんだなと。王道は複数ある。覇道はだめだけど、自分にとっての王道を探せばいいんだと気付いた。そしてその選択肢や可能性は無限に広がっていると。そういう風に思えてからは、自分で選んだ道でなんとか死なない方法を見つけられるってことが、人生において人間が強くなっていくことなんだろうなとも思うようになった。ある意味俗物的でかつドラマチックなところもあるけど、これが僕が大学に戻ってきた経緯かな。ちなみに今は父親とは、さっきもいったようによく話をするようになったし、昔と比べると仲良くなれたと思う。自分に正直になって、ちょっと成長したのかな。それに、堅実なところは父親譲りで、厳しい教育のおかげで身につけた性格もあると思っていて、今になってみて、そこは素直に感謝できるようになったと思う。

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■ 超域とオーケストラを跨ぎ、見えてきた“次の一手”

:自分の王道を見つけるっていう話があったと思うけど、それについての見通しは今どんな感じ?それを見つけるのに、超域って役立ってる?

常盤:正直最初は、人文系にとっての超域が何かってことが全然わからんかった。超域では、理系が文系を使って価値を生み出すイメージがよく描かれてるけど、文系自体がどう超域するのかっていうストーリーは語られてないからね。だから、政治学の自分が超域に在籍する意義を疑ったり、価値をすごく低く見積もられてるように感じたりしてた。でも修士1年が終わるころに、“超域”っていう言葉に引っ張られたり期待したりする必要ないなって気づいて。結局のところ、課題が山積する今の社会を背景に、いろんな学問をやっている人が集まって、専門外のところにチームを組んでプロジェクトをやっていく。っていう場が与えられている中で、自分がそれをどう生かすかを考えればいいんだなと。そこから僕は、自分が蓄積してきたことを使って何ができるんだろう?、みたいなところに関心が移っていった。

:なるほど。蓄積してきたことって?

常盤:少しオケの話をすると、僕はアマチュアのオケの世界で、事務方のプロフェッショナルになりたいと思って、今、オケの運営やマネージメントをやっている。この世界では、楽器の演奏が好きな演奏者が集まって組織や演奏会を回して いくから、ガバナンスがうまくいかないこともちらほらある。もちろん上手にやってるところもあるけど。だって、みんな演奏がしたくて集まってるわけで、事務仕事がしたいわけじゃない。必ずしも事務方の仕事っていうのは、みんながみんなにとって楽しいものじゃないし、手探りなところも多い。その中で僕は、オーケストラの事務方の仕事に情熱を燃やすタイプの人間だった。どうやったら出資者の負担を減らせるか、お客さんが集まるかを考えて実行するのがむちゃくちゃ楽しかった。次の9月の演奏会も僕は演奏しないけど、十分やりがいや喜びを感じているし。そして、オーケストラの運営というものの型がそれなりに身につきだした頃に感じはじめたのは、いいプレイヤーが必ずしも、いいマネージャーになるとは限らないってこと。そもそもモチベーションやポテンシャルを発揮する方向性が違う役職なんだから、適材適所に人を配置すればよくて、実際に最前線に立って活躍する人と、それを全体的に統括して方向付けをする人は分けた方がいいだろうっていう信念があった。そしてそれって、実は今の企業の多くにも言えることやと思うねんな。

:企業の経営スキームってこと?

常盤:そう。超域でいろんな人と議論する中でわかってきたんやけど、行き詰まる日本社会の中で、多くの企業で採用されてきた“現場上がりの管理職”っていうモデルに限界がきているらしい。端的にいうと、移りゆく時代の中で、事態に対応できるチームが組めない。パナソニックを訪問した時にも、そういう話が出ていてね。他方それに対して、プロ経営者と呼ばれる人たちがいて、管理職とか経営職に徹するプロたちが流動的なマーケットで色んな企業に関わって、直面する課題を乗り切っているっていう動きがある。そういう話を聞く中で、僕の持っていた考えが確信に変わって、将来社会に出るなら、僕みたいなのがどこまでできるかわからないけど、そういうマネージする側のマーケットで生きていきたいなと思うようになった。それにニーズがあって、なおかつ方向性として間違っていないっていうことをこの超域の2年半で、なんとなくつかんだ。

:そういう職に就けるなら、対象とするものは音楽でなくても良いの?

常盤:音楽や文化芸術に関われたら幸せだなとは思う。ただ例えば、概括的に言って、特に日本のメーカー産業なんかでは、構造上次のステージに進まなければならない中で、さっき話したような経営に対する問題意識がある。つまり、マネージする人材をどう確保するかっていう。僕はこれに高い関心を持っていて、もしそういう場で僕の能力が買われることがあるのなら、チャレンジしてみる価値はあると思う。

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アミーキティア管弦楽団第1回演奏会の様子
Photo by Katsuki Hori

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