インタビュアー:2014年度生 工学研究科 堀 啓子
2015年度生 人間科学研究科 小林 勇輝
インタビュイー:2014年度生 経済学研究科 劉 テイ

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラム履修生に、学生視点からインタビューする超域人。Vol.17の今回は、超域3期生の中から、経済学研究科経営学系専攻で人的資源管理について研究する劉婷さんが、インタビューに答えてくれました。中国出身の劉さんは超域をどう捉え、1年間の活動から何を得たのか。そしてこれからどこへ向かうのか。超域での活動2年目を迎えた劉さんが、熱い本音を語ってくれました。

取材日 2015年6月22日

 

中国での苦労と日本での葛藤を経て選んだ、“超域”をどう見るか

インタビュアー:私達2014年度生が超域の履修を始めてから、もう1年以上経ったね。今まであまり聞いたことなかったけど、劉ちゃんはそもそもどうして超域に入ったの?

超域人17_札幌の雪:大阪大学で博士前期課程に入学して超域プログラムに入る前は、中国・天津で日本語を学んだ後で日本に来て、札幌の大学で経営学を2年勉強していたんだ。でも、そこで、日本の大学はつまらないなと感じていたの。日本の大学生は反応が薄いし,授業には先生の個性も学生の個性も反映されてないなと。関西に来ることに憧れがあったから、最初は関西の他大学の大学院への進学を考えていた。けど超域を知って、他にはない面白い授業や学生が多いんじゃないかと興味を持ったんだ。

インタビュアー:日本の大学と比較して、中国の大学での授業はどんな様子なの?

:中国学生は、大学によっても違うけど、もっと積極的に主張を言うし、野心が強い人が多いね。自分もそういう気質は持っていると思うけど、それは中国が今まさに日本の高度成長期のような状態だからだと思う。なんとなく大学生活を過ごして就活時期だけ奔走する学生も多い日本の大学とは、大きく違うと感じるね。

インタビュアー:なるほど。中国の大学はすごく熱気がありそうだね。

:でも中国の教育制度、特に大学の受験制度には大きな問題があるんだ。自分の偏差値とかがわからないまま賭けみたいに大学を選ばなきゃいけなかったり、1年に一回しか受験のチャンスがなかったりして、一度の試験で人生が決まってしまう人も少なくないの。私もその制度のせいで、大学受験で苦労した経験があってね。私は修士まで行かせてもらえることになってラッキーだったけど、そんな風に中国には、才能があって優秀なのに大学に行けなくて、辛い思いをしてる人がたくさんいる。だから私は、日本や他の国での、教育制度や受験制度がどうなっているかってことにすごく興味があるんだ。将来も教育に携わることがしたいと思っているし。

インタビュアー:劉ちゃんの教育への興味は、中国での経験に裏打ちされたものなんだね。

:その通り。教育に興味があるから、超域プログラムについても“教育システムとしてどうか”という、ある意味メタ的な視点で見ている節はあると思う。単に授業を受けるだけでなく、超域の広報活動にも参加したりすることで、超域プログラムというシステムや、事務スタッフ・教員・学生たちの関わり方などを見るようにしているかな。後から考えると、教育の形として面白そうだということも、超域の魅力として感じていたのかもしれない。

インタビュアー:超域のことをそんな風にも見ていたんだね。そういう視点で超域を見て、どう思う?

:教育システムを作る側の視点に立って考えても、超域プログラムの制度や授業のスタイルは面白いものだと思う。学生にかかる負荷は大きいけど、超域での活動が研究活動と相乗効果を生み出すものになっているから、高いモチベーションで両立できる履修生が多いんじゃないかな。自分にとっても研究活動が必要不可欠な“ごはん”で、超域がそれを更に充実させる”味噌汁”という関係になっている。授業ひとつひとつも、他で受ける授業より面白くて、雰囲気がいいところがいいね。インタラクティブに議論できて、他の授業みたいに質問すると変な目で見られることもないし。日本の学生の多くは猫をかぶっているだけで、超域の授業のような雰囲気の中にいれば意見を言える人ばかりだと思うから、そういう意味で、超域の授業スタイルが広まっていけばいいなと感じるな。

超域とは、自分が“Deconstruct”される場

インタビュアー:劉ちゃんにとっても、研究と超域がうまく影響し合って、すごくいい状態なんだね。

:初めからそうだったわけではないんだけどね。超域での履修を始めた時は、研究はうまく進まないし、超域は忙しいしで、なんでこんな無駄な活動しているんだろうと思ってしまったこともあった。けれど、去年の中頃に研究室とテーマを変えてからは、うまく研究と超域が相乗効果を生み出す関係になって、両方を高いモチベーションでやれているんだ。

インタビュアー:そうだったんだ。今はどんな研究をしているの?

:今は、さまざまな言語の話者がいる状況下での、人的資源管理について研究している。多国籍企業にはいろんな国や地域出身の人がいて、母語でない言葉を使う人が多いよね。その場合は母語話者よりも認知的な負荷がかかって仕事のパフォーマンスに影響している可能性があるから、チーム全体としての処理能力を向上させられる人的資源管理はどうあるべきかを考えているの。人的資源管理において言語をどう捉えるか、という認知言語についても調べたりとかね。この研究には超域で学ぶ色々なことがすごく役立つんだ。

インタビュアー:面白そうな研究だね。超域もプラスな効果をもたらすような関係になったことは重要だと思うな。

:これから何年もやっていきたいと思える研究テーマだと思っているよ。超域について前向きにとらえられるようになったきっかけとしては、他にももう一つ、ライフスキル合宿が大きいかな。言葉ではうまく表せないんだけど、実際に自分の体を動かして、みんな汗をかいてからこそ、直感で感じられた何かがあった。自分が得意でないと思っていた運動や子供とのコミュニケーションも、自分にもできるとわかった時は感動してしまったしね。初めは、なんでそんな合宿をしなきゃいけないのかわからなかったけど、終わった後はまるで、いいコンサートを見た帰りのようだった気持ちになっていた。体はボロボロになったけど、すごく楽しくて、新しい自分になれたように感じたことに驚いたんだ。

インタビュアー:ライフスキル合宿は、実施される前にはやる意味があんまりわからないもんね。

:そうだね。けどそういう、なんでやるのかがよくわからないものからすごくいい影響を受けたっていうことから、“学び”っていうものに対する大きな学びを得られた気がする。それから、超域への考え方が大きく変わったと思うな。

インタビュアー:なるほどね。他にも、超域での1年間の活動で得たこととか、自分が変わったこととかはあった?

:たくさんあるよ。まず、リーダーというものに対する考え方が変わった。超域に入るまでは、「できない」「わからない」と言うのは弱いことで、恥ずかしいから言いたくないと思っていたの。中国では「前にはSunshine、後ろにはShade」と教えられていて、いつどんなことに関しても、前に出てリーダーにならなきゃいけないと思っていたし。けれど超域に入ってからは、わからないことは「わからない」と言って、思い切って飛び込めるようになったし、リーダーになれない分野では優れたフォロワーになればいいと思うようになった。

インタビュアー:その変化は、どうして起きたのかな?

:自分にとって宇宙と同じくらい、全く未知な分野を専門とする超域生に出逢ったからだと思う。何を話しているのかさえつかめないような議論が展開されることもあるよね。そういう出逢いや経験から、人には得意な分野も苦手な分野もあることが当たり前で、全ての分野でリーダーを演じられるはずがないな、と自然に思えるようになった。そういう分野では、リーダーになる素質も持ったいいフォロワーになるべきだなと。それは弱者では全くないし、正しい等身大の取り組み方なんだと思う。

インタビュアー:それは大きな変化だね。その考え方を持っていることは、リーダーになる上でも重要な気がする。

:もうひとつ、今年の2月に行った東ティモールでのフィールドスタディでも大きな変化があったんだ。東ティモールに行くまでは、日本のような裕福な国から来た自分が「何かをしてあげよう」というような、上から目線の意識がどこかにあったんだよね。けれど、実際に東ティモールの漁村を訪問して現地の人に寄り添ってみると、何もできない自分に気づいたの。それは自分にとって衝撃的で、すごく落ち込んだことを覚えている。

超域人17_東ティモール英語教育学校訪問s

インタビュアー:劉ちゃんのそのエピソードは誰かに聞いたけれど、すごく興味深いなと思ったよ。

:中国は日本と違って、貧しい地域も発達した都市部もあるから、自分はその中の偉い大学生で、エリートだっていう感覚が育っていたのかもしれない。そういう、今まで自分の中に積み重ねられてきたものが“Deconstruct”される経験が得られたことがよかったと思う。さっきのライフスキル合宿やリーダー観の話も、“Deconstruct”の一部だよね。これまで固められてきた自分の常識が崩されて、そこから新しい考えや自分を“Reconstruct”していく。超域はそのためにある場だと思うな。

インタビュアー:確かに。そういう意味で、超域は意義深いプログラムだよね。

:そうだね。一見すると意味が分かりにくい活動も多いけど,それがあってこその超域らしさだと思う。超域の効果はなかなか測りにくいものかもしれないけれど、40代や50代になって、やっとその意味が実感できることもあるような、そういう性質も持ったプログラムな気がするな。

超域人17_東ティモール小学校s

中国の教育を変えたい、という夢に向かって

インタビュアー:40代や50代になった時、劉ちゃんは何をしているのかな?

:私は、将来的には中国の教育に携わって、中国の教育問題をなんとかしたいと思っているんだ。博士号の取得を目指しているのも、研究者というよりは教員になりたいという意識が強いし。大学の先生は教育者でもあるわけだから、論文だけで大学教員が評価されることにも疑問がある。授業では講義資料を読み上げるだけで、学生が理解できているかどうかを全然気にしないような教授でなくて、教育者としても優秀な先生になりたいんだ。

インタビュアー: そうなんだ。じゃあ中国の大学っていう場で勝負しようと思っているのかな?

:最初はそう考えているね。けれど超域の先生方に,大学で教えるためにはまず研究で勝負しなくちゃいけないし、研究ができないと話にならないと言われたんだ。いい研究実績ができてから、教員としての身の振り方は考えればいいと。だから今は、とにかく自分の研究を頑張ろうと思ってる。

インタビュアー:達成したいことへのステップがちゃんと見えてるんだね。

:そうだね。大学の教員になることも一つのステップだと考えていて、もし大学でやりたいことができなければ、自分で学校を作るっていう選択肢もあると思ってるの。超域みたいな、もしくは超域を超えるようなプログラムをやる学校を中国で作ってみたいなと。色々な困難はあると思うけれど、自分も教えるだけでなく、時には学ぶことができるような学校が理想だな。

超域人17_文中写真1s

インタビュアー:それは大きな夢だね。そういう夢があるなら、超域プログラムを履修していることは劉ちゃんにとって本当に価値があるんだね。

:超域で得られた能力や人とのつながりも、その夢に近づくために役に立っているよ。独創的な教育研究活動で、ゼロから人とのつながりを作る経験をしたことで、今では問題なく人にアプローチしてつながりを作れるようになった。プレインターンの行き先も、超域の研修中に出逢った人とのつながりから得られたものだしね。そうやって、今は自分の夢に向けての人脈を作ったり知識を得たりしている最中で、必要なステップを一つずつ上がっているという感じかな。

インタビュアー:すごいパワフルに動いているんだね。そのバイタリティがあれば、本当に中国の教育を変える人間になりそうな気がするよ。

:小さいころからそうなんだ。生活が苦しかった時から、朝が来れば前向きに頑張ろうと思えるような、そういうタフな自分ができてきたんじゃないかな。そういう前向きなパワーを強みにして、これからも真剣に、研究にも超域にも取り組んでいこうと思う。まだ少し時間がかかるかもしれないけれど、両方を糧にして、自分の研究や夢を“Construct”していくよ。

 超域での活動の中で得た大きな変化や、自分の夢について熱く語ってくれた劉さん。研究と超域の双方の活動を積み重ねて、大きなことをいつか必ず成し遂げそうな、そんな前向きなエネルギーを感じました。今後の活躍にぜひ注目してください。
 超域人は、これからも超域生の等身大の姿を捉え、お伝えしていきます。