Interviewee: 大阪大学大学院 生命機能研究科 鵜飼 洋史(超域 2013年度生)
Texted BY: 大阪大学大学院 理学研究科 山脇 竹生(超域 2013年度生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う、独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用や研究者として彼らが描く未来についてインタビューしていく、超域的研究。第7弾となる今回は大阪大学院生命科学機能研究科に所属する超域2期生(2013年度生)の鵜飼 洋史さんが熱く語ってくれた。彼は現在博士後期課程1年である。

 

飢餓と飽食を分子レベルで覗く

 現代の日本ではほとんど問題にはなりませんが、私たちの体は栄養が過度に欠乏すると、最低限の生命活動のみを行う省エネモードに切り替わります。かつての生存競争に生き残るための機能です。反対に栄養が豊富にあるときは細胞分裂を行い成長します。かつては、生命維持と細胞分裂のモードの切り替えが行われていましたが、食料過剰となった先進国や十分な栄養を摂取することが難しい一部の発展途上国ではこのスイッチが正常に機能していない可能性が示唆されています。

 私は、この生命維持と細胞増殖モードを切り替える仕組みを明らかにする研究をしています。モードの切り替えはTorと呼ばれる生体分子が行っていることが分かっており、さらに、栄養の有無によってモードが切り替わることが分かっています。明らかにするべきは、栄養の中でも具体的にどの物質が、どの量で切り替えに関わっているのかということ、および、どのような仕組みでTorの切り替えが起きるのかということです。

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 興味深いことに、ガン細胞では周囲の栄養状態に関わらずTorが常にスイッチオンの状態で固定されています。このことからもTorに変化を引き起こす因子および詳細な制御機構を明らかにする意義が現代においても増してきています。


社会問題に触れることで進んだ研究計画

 モードの切り替えの仕組みが分かることは、高効率・高効果な栄養補助剤の開発や、アフリカの子どもの栄養改善、生活水準の向上といった社会的問題の解決に繋がる可能性が考えられます。実際に現地に出向き調査を行いました。

ukai_04 2014年8月、超域の活動(海外プレ・インターンシップ)でガーナの現地大学や企業の研究所、病院、JICAを訪問し意見交換をさせていただく機会を得ました。現在ガーナをはじめとする西アフリカの国々では優れたワクチンの普及、医療環境の改善等により乳幼児の死亡率は現在では低くなっています。しかし、タンパク源の摂取にコーンや小麦粉などの穀物に依存することが多い発展途上国では、アミノ酸の一種であるリジンやスレオニンが不足しがちであることがWHO、WFOの報告書でも指摘されています。トウモロコシを主食とするガーナにおいても低身長、低体重の子どもが多く見られており、このことが免疫系、知能系の十分な発達を阻害している可能性も示唆されています。私はこの経験からリジンやスレオニンがTorの状態変化を引き起こすトリガーとなっているのではないかという仮説を立てました。

 この仮説の検証にはリジンやスレオニンを含む食事と含まない食事をしたヒトのTor状態を調べることが必要です。しかし、ヒトの場合、体内に無数の分子が関与し、観測が非常に複雑になるため、まず出芽酵母を用いての実験計画を立てました。出芽酵母(イースト菌)はお酒やパン作りにも使われる生物で、ヒトと非常によく似たシステムを持ち、古くから遺伝情報が詳細に調べられており、世代のサイクルが早いためモデル生物として利用されています。これまで酵母の専門研究を進めてきた知見を活かすこともできます。この研究は、超域の独創的教育研究活動経費(H27年度)に採択され、現在その予算で実験条件の確立と、出芽酵母株の作製を終えました。

 Torは、細胞増殖など多岐に渡る細胞の機能の調節に関与していることが知られています。このため、詳細なTor制御機構の解明により、がん、糖尿病をはじめとした疾患の分子基盤の理解、治療法の開発に役立つことが期待されます。自身の研究が将来のよりよい社会に少しでも貢献できることを目指して今後も全力で研究を進めたいと考えています。

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さいごに

 私は常々、基礎研究者は自身の研究が社会にどのように役に立つのかといった社会との接点を考えなければいけないと考えていました。科学技術が発展し研究のスピードが加速し、高度に、複雑になるにつれて、研究者以外の人にとっては基礎研究の意義は伝わりにくくなってきています。私は運良く自身の研究が社会に貢献することができるヒントを得ることができました。ガーナでの栄養不足の現状を目の当たりにして、自身の研究の意義を見つけ、社会のためにも研究を進めようという強い思いが芽生えました。現在、基礎研究者が研究室の外で活動する機会を得ることはなかなかありません。またそれを重要であると考えている基礎研究者はまだまだ少数です。超域で得られた経験を自身の研究に活かし、その経験を研究室の先生や他の学生、また自身の研究分野の研究者に伝えることも非常に重要なのではないかと考えています。

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