Interviewee: 大阪大学大学院 経済学研究科 劉 テイ (超域 2014年度生)
Texted by: 大阪大学大学院 工学研究科 岡村 昂典 (超域 2014年度生)
Edited by: 大阪大学大学院 工学研究科 白瀧 浩志 (超域 2014年度生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う独創的な研究を中心に、研究に取り組むきっかけ、研究と超域との相互作用、キャリアパスについて紹介していく。第13弾となるのは大阪大学大学院経済学研究科の劉テイさん。彼女は中国国籍を持つ超域3期生(2014年度生)の博士後期課程1年生である。


使用言語に注目して多国籍企業でのチームマネジメント理論をつくる

チーム活動成果に対する満足度の差を科学的に定量化
母語を使用したか否かでメンバーの満足度は変わる


 劉さんは、経済学の中でも国際経営(国際人的資源管理)に関する理論研究に日夜取り組んでいる。具体的には、心理学的手法と理論構造モデルを用いて言語の違いがチームマネジメントにおよぼす影響を科学的に評価する研究を行っている。これは、「国際人的資源管理と言語」という国際経営学においてあまり研究されてこなかった概念が、マネジメントに与える影響を科学的に評価するものであり、非常に困難な研究課題である。
 多国籍企業が増えている現在、国際経営学は「どうすれば多様な文化的バックグラウンドを持つ人材を、現地の状況に応じて、適切にマネジメントをする事ができるのか」という重要な課題に直面している。文化とマネジメントに関する最も有名な先行研究にはホフステードの報告がある(e.g. Hofstede & Hofstede, 2001)。彼は、世界各国ごとの文化や国民性の違いをある区別毎に点数化して比較・評価する手法を開発した。「ホフステードの研究理論は美しく一般的に受け入れられる程、完成しています。そのため、異文化が原因で生じた企業内摩擦の原因を理解することに実際に応用されてきました。」と劉さんは説明してくれた。しかし、ホフステードの研究において、文化から言語を分離していないという点に彼女は着目した。「私のような留学生は、言語の運用能力の差がチーム活動に大きな影響を与えることを経験的に知っています。そのため、言語は独立した要素として取り扱うべきだと考えています。」と劉さんは語る。

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 劉さんは3つの研究手法を目的に応じて使い分けて、日々研究活動を行っている。労働者へのインタビューと観察による質的研究、アンケート調査を統計的に解析する量的研究、最後に、心理学の知識を応用した実験の3つだ。特に、3つ目の実験的手法は彼女の専門分野では非常にユニークな手法だそうだ。彼女は博士前期課程の2年間で、日本語を母語としない中国人約300人を対象に、上海、天津、札幌、北陸地方、大阪で実験的手法を用いた研究を行った。その結果、日本語を母語としない中国人は、たとえ流暢に日本語を使用できる人材であっても、日本語を共用言語として使用して活動することに対するストレスを強く感じている事が分かった。また、日本語を使わなければならない状況は彼らのチームへのコミットメントを低下させ、活動への満足度も減少させる傾向があることが明らかになった。チームへのコミットメントを高めるためにはリーダーらによって、チームが鼓舞されることが重要であることが知られている。劉さんの実験結果によると、チームの鼓舞という側面においても母語を使用した方がよりポジティブな成果が得られることが分かったそうだ。これは言語がコミュニケーションを円滑にし、活動成果の質とメンバーそれぞれの自己実現に大きく影響する、チームマネジメントにおいて有効活用出来るものであることを示唆しているという。劉さんはこの研究成果を応用して、会社における共用言語をどのように設定すればいいのか、理論構築することを目指している。具体的には、部門によって異なる言語を共用言語に採用する、社員への言語教育戦略を提案するなど会社全体の言語戦略をマネジメント理論の観点から実践的に構築することを目指しているという。


複数専門を学んだ経験から研究テーマを決めた

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 劉さんが国際経営と言語の関係に興味を持ったのは、専門分野をさまざまに変えた経験からだという。「元々法学に興味があり中国で法律を学ぼうとしていました。しかしひょんなことから日本に留学することになり、言語を専門に研究することになったんです。また博士前期課程で大阪大学の大学院に入学したのを機に経営学に専門を変えました。さらに大学院のなかでも一度テーマを変えています。狙いがあったわけではなくそのとき研究したい、と思ったことに取り組んでいたら偶然このような経歴になりました。」と笑う劉さん。
 特に言語を専門にしたバックグラウンドを持つことから経営学に専門を変えた際、言語と経営学とを組み合わせた研究がしたい、と考えたという。「たとえば日本の企業では、言語的に日本人・外国人が一元管理、つまり日本語のみでマネジメントされていることが多いです。たとえ外国人が日本語を流暢に話すことができるようになっても、日本語を母国語とする人と仕事をする際にはどうしても言語の運用能力に差ができます。それは時に、仕事の成果に関係無く、そのまま両者の評価に結びつくことすらあると感じたんです。母国語が異なるというだけなのに、です。そこで言語とチームマネジメントの関係に興味を持ちました」と熱く語ってくれた。


超域での活動が導く専門研究へのフィードバック

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 質的研究や量的研究、実験的研究を駆使する劉さんの研究では、自然と様々な分野の人と関わる機会が多くなるため、人とのコミュニケーション能力が研究の重要な部分を占める。彼女は超域での活動経験が、様々な人とのコミュニケーションという点において活きていると語る。「私の分野では、比較的研究内容が近いはずの学会に参加しても個々の持っているバックグラウンドがまったく異なります。以前はバックグラウンドが違う人と出会うと何を話せば良いか分からず戸惑ってばかりでした。しかし、全員が異なるバックグラウンドを持つ超域での活動に参加することを通じて、そのような戸惑いを克服する事が出来ました。たとえば、研究エクスプローラ超域イノベーション導入Ⅱ(現・課題解決プロジェクト入門)などの授業では、自分と全くバックグラウンドが異なる人たちとチームを組んで自分の研究以外の課題設計する経験をしました。この経験をした事で、むしろ異なるバックグラウンドを持つ人が提供してくれる話題に興味を持てるようになったんです。また最近、研究を開始したときと比較して、初対面の相手と楽に打ち解ける事が出来るようになったと思います。これは、相手と話が合うポイントを素早く見つける訓練を超域で重ねたからだと思います。」と劉さんは話してくれた。また超域プログラムの、独創的教育研究活動プレインターンシップ海外フィールド・スタディなどの学外活動は、特に専門研究に良い影響を与えたと劉さんは語る。「私の研究は様々な方々とのネットワーキング活動が必要です。その点、自分で出張の計画を自由にコントロールできる独創的教育研究活動やプレインターンシップはとても役に立ちました。私はこの仕組みを使ってイギリスやドイツの研究機関を訪問しました。研究分野でのネットワークを構築する意欲と能力も高くなったと感じます。」


超域での活動を通じて変化するキャリアパス

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 最後に現時点で劉さんが描いているキャリアパスについて聞いた。彼女は長年、大学教育に携わる仕事をしたいという思いを持っていたが、超域に関わることでその気持ちに少し変化が生じてきたという。「以前は博士号を取った後に大学教員になり、教育に関わる仕事がしたいと考えていました。教育への思いは今でも変わっていませんが、教育に関わるためには現在の研究テーマに取り組み続けなければいけません。一方で、超域での活動を通じて企業でも様々な研究者がおり、様々な組織の中でも教育者が産まれていることを知りました。そのため、大学で働くのがベストだという考え方は徐々に変わってきています。今では、自分が希望するキャリアを一直線に進みたい、というよりも様々な可能性に挑戦したいと思うようになりました。」
 また、劉さんは中国人留学生として超域の活動に参加する意義を踏まえた上での、キャリアパスについて語ってくれた。「私は日本の大学で教育を受けている中国人です。そのため、これから日本と中国の間で私がどのようなイノベーションを起こすことができるか考え続けています。留学生の自分に求められているのは、単純に日本の教育システムと文化をどのように中国において利用するのかを考えることではないと思います。そうではなく、日本人が持つ視点ではなく外部からの視点を持ち、日本のことも理解した上で、日本、中国そして世界を繋ぐことができる人材になることが求められていると考えています。従来の枠を越え、失敗の経験を大切にし、様々な未知の事に挑戦し、自分なりの教育者の姿を描いていきたいです。」
 いつも目を輝かせながら人の話を聞き、積極的にひとと関わろうという姿勢をずっと保っている劉さんの今後に期待である。

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【参考文献】
・Hofstede, G. H., & Hofstede, G. (2001).Culture’s consequences: Comparing values, behaviors, institutions and organizations across nations.Sage.
・Ting Liu, & Tomoki Sekiguchi. (2016). The Impact of Language on Team Effectiveness.