Interviewee: 大阪大学大学院 理学研究科 金 泰広(超域 2012年度生)
Texted BY: 大阪大学大学院 工学研究科 白瀧 浩志(超域 2014年度生)

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生が行う、独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用や研究者として彼らが描く未来についてインタビューしていく、超域的研究。第8弾となる今回は大阪大学院理学研究科に所属する超域1期生(2012年度生)の金 泰広さんが独特の語り口で語ってくれた。

 

物理現象を説明する言語体系の適用限界を調べる

原子核理論物理学の研究とは

 我々の身の周りにある物質を細かく分割していった時、これ以上、小さくする事が出来ない物質にまで辿り着く。この物質を素粒子(1兆分の1mm以下の大きさ)と呼ぶ。つまり、素粒子とは全ての物質の中で最小の物質である。現在では10種類以上の素粒子があるとされているが、金さんはそのなかでも、クォークとグルーオンという素粒子の集合体に注目した研究室に所属している。

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 金さんが専門とする、原子核理論物理学の研究は今までよりも多くの現象を、よりシンプルな一つの物語で説明する方法を見つけるという大きな指針がある。その一貫として、アメリカや欧州などの大規模実験施設で実験物理学者達によって発見された新しい現象を、既存の物語=理論物理学を使って説明可能か調べることが重要な学問領域となっている。金さんもこのような方向性で世界最先端の基礎研究に日々取り組んでいるそうだ。

 クォークやグルーオンは地球上では集合体として存在する。この集合体を2兆℃まで加熱すると、氷が水へと溶けるように別の状態へと変化する。この状態をクォーク・グルーオンプラズマと呼ぶ。クォーク・グルーオンプラズマは高温であるため、太陽のように光を放出する現象(輻射)を引き起こす。金さんはこの輻射という現象に注目した理論解析を行い、従来の解析手法では存在しなかった原因で輻射現象が起こることを発見した。

Π(q)=∫dp S(p) S(p+q) Γ(p,p+q)

 金さんの行った研究を簡単に書くと、上記した式を解く事である。
 この式を解く事が出来れば、輻射に関する情報を含めた多くの情報が得られるため、多くの科学者によって研究がなされてきた。

 しかし、この式に登場するS(p)Γ(p,p+q)という関数は厳密な表現が不可能なため解く事が出来ない。金さんはこの方程式を解くために、スーパーコンピュータの発展により近年導出された近似的なS(p)に注目した。この近似的なS(p)からΓ(p,p+q)も導出が可能であり、結果的に近似的な方的式を解く事に成功した。

 近似的なΓ(p,p+q)を導出するためには、膨大な先行研究を踏まえる必要がある。そのため、「大学院生は読みものをする職業だ」と金さんが述べるほど、文献調査は重要な意味を持っている。また、導出した近似的な関数Γ(p,p+q)が上手く機能するか検証する必要がある。この時、コンピュータ解析を行うのだが、その際に計算の不具合が多発するそうだ。このような不具合を一つ一つ解消する作業が研究で辛い段階だったそうだ。

 ちなみに、ここ25年間に行われたクォーク・グルーオンプラズマの輻射に関する研究は、多岐に渡る。現在では輻射に関する知見は相当量の蓄積になっているが、今日においても、欧州・アメリカの研究機関より新しい実験結果が報告されている、今なお、多くの研究者を惹き付ける研究領域となっている。


意見の摩擦を超える

 そんな研究を行っている金さんは、超域プログラムでは、理解が難しい研究内容を大多数の人に対して説明出来る貴重な機会を超域で得たと話してくれた。この経験は、研究内容について意見交換する際に、相手のバックグラウンドを考慮した上で行う事が重要であると気付かせてくれたそうだ。例えば、自然科学を専攻している人に対しては現象に重きを置いた説明、人文系学問を専攻する人に対してはその分野に興味を持った動機や分析手法に焦点を置いて話す方が効果的に相手に伝わったそうだ。このように超域の活動を通して、相手の価値観に沿った形で自分の研究を紹介できるようになった。また、金さんは「博士後期課程2年生になって、摩擦が不可避な対話に必要な体力が身に付いてきたと感じます。」と話してくれた。超域では異分野を専門とする学生間での対話が中心である。そのため、研究科では一言で通じる会話も前提条件を確認しなければ、分からない事だらけになってしまい、その状態で対話が進んでしまう事もあるそうだ。そのような時に金さんは、「根本の問題は?」「どこまで共通認識として全員が共有しているか?」という振り返りの時間を作る事で、そのような摩擦を回避するように意識するようになったそうだ。

kim_0741s このような相手のバックグラウンドを考慮した上で説明するという視点は単純に対話の場面だけでなく、文章で表現する際にも大きな影響を与えたそうだ。具体的には、論文や申請書を書く際には専門家が文章を読むため、論理的に筋を通す文章構成が最も重要である。一方で、理論物理学の専門家以外の読者が求める場合であれば、自分が何を学んだか、何を感じたか、という意思決定や感情を率直に伝える文章が有効であると学んだという。


得られた結果を意味付ける

 金さんは将来、超域の活動で身についた異分野間での対話の体力と、研究を通して習得した文章を書く力を生かしたいと考えている。例として、シンクタンクなどの企業に就職し、得られた結果に対して意味付けを行い、それを文章にまとめて発信する社会に発信する。この一連の地道なプロセスは、これまでに博士課程で培った思考方法や経験が存分に生かせる分野であると考えているそうだ。さらに、何より金さん自身の適正に合致する活動であると感じている。一方、博士前期課程2年次で参加した国際学会の成果発表では、外国人研究者からの反応を肌で感じ、研究者間の繋がりを持つ事ができた。この有意義な経験から将来は海外で研究の経験を積む事も可能性の一つとして視野に入れているという。しかし、金さんはまだまだ日本語を母語としない人々とのコミュニケーションが出来ていないと感じており、成長する必要性を述べていた。今後も、超域1期生として長所と短所を認識し、超域を活用した成長を続ける金さんに期待したい。

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