Texted BY: 大阪大学大学院医学系研究科 2012年度生 冨田 耕平

 大阪大学超域イノベーション博士課程プログラムの履修生は、超域の活動はもちろん、日々研究を進めている。むしろ、研究者としてのベースがあってはじめて超域での活動、汎用力の獲得が意味を持つ。そこで超域的研究では、超域生が行う独創的な最先端の研究を中心に、研究と超域との相互作用、超域研究者として彼らが描く未来についてインタビューしていく。
 第2弾となる今回は大阪大学大学院経済学研究科に所属する超域1期生(2012年度生)の村上裕美さんが熱く語ってくれた。彼女は現在博士後期課程(博士課程)1年である。

 

世の中を数学で考える「一般均衡理論」

 「世の中が望ましい状態にある」ということはいったいどういうことだろうか。考え方や価値観は人や時代によって異なり、流動的である。そのため「望ましい状態」はただ一つだけではなく、またそれを目指すための解も一つではない。彼女が研究しているのは、経済学的に世の中が望ましい状態に至り得るかということだ。

村上裕美 数理経済学を骨格とする今日の経済学理論は、需要(買いたい)と供給(売りたい)で構成される市場の均衡に焦点を当て、需要と供給を数学的に表現し解を求める研究である。中でも、ある市場の需要と供給について部分的に考えるものを「部分均衡理論」、ここから視点を拡大した世の中の経済活動全体を考えるものを「一般均衡理論」と呼ぶ。パンの市場で例えると、パンの需要と供給について考えるのが部分均衡理論である。しかし、パンの価格や量は小麦や光熱費などさまざまな影響を受け、それらすべてを考慮するのが一般均衡理論である。

 一方「一般均衡理論」では、世の中の具体的な問題(条件)を設定し、数理モデルを用いて、どうすれば経済学的均衡状態にたどり着くのかということを考える。ここでは、均衡状態に向かうための解を必ずしも具体的に求めることを目的にはしておらず、答えが存在するか否かを明らかにすることを主眼としている。なぜなら一般均衡理論とは、社会を市場という観点から考察する基本枠組みであるからだ。つまり、政策の立案等を通して社会へ汎用を基礎づけるものなのである。

 例えば、設定した条件において均衡に向かう解が見つからないことが明らかになれば、その条件に基づいて政策を考え実行したとしても経済が均衡することはないということが考えられる。解があるかどうか、望ましい状態に向かうことができるかどうかの保証を模索するのが一般均衡理論での考え方なのだ。この一般均衡理論の中でも彼女が取り組んでいるのが、貨幣と信用についての研究である。


貨幣の機能

 貨幣には通常「価値保蔵」「価値尺度」「支払手段(交換の媒介)」という3つの機能がある。まず「価値保蔵」とは、貨幣は腐ることはなく、場所もとらず、容易に持ち運ぶことができ、いつでも利用可能ということだ。つまり、貨幣があることで価値を保蔵することができるのだ。次に、貨幣によって価値の尺度を表すことが可能になり、また、あらゆる商品に価格という同一の基準を与えたことで、市場は時間的・空間的に拡大した。この機能が、「価値尺度」である。最後に「支払手段」とは、物々交換から貨幣の媒介した状況に移行したことで、取引がスムーズに行われるようになりコストが大幅に削減したのである。この3つの機能により場所や状況を選ばず喜んで受け取る貨幣こそが、市場を円滑に動かす鍵であると言えるという。

 貨幣は、これらの圧倒的な利便性により、市場において絶対不可欠の地位を占めるようになったのだが、以上に述べたことは、人々が貨幣の価値を信じているからこそ成立するのである。それは、貨幣は金や銀のように物質的な価値はなく、価値があるというルールによって支えられているからだ。信用によって支えられている貨幣の信用とは、国家への信用、さらに踏み込んで言えば社会への信用である。

 しかし、この貨幣と信用の関係はいまだによく分かっていないことも多い。近年、金融緩和政策が大きな議論を呼んでいるが、その賛否に見るように、今日の信用貨幣の取り扱いは学問的に大きく議論の分かれる重要課題なのだ。彼女は貨幣とその信用の創造について一般均衡理論的に捉え、説明することを目的として研究を行っている。


超域によって研究を深める

 理論経済学を研究している村上さんは指導教員を別として基本的に一人で研究を進めている。所属研究科のゼミは数学テキストの輪読が中心であり、自身の研究について議論を交わす機会はごく限られている。そんな彼女が超域で他分野の専門家と関わることで得られたものは、「自分が何を研究しているかを多面的に知れた」ことである。

Photo3 超域では講義の中のディスカッションだけでなく、フィールド・スタディやライフスキルトレーニングなど数日の生活を共にする機会がある。履修生はそこでいろんな話をするわけだが、分野の違いはあるもののもちろん研究の話題がのぼる。村上さんはそこで初めて指導教員以外と、それも経済学ではない分野の異なる履修生とそれぞれの研究について議論を深め、多くの気づきを得たのだ。

 例えば、経済学という分野では何をどこまで言及できるのか、経済学に特徴的な考え方、自分の論理の癖や考え方の偏りなど、他の研究を知り他者と議論をしたことで、むしろ自分の研究をさらに深められる契機となったのである。さらに、自分の研究を他人に説明しようとするときに、上手く整理できていなかったことにも気づいた。これまでは同じ背景を共有していた指導教員と議論をしてきていたため阿吽の呼吸で意志疎通できていたと感じていたが、噛み砕いた説明をしようとすると非常に苦心し、自分の研究に対する理解が不十分である点の発見もあったという。


超域を通して得られた強みの認識

 これまでの超域での活動を通して村上さんが感じているのは、超域にプラスになるということは、つまり研究者として自らの研究を社会にどう還元できるかを考えることに近いということである。

 超域に期待されていることは、「こういった知見を活かせば社会はこう良くなる」というような説明である。しかし、彼女が専門とする経済学の理論分野は、すべての財を包括した市場という意味での社会全体について考えるものであり、ある範囲に限定するものではない。具体的な課題ほどゴールがわかりやすく、目標が達成されたように感じやすいが、経済学という分野では社会の完全な記述は本質的に諦めねばならず、完全なモデルの構築は難しいのである。

 あらゆるものを含んだ全体を説明しようとするとどうしても抽象的なものになるが、だからこそ彼女が貢献できると考えるのは、ある提案についてその影響や問題点を指摘するなど大局的な視点からの考察である。これで問題は解決する、全部大丈夫なんだといったことに安易に陥らないようにブレーキ役として警鐘を鳴らすことが、彼女の専門に基づく特徴的な部分であり、超域での活動に存分に活かされている。


将来のビジョンを描く

 経済学では「この経済学理論を使えばこんなことが言えますよ」、というようなことが多く、そのためなんでも経済学で説明しようとするようなきらいがあると村上さんは感じている。しかし、実際は問題も多々あり当然限界があるそうだ。

 そこで彼女は、ベースは経済学理論としながらも、理系との協働だけではなく、人文社会学系の研究者と一緒に研究を進めたいと考えている。超域での活動を通して、他分野協働の可能性を知り、経済学理論というものがどういう意味を持っているのか、社会をどう描きたいのか、限界はなんなのか、ということを哲学的に深く掘り下げる必要性を感じ始めたのだ。これを実現するためには人文社会学系との連携が必須であり、卒業後も研究者として方法論的観点からの経済学研究をライフワークの一つとして行っていきたいという。